空に問う。

空に問うても果てがない

神の理屈

2017-07-18 13:54:53 | 日記
日本人は神が不在でも生きていける。けど海外特にキリスト教に代表されるような一神教信徒は神がいないと生きていけない。

生きてはいけるが、自分自身の存在を否定することになるに違いない。

日本人は神がいなくても生きていける。現人神を信じていた戦前の人たちでも同じだろう。神がいなくても自分が否定されることはない。

いないと信じていて、いることを願いたくて、神の存在を思うのかなぁ。

神などいなくても、まあおいらは生きてる。

昨日・・・大判焼きを買いに行くのを辞めたのは事故に遭う確率が高かったからだ。いや事故を起こす確率が高かったからかなぁ。怠かったし頭痛もしたし腕も痛かった。無謀な計画である。まっ、それが大判焼きだったから辞めた訳だけど笑。

そこで考えた。まずは何かの意志の存在。

大判焼きを買いに行けば事故に遭うから、事前に身体を通して教えてくれたのだと。

もうそういう考え方が臨在的把握を感じている証拠なんだけど。それは辞めたいんだけどまだまだ精神から神が抜けきっていない証拠。

いちいちこじつけて考えてる。

何らかの意思、意図または神の存在。

今日も体調は悪いから、そいしたサインではあるまい(笑)。

西洋の人が神がいないから自殺することはないにしても、虚無な人生を送ることになるだろう。今のおいらみたいに。日本の神を一神教の神のように考えたわけじゃないけど、万能性は求めていたな。万能なら八百万も神は必要はないんだけど笑。

まあ一神教の信徒が同じ一神教のイスラム教に改宗する気持ちはわかる。しかし日本人はなかなか一神教を信仰できない。その万能性を疑っているからだし、悪魔的な存在を容認できないんだよね。そして絶対悪の概念とか。日本人はなんせ性善説を取りたがる。でも人の本質は悪だと思ってるよ。

早くこの神わずらいから解放されたい。

こじらせているモノを解き放ちたい。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿