身近な人達の死というものは、いずれだれもが進む道とは言えなかなか受け入れがたいものではある。しかも、予知? とも、虫の知らせ? とも言われる現象が起きるのはなんでなんだろう・・・わざわざ知らせなくても・・・と思うのは私だけ?
最近同僚の義父がお亡くなりになった。
病状が思わしくなく転院して日も浅かったそうだが、急変。そのまま旅立たれた。
その日、同僚(女性)は半日勤務。ご主人は夕方まで仕事のはずが、予定がキャンセルになり昼には帰宅していた。
この時、彼女は義父のお見舞いに行かなきゃ! という焦りに似たような脅迫感を感じていたそうだ。
でも彼女は行かなかった・・・そして病院からの危篤コールが。。。
話を聞いていて、これも”虫の知らせ”だなぁと思う。
何かを察知して ”焦る”= ”悪い知らせ” の典型的な例。
そして彼女はいつまでも思うのだ。
『なんであのとき病院に行かなかったんだろう・・・もし行っていれば死に目に会えたかもしれないのに』
何かをしでかした事にではなく、しなかった事に対して罪の意識が残る。
時間がかかるよ。回復するまでには、さ。
淡々と、『運命だったんだね』と思えるようになるまでにはね。
最近同僚の義父がお亡くなりになった。
病状が思わしくなく転院して日も浅かったそうだが、急変。そのまま旅立たれた。
その日、同僚(女性)は半日勤務。ご主人は夕方まで仕事のはずが、予定がキャンセルになり昼には帰宅していた。
この時、彼女は義父のお見舞いに行かなきゃ! という焦りに似たような脅迫感を感じていたそうだ。
でも彼女は行かなかった・・・そして病院からの危篤コールが。。。
話を聞いていて、これも”虫の知らせ”だなぁと思う。
何かを察知して ”焦る”= ”悪い知らせ” の典型的な例。
そして彼女はいつまでも思うのだ。
『なんであのとき病院に行かなかったんだろう・・・もし行っていれば死に目に会えたかもしれないのに』
何かをしでかした事にではなく、しなかった事に対して罪の意識が残る。
時間がかかるよ。回復するまでには、さ。
淡々と、『運命だったんだね』と思えるようになるまでにはね。
なんか、不安ばかりが大きくて、すごく嫌なんだよぉ。(心臓に悪い)・・・・・
あっちの発信とこっちの受信の両方揃わないとだめっぽいじゃない?
だから虫の知らせをくれる(?)ような人からのを感じられたって場合は
受け取った人を亡くなった方が見守ってくれる関係になりそうな…気がする
だから死に目にあえなくても多分、ずっと見守っていてくれるから、死に目に会えなかったことを嘆き続けるんじゃなくて
ときどきはその人との楽しかったことを思い出して語りかけるようにしてあげると、見守っていてくれる人も喜ぶんじゃないかな~とか思った
なんの根拠も無いですが…どないでしょう…
たとえ死にめに会えなくても死に行く人との別れはそれまでの経緯で満足いくものか、いかないものか分かれると思います。
虫の知らせ。
皆が大なり小なりそなえている、原始の能\力なんすかねー。