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正木和三23.3.9

記事引用

 

正木和三 書

◎ 人間の進化と精神

 

 生物学的にいう進化は、肉体的な遺伝子によって行なわれているが、人間の場合には突然変異型の進化がなされたように思われる。

 人間以外の動植物は、化石によって進化の様子を知ることができるが、人間には連続したものがなく、特別の進化があったのではないだろうか。

 一般の動物は、本能によってすべてふるまうが、人間だけは知性によって判断し、本能を押さえた行動をとる。

 これが人間と動物との異なる点であろう。

 人間は火を知り、そして鉄を知ることによって科学の基礎を築いたが、そのまま数万年を過ごし、動物に近いような生活を送ってきた。

 住居の位置は、女性による祈禱により、あるいは占いにより、食糧の豊富な場所を定めていた。

 動物はこれを本能によって知り、大移動を行なっていた。

 人間も動物も、食糧を生産することなく、すべて天然に生育するものに頼っていた。

 このような生活のために、同じ民族内においては争いもなく、他民族とは距離があるために戦争をすることもなかった。

 そのような気風は、日本においては戦前の田舎に残っていた。

 一村落の全員は親族よりも仲よく、不幸があればたがいに家を訪ねて慰め合い、喜びがあれば徹夜でお祝いし、まるで一家のように親しくしていた。

 数百軒の村落では、どこで誰に聞いても、村内の人のことであれば的確に教えてくれた。

 私の故郷は兵庫県神崎郡瀬加村であった。

 私は子供のときから神戸、大阪に出てしまったが、昭和十五年ころ久し振りに帰ると、私が相手の人の顔を忘れていても、道で会った人は、

 『和三よく帰ったね』

 と満面に笑みを浮かべてあいさつをしてくれる。

 これが家の近くではなく一キロも離れた所の人である。

 道を歩いていると、知らぬ他人の家から、

 『あがってゆきなさいよ』

 と声がかかった。

 村の中のどこを歩いても、このように親類以上の親しみをもって迎えられた。

 戦争が始まり疎開者が田舎に入ってくるようになってから、村人の気持ちが変わり始めた。

 疎開者は、町において科学文明を身近に感じて生活をしてきた人々である。

 村人たちは、

 『疎開者は、ずるい。

 人をだます』

 と言いながら警戒するようになってきた。

 そのうち、村人同士の間にも、そのような気風が浸透し、終戦後は、町の人と変わらぬような、すさんだ人間となり果ててしまった。

 私はときどき故郷へ帰り、戦前のようなあの純真な田舎の人々に会いたいと思い続けている。

 私たちの村では終戦まですべての家は戸に鍵をかけることをしなかった。

 いや、必要がなかったのである。

 二、三日家をあけるときでも、近所の人にお願いしますと一言伝えるだけである。

 泥棒と言う言葉は、本の中にあるだけで、実在はしないと思っている人たちばかりであった。

 これらの人たちは、科学の恩恵といえば一軒に一灯だけぶらさがっている十燭光の裸電球と、一日に二往復する馬車(後にバスになった)だけであった。

 食糧もほとんど自給自足であり、魚類も一ヵ月に一回くらい回ってくる行商に頼っていた。

 このような生活であっても、九十歳以上長生きした人は多くいた。

 科学の浸透しない地区の人々は実に純朴であった。

 人の語ることをそのまま素直に信じ、疑うことを知らぬ人々ばかりであった。

 しかし、現在ではこのような人のほとんどはすでにこの世を去ってしまった。

 そして、科学の恩恵を受けすぎて、人の心を考えない機械文明にとりつかれ、物だけを尊重する人間の集まりとなり、人情は紙よりも薄く、その重さもなくなってしまった。

 物質文明は確かに大きく進歩したが、はたして人間は進歩したのであろうか。

 私は、かえって退化したのではないかと心寒く思う。

 昔の人は、三百万年もの間、地球を少しも汚しはしなかった。

 ところが科学を知った人間は、わずか百年足らずの間に、取り返しのつかぬほど地球を汚し、そのうえ、精神的にも人類を破局に導くような状態にまで追い込んでしまった。

 他国の人を敵と思うから、原水爆の準備をしなくてはならないのである。

 よき友邦だと思えば、使節交歓をするだけで、軍事費はいっさい不要となる。

 ボタンひとつで核爆弾が飛び出せば、敵国は被害を受けるだろうが、その灰は自分の国にも降ってくることを忘れてはならない。

以上

 

なっとく

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