私に生まれた私にしかできない話~難を活かして使命を築く~

網膜色素変性症という、いつ失明するか分からない難病と闘っているさなか訪れた突然の別れ。私には伝えたい事が沢山ありました。

生理が来ない

2024-04-29 16:18:55 | 日記
5/2は、婦人科の予約が入っているのに生理がまだ来ない。


10日ぐらい前から、ずっとお腹が痛いのに。


やっぱり、ホルモンのバランスって大事なんだなぁ。


それまではあまり生理不順の経験はなかったんだけど、昨年の従兄弟の死をきっかけに、すっかり体質が変わってしまった。


亡くなった数ヶ月後には生理が2~3日で終わるようになり、量も驚くほど少なくなった。


それが4~5ヶ月ほど続き、このまま閉経してしまうんじゃないかと不安になり、昨年婦人科の先生に相談した。


先生はカルテや検査結果に目を通し、首をかしげていたので、もしやと思い従兄弟の事を話してみた。


数ヶ月前に同い年の従兄弟を自死で亡くした事。

3ヶ月間、毎日のように泣き続けて眠れなかった事。



すると先生は府に落ちた表情を浮かべ、目を通していた書類を閉じながらこう言った。



「そんなに大きな出来事があったなら当然です!下手したら、生理が止まっても不思議ではないでしょう。おそらく一過性なものなので、治療はしません。そのまま気にせず過ごして下さい」と。


それほど体に影響するんだと知った。


それから、先生に言われたように様子を見ていると、徐々に元通りになってきた。


そしてまた今月の一周忌をきっかけに、色々思う事があり、生理が遅れてしまったのか。


3ヶ月も前から予約してたのに一週間以上も狂うなんて。

自分の体めー!クソー!



必ず次があるとは限らない

2024-04-28 23:15:02 | 日記
皆さん、大事な人にはちゃんと会っていますか?
(というか、会ってあげていますか?)




必ずまた会えると思っていませんか?



いつでもその場所に行けば会えると安心していませんか?





今回はいいや。

次でいいや。

って言ってから、どれぐらい経ちますか?



もしかしたら、その遠慮が後悔を生むかもしれない。



その人は、実はものすごくあなたに会いたいのかもしれない。
(あなたが思ってる以上に…)



でも、あなたが会ってくれなければ成立しない。





私は、失ってから気づいた。


次というものが当たり前に来るものだと思っていたし、会いたければいつでも会えると思っていた。


まだ若いんだし、って。


皆さん、大事な人には会いましょう!



私は大事な人の「会いたい」に応える事ができず、ありがとうすら言えなかったから。





夢の国ですら夢を見られない私

2024-04-28 01:33:09 | 日記
私は、夢の国が嫌いだ。
 


その賑やかな光景をテレビで見ているだけでも目を背けたくなるし、避けたくなってしまう。



おそらく私が最も苦手とする場所と言えるだろう。



万人が無条件に夢を見られる場所ではないという事だ。



私には視覚障害があり、もう大抵のものが見えなくなってしまった。



障害に休みなどなく、そんな夢の国ですら、容赦なく現実を突きつけられるのだ。


だから私にとっては、現実を痛感させられる、泣きたくなるぐらい逃げ出したい場所。



人々の歓声や熱気が、更に私を孤立させ、たちまち来た事への後悔の念と恐怖で埋め尽くされてしまうのだ。



そんな私でも、生まれた時から見えなかった訳ではない。



どちらかと言うと、思ったらすぐに行動に移してしまうようなタイプだった。



テーマパークに行けば親に繋がれていた手を振り払い、一目散に駆け出していくような子で、よく2こ上の兄が心配して私を連れ戻しに行っていたと親に聞かされている。



小学生の頃にはすっかり乗り物にも慣れ、よく1人で1時間ほど離れた従兄弟の家に泊まりに行っていた。



近くに楽しそうなものができたと知れば、クラスメートと出かけたりもしていた。





中学生、高校生の頃には更に行動範囲も広がり、門限も忘れるぐらい友達と夢中になって遊んでいた。








それが社会人になる頃には、


暗い所ではモノにぶつかるし、段差に気付かず転びそうになるし、落としたお金もすぐに見つけられない。



なぜこうなるのか分からない漠然とした不安と、何かがどんどんおかしくなっているような胸騒ぎにも似た感覚。



自分でもその異常さに日に日に気付き始めていた。



それでも現実を受け入れる勇気が持てず、しばらくは気付かないふりをしながら必死に抗っていた。




家族にすら秘密にし、一層遊びに夢中になる事でその事実を思い出さぬよう気を紛らわしていた。



私には、確信があった。
おそらく、そう言われるだろうという。




あとは腹をくくって家族に話し、病院に行くだけだった。



周りからの助言もあり、ようやく観念した私は、母の通う大学病院を受診する事を決めた。




すると案の定


私も、母と同じ「網膜色素変性症だ」と告げられた。



予想が的中した。



しばらく動けなかった。






頭の中が真っ白になった。





覚悟はしていたつもりだが、やはりショックだった。




21歳の時だった。







両目で1億円

2024-04-25 01:11:10 | 日記
昨年ついに、
眼科疾患で初めての画期的な遺伝子治療薬「ルクスターナ」が日本でも承認されたらしい。



希望が持てる明るいニュースに嬉しい気持ちではあるんだけど、



薬価が国内2番目に高額な片目投与で4960万円、


両目投与で1億円って、



高額すぎて、現実的ではないんだよなー。



そんなお金どこにもないよー。




我が家には目が不自由なのが2人もいるから、2人で合わせて2億円。



どう考えても無理だな!笑




どこかに私の2億円落ちてませんでしたかーーー?笑





臨床試験では、投与1年後には光の感度が約100倍改善って、



羨ましい!


羨ましすぎるぜ~~~☆



いいなぁ、夢みたいな話だわ。




私も母も、いつ失明するか分からない「網膜色素変性症」という難病に20年以上も苦しめられているけど、



年々視力は低下していくし、



視野狭窄はものすごいスピードで進行していってるし、



夜盲は止まらないし…




もう何が何だか、



誰が誰だか、訳ワカメちゃん。



ここはどこ?私は誰?
ってのが、リアルな感じ。



今このブログを書いているのだって、


視野10%の奴が何時間もかけて、一生懸命書いてるって想像してごらんなさいよ。




すごいでしょ?エッヘン( ̄^ ̄)v


毎日、本当に必死。
(下手すりゃ、死ぬから)


見えないって、そういう事なのよね。



投与対象患者は、15年で5人だったっけなぁ。


少ねーだろォーーー!(ToT)


(ごめんなさい、本音です…笑)



私たちが普通に治療できるようになるのは、いつになるんだろうか。


製薬会社の方、


早く助けて下さい(T∀T)


よろしくお願いします。
















人生で最も辛かった日

2024-04-21 17:40:13 | 日記
昨日から胸がざわつき、


夜になるにつれて動悸や吐き気、頭痛が激しくなっていった。




1年前の今日を思い出すと、恐怖で朝まで眠る事ができなかった。



強いお酒を飲んでみても、一層悲しみが増すだけで、何の助けにもならなかった。



それは、ちょうど1年前の今日
4月21日の事だった。


突如鳴る1本の電話。




父のただならぬ声に、

何か良からぬ事が起きたって事は、明白だった。




「えっ!?何でだよ!!どうして…いつ!?」



きっと、高齢である祖母の身に何かあったのだろうと私は考えていた。



ゆっくりと電話を切った父は、家族に向けてこう言った。



「ちょっとみんな、こっちに来い。」



母はキッチンで忙しそうにしながら、こう答えた。


「今ちょうど手が放せないから、そこで話してくれる?」




父は、こう続けた。


「いいから火を止めて、みんなこっちに来い!!」




「……………………これから俺は…………ものすごい話をする……………


かなり…………


かなり、

衝撃的な話だぞ!!



………………いいか!?
………………………………………………………………………………

M(甥)が……………………………………………………………………………………………………………



自殺した………………………………………」





「………えっ?嘘でしょ!?


今………

今、お父さんなんて言っの……………!?」



体の震えが止まらなかった。





Mとは、


隣町に住む、私と同い年のいとこの事だ。






その日から、地獄のような日々が始まった。