ネットを見ていたらギフテッドという言葉が目に付きました。
どういうものかと調べてみたところ、ちょっと興味深いことが書いてありました。
ギフテッド(gifted)は、神とかそんなところから
なにかを「与えられた」者の意味だそうです。
だいたいIQが高くて変な熱意ある好奇心や知識欲を持ち、
妙な記憶力とこだわり、集中力を持つ人のことだとか。
そういえばわたしもかつてなにかのIQ検査を受けたら
IQだけは130くらいあったと言われましたし、
漢字は書けなくても見れば大体読めるようになりました。
好きなものについては一・二回読めば覚えられたし、
曲にしろ絵にしろ立体にしろ文章にしろ、
とにかく芸術-創造系のことをするのがおもしろくてたまりませんでした。
一方で、自分にとってまったく意味の見いだせないことを
やるのが苦手というのもすごく納得できます。
たとえば時計は時間を計るものだから時計という名前の意味がありますが、
そこらへんで会う井上さんが井上さんである意味はありません。
その人のどこにも、その人が井上さんであることを理由付けるものがないからです。
別に井戸の上に住んでいるわけでもないし、三原さんだっていいでしょう。
なのにその人を井上さんとして、井上さんの意味がない顔と合わせて
覚えろなんて無理すぎます。
歴史上の人物がいつ生まれたとかいつ死んだとかもどうでもいいです。
1600年に生まれようが、1601年に生まれていようが、わたしには関係ありません。
なんたら時代なんて、10000年から20000年前なんて言われて
一万年も差があって許されるのに、
同じ歴史のなかで100年200年の差にこだわる意味がわかりません。
その年号を覚える意味もわかりません。
年号と起こった出来事が事実としてあるなら、
調べたいときに機械で調べれば知りたいことなんて全部出てきます。
ただ覚えておけばいいことなんて機械に覚えさせておけば充分で、
人間は機械にできない検討とか思考とかを担当するべきだと思います。
大人や先生と話すのもとても好きでした。
なんとなく昔から、自分が本気でしゃべると他人とは話が通じないと思っていました。
大人はこちらの場所に変に踏み込んでこないし、
話が結構通じるので話して楽でした。
ぱっと思い出せる例だと、わたしは「娘さんをください」
というような言い回しがとても嫌いです。
「ください」ときたら「よし、やろう」とか「娘はやらん」とかになるわけですが、
これは人を物扱いする、大変失礼な言葉だと思うのです。
もっと突き詰めれば、奴隷の引渡し契約みたいなものです。
「この奴隷、おれにくれよ」「よし、やろう」みたいな。
人相手に「くれ」とか「やらん」とか、本人をよそにおいて、
物の売買みたいに第三者同士が話すのはどうなのか、
それを口にできる神経がわからずに、本当にいらつきます。
そんな毒のある言葉を平気で口にできること自体、
相手の人格を疑いたくなります。
でも、授業でそんな話になったのでわたしが言ってみたら、
周りの人はわたしが何を嫌がっているのかすら理解してくれませんでした。
「そんなのはただの言葉で、そう思ってるわけじゃない」とか、
「そんな言葉で奴隷だと思ってるとかおかしいんじゃないの?」とか
ねじれた方向の言葉ばかり返ってきます。
そうじゃなくて、「ください」「やらん」という言葉の中に、
話題にされている本人の人格の否定と侮辱が入っているのがおかしいのだという意味を、
誰もまったく理解してくれないのです。
でも、大学で会った恩師は、わたしの言いたいことを理解してくれました。
それ以外のことでも、わたしが本気でしゃべっても内容を理解して、
わたしが思ってもいなかった目の覚めるような言葉を返してくれました。
わたしは、自分の本当の言葉や考えは他人には理解できないと感じていたので、
実は他人にもちゃんと通じるまともなものなのだとわかれたのはとても嬉しかったです。
……というのはさておき。
わたしはなんとなく自分がアスペルガーっぽい気質があるとは
思っていましたが、アスペルガーとギフテッドは特徴がとても近いそうです。
実はわたしもアスペルガーなんかじゃなくて、
何がしかの才能を与えられたギフテッドだったらいいなあと思いました まる