風力発電の被害を考える会 わかやま

 https://negoronokane.jimdofree.com/

低周波公害ハンドブック 2

2021-10-10 14:33:58 | 資料


(16)困難な対策

低周波公害の対策はどうですか?

 音(空気振動)が空気中を伝わる途中に、壁などの傷害物がありますと、音は以下の4つの行動をとります。
   ① 反射    ② 吸収    ③ 透過   ④ 回折(壁の上を乗り越えて回り込む)
 周波数が低いほど、反射と吸収が少なく、透過と回折が大きくなます。防音室は、普通の音は著明に低下させますが、低周波音はそれほど低下しません、また防音壁も、普通の音は低下させますが、低周波音にはまず効果はありません。主として回折のためです。
 こうした性質の違いから、重大なトラブルが発生します。
 音源としては、騒音と低周波音と両方発生していることが現実には多いわけですが、音はわかりやすく、低周波音はわかりにくいため、被害者も加害者も、そして行政も、音の被害だけと思い込みがちです。そこで行政が騒音計で測定して、規制値をオーバーしておれば、加害者側を指導します。
 防音壁にしろ、二重窓にしろ、防音対策は比較的容易です。その結果、音は著明に低下して、基準をクリアします。
 この時初めて低周波公害が浮上します。それまで音に紛れてはっきりしなかった低周波音の被害が、より鮮明になってくるのです。低周波音だって、防音対策によって若干音圧が下がっているのですが、症状はかえってきつくなるのが普通です。
 低周波公害の被害者たちは皆、テレビやラジオなどの音を大きくして苦しさを紛らわせる工夫をしています。この場合、公害源の低周波音は同じ強さでありながら、それらの音が加われば楽になり、逆にその音を切れば苦しくなるわけです。
 防音対策は、音による低周波音被害症状の緩和効果を低下させ、それは低周波音の低下による効果を上回るということです。
 被害者側は、苦しいから当然さらに苦情を訴えます。行政側は、基準をクリアしているからと相手にしたがりません。加害者側は、これだけ良心的に対応してやったのにまだ文句を言うかと、態度を硬化させます。こうして深刻な事態に突入ということになります。
 西名阪自動車道の低周波公害が表沙汰になったのは、高架橋の部分に防音壁をつけた時からです。高架橋自身に防音壁を取り付けましたから、振動物体が巨大化したためと考えられます。住民の苦情がたかまり、日本道路公団もそれを認めて、せっかく作った防音壁を200メートルにわたり撤去しましたが、例の鋭敏化という現象があっては時すでに遅く、深刻な対立に発展しました。その時、道路公団はあらゆる対策を実施しましたが効果がなく、遂に1980年「西名阪低周波公害裁判」に突入しました。
 道路の騒音や空港騒音がどうにもならなくなった時、対策に公費で防音室を作るということがよく行われます。国道43号線についての野田先生の測定では、騒音 27ホン低下、低周波音 12デシベル低下です。大阪国際空港について、川西市の防音モデル住宅での著者の測定では、騒音 24ホン(普通室 13ホン)低下、低周波音 12デシベル(普通室 8デシベル)低下でした。
 要するに、低周波音には有効な防音対策はありません。加害者が逃げ出すか、被害者が逃げ出すかを、まず考えるべきです。

 

(17)訴えの特徴

 騒音による被害か、低周波音による被害かを区別することが大事だと言われましても、ではどうしたら低周波音の被害だとわかるのですか?

 騒音と低周波音とは同じ空気振動であって、周波数が違うだけです。従って、低周波公害も、騒音公害の延長線上にある同類だと思われがちですが、低周波公害は騒音公害とは別物です。はっきり区別して認識する必要があります。
 両者が別物である理由は恐らく、低周波音の周波数が、人体の普通の細胞でも馴染める周波数であるのに対し、騒音の周波数は、耳(聴覚器)という特別に分化した感覚器でなければ捉えられない極めて高い周波数であるためだと考えます。
 低周波音と普通騒音とは、定義上、一応100ヘルツが境になっていますが、それはきりのよい数字だからで、低周波公害と騒音公害との正確な境ははっきりしません。これには当然個人差もあることと思います。
 しかし、私がこれまで経験した被害についてみますと、50ヘルツ以上での被害の訴えは経験しておりませんので、もう少し低い周波数のところに境目があるようです。
 このように境目がはっきりしないとしても、低周波公害と騒音公害とは多くの点ではっきり区別されます。低周波音の被害者には騒音の被害では考えられないような特徴的な訴えがありますから、それを知っておれば、区別はむしろ容易です。
 ① 原因となる音は、私たちの会話のようなはっきりした音ではなく、もっと低い周波数の音で、多くは低い機械音です。そして、じっくり聞きますと、その音の成分の中に、振動のような、あるいはうなるような感じを含んでいることがしばしばです。きつい時には、建具や戸棚などの徴振動がみられる場合があります。
 ② 室内の方が苦しく、戸外の方が楽です。
 ③ 戸や窓は閉め切っているより、開ける方が楽です。やかましいだろうと思って家族が戸や窓を閉めると叱られます。
 ④ 狭い部屋(便所・風呂・狭い台所など)で苦しく、広い部屋の方が楽です。
 ⑤ 苦しい時、大きな音でラジオやテレビなどをかけますと楽になります。ほとんどの被害者は自然にこのことを実践しています。
 ⑥ 防音壁などの防音対策をすると、効果がないどころか、かえって被害がひどくなることが普通です。耳栓も効果かないだけでなく、かえって耳が痛くなったりします。
 ⑦ 同じ家族の中でも、強い被害を訴える人と、平気な人とかあり、著しい個人差がみられます。
 ⑧ 月日が経つにつれ、だんだん苦しさかひどくなります。音に慣れるということはありません。
 ⑨ 騒音計で測定してもらっても、低い値しかでず、自分の苦しさに対応する数値を示してくれません。自分の苦しさと騒音測定数値との食い違いに注目する必要があります。公平であるはずの行政の測定だからと鵜呑みにして、数値にだまされないことです。
末尾に、騒音公害と低周波公害との鑑別表を示します。

 

(18)ひどい過小評価

 低周波公害は、たまに思い出したように報道されるだけですが、そんなに少ないものなのですか?

 低周波公害は大変ポピュラーな公害ですが、騒音と違ってわかりにくいのと、実態があまり知られていないため、被害者もそうと気付かないまま、騒音の中にまるめこまれて処理されてしまっています。しかも行政はしばしば意図的にそのように対応しています。
 環境庁によりますと、年間の低周波騒音苦情は全国で30件前後に過ぎないから、特別な対応をとっていないとしていますが、話はアベコベです。特別な対応をとっていないから、上へ上がってこないだけです。我が国は上意下達のお国柄です。
 東京都世田谷区の平成2年度の公害の苦情内容をみますと、合計2 1 9件の苦情の中で、低周波空気振動-0 となっています。人口77万人の世田谷区の都市環境の中で、低周波公害がゼロなんて、信じられますか。しかし、苦情の内容をみますと、エアコン室外機、ボイラー、排気ダクト、換気扇、浄化槽など、低周波音が主体とみられるものは、全体の1割以上。オーバーに評価すれば、全体の半数近くが低周波音がらみです。とてもゼロなんてものではありませんが、環境庁はこれをゼロと把握していることでしょう。
 「騒音被害者の会」が1993年5月に東京都で2日間実施した「騒音110番」では、648件の相談中、低周波騒音とみられるものは、厳しく見積っても49件あり、それだけで環境庁の年間苦情数を上回っています。

 

(19)環境庁の実態調査

環境庁が行った実態調査ではどうなっていますか?

 「昭和53年度低周波空気振動等実態調査」については、「昭和53年度環境庁委託業務結果報告書」が出ております。
 この報告の中心は、120デシべルの低周波空気振動の1時間の人体実験です。120デシベルという物凄い音圧が1時間も続くような環境は、一般世間にはまず有り得ないことです。同時に、被害者は、数力月、多くは何年というレベルの時間で被害を訴えておりますから、120デシベル・1時間は余りにも非現実的です。
 そしてその人体実験の結果導かれた[総合評価]は短時間であるならば、呼吸数、心拍数には変化はあるにしても正常範囲であり、少なくとも健常な人であれば、低周波空気振動の影響はないといってよいであろう。
 一般に、よくわからない“病気”が発見された時、その究明実験の本筋は、まずその“病気”を再現することです。再現できない時には、できるだけ現実の条件に近付けて実験をやり直します。つまり、再現できないのは、存在しないのではなく、やり方が悪いからだと考えるのです。そして、いくら条件を替えてやり直してもどうしても再現できない時、はじめて、存在しないのではないかと疑ってみることが許されます。
 しかし、この報告書では、120デシべル・1時間という非常識な条件での実験をやっただけで、条件を替えた再実験を行うことなしに、再現できないから存在しないといっているのです。

 

(20)健常な人

健常な人とはなんですか?。

 健常とは、健康と通常とを結び付けた言葉です。
 では、「昭和53年度環境庁委託業務結果報告書」がいう健常な人とは、どういう人たちなのでしょうか。
 120デシベル・1時間の人体実験を受けたのは30名、その内20名は20歳代(内女1名)です。低周波音に一番ニブイと思われる「若い男」が中心です。反応が出にくそうな被検者を選んだところが、第一のミソです。
 それでも実験の中で、2例の人に困った事が起こりました。困ったというのは、低周波音の被害を否定するのには都合が悪いという意味です。それをごまかすのに「健常な人」が登場したのでした。
 その2例を「報告書」から拾ってみましょう。
[過労を訴える被検者]
 過労を訴える被検者(数週間にわたって日曜日なしに動き続けた被検者)を低周波空気振動に暴露した。20Hz・120dBの空気振動を与えると、約30分を経て特に眼振とまばたきが現れた。以後これらが続くが、突然空気振動を停止すると、少なくともまばたきと眼振がほとんど消えた。
 健康であれば、単純な反応だけであろうが、過労が重なると、このようにまばたきと眼振があらわれる例がある。外部の全ての物が揺れると被検者はいう。この反応によって重大な事故をもたらす危険性かある。
[感冒に罹患している被検者]
 感冒に罹患している被検者(37.3℃の微熱があり、少し咳が出ている者)について、検査を行った。
 低周波空気振動を与えると、突然悪心、嘔吐(かなり厳しい症状)があらわれ、検査を中止した。その時の波形では、特に呼吸波形は乱れ、まばたきは増加し、不整である。また心拍数は減少し、リズムは乱れている。健康な人には低周波空気振動の影響ははっきりあらわれないが、感冒などにより体の調子をくずしている場合には、この例のように悪心、嘔吐という症状があらわれる可能性がある。体の抵抗力がおちているような場合に、低周波空気振動の生体に対する影響がはっきりあらわれる場合があると考えられる。
 この2例から、低周波音が体に強い影響を与えることが実験的に証明されたはずです。それを「過労を訴える彼検者」「感冒に罹患している彼検者」とわざわざ特別扱いして除外した上で、「少なくとも健常な人であれば、低周波空気振動の影響はないといってよいであろう」と[総合評価]しているのです。
 健常な人、過労している人、感冒の人、もっと重い病気の人、死にかかっている人。いろんな人か混在しているのが住民です。その中で、健常者、とくに低周波音にニブイ若い男を主体にして低周波音の被害を論じ、他は除外するのはなぜでしょうか。
 公害とは、住民の中の弱者の被害です。こんなやり方で、低周波公害が解明されるはずはありません。

 

(21)環境中の実態

環境中の低周波空気振動の実態を調査した環境庁は、被害を訴える程度の低周波音はどこにでもあるとしていますが?

昭和59年12月に、環境庁大気保全局から「低周波空気振動調査報告書―低周波空気振動の実態と影響-」が出ています。環境庁が昭和51年度から進めてきた調査研究をとりまとめたものです。
 その結論は、「一般環境中に存在するレベルの低周波空気振動では、人体に及ぼす影響を証明しうるデータは得られなかった」としています。以後10年、低周波公害を無視し続けています。
 この結論の中心となったのは、すでに述べた人体実験で、その結論の不当は指摘したとおりです。
 もう一つの論拠は、「環境中の低周波空気振動の実態」の調査です。 商業系地域 39、工業系地域 27、住宅系地域 62、工場周辺 27、その他と、測りまくったのです。それが被害実態を究明するのになんの役に立つというのでしょうか。「下手な鉄砲もかず撃ちゃ当たる」というわけでしょうか。
 第一、測定した時刻が記載されていません。それで一体、「昼間は辛抱できる。深夜が辛抱できない」という多くの被害者の訴えにどう対応しようというのでしょうか。
 環境中の低周波空気振動の実態とは、低周波公害の被害者の環境を、被害の実態に即して測定することです。
 そしてその測定結果は、どこにでもあるどころか、一つとして同じものはありません。それぞれか特異的なのです。

 

(22)住民不在の行政

 低周波公害に対しては、地方行政も十分対応してくれないと聞きますが、なぜですか?

地方自治体の低周波公害に対する対応をみますと、その自治体の民主主義の有り様が、手に取るようにわかります。
 低周波公害に対して、市町村は騒音計だけしか持っていないのか普通ですから、その騒音計で片付けてしまおうとするところが多くみられます。騒音計での測定は簡単であり、その測定した数値を基準に当てはめればよいだけですから、対応も簡単です。苦情が残っても、基準がこうだからと押し切ることができます。被害者は泣き寝入りするほかありません。
 ところが低周波公害となると、そうはいきません。市町村には測定機械がないのが普通ですから、府県に測定を頼むか、府県から測定機械を借りてきて自分で測るか、とにかく面倒臭いのです。測定も騒音ほど簡単ではありません。それに基準がありませんから、基準に当てはめて押し切ることもできません。
 ところが有り難いことに、環境庁は低周波公害を無視しようとしているのですから、これに従わない手はありません。
 「低周波音の被害は公害ではありません」「基準がないから測定しても意味がありません」「基準がないので、行政として相手にどうしろとはいえません」といったあんばいです。
 住民の訴えを真正面から受け止めて、その苦難を救ってくれるような民主的な市町村はまずありません。

(23)住民不在の行政(続)

 低周波公害に苦しむ被害者にとって、市町村に測定能力がないことが悩みの種だと聞きますが?

 低周波音の測定は、騒音のように簡単ではありませんが、またそんなに難しい測定操作でもありません。また測定機械も、贅沢さえしなければ100万円前後、市レベルにとっては、はした金に過ぎません。なぜ購入しないのでしょうか。
 それは、環境庁か典型公害と認めておらず、基準もないという、くだらない理由にすぎません。住民の被害という観点からみれば、それに対応するためにも購入して当然ですが、そうしないのは、地方自治体には住民の実際の被害に真正面から対応しようという誠意も良心もないからです。
 国がきめてくれさえすれば測定機械の購入は簡単です。しかし、国がきめていないものを購入しようとすれば、その理由を議員に納得させねばなりません。それが厄介で面倒なだけです。カネの問題ではありません。
 地方公共団体から環境庁に寄せられる低周波公害の苦情が、毎年たった30件前後しかないというのは、本当にそんな件数しかないのではなくて、地方自治体が環境庁のやり方に盲従しているだけのことです。実数はその100倍位。地方自治体で被害実数が100分の1位に圧縮されているのです。環境庁はそれをよいことにサボリ続けでおり、地方自治体もまたそれをよいことにサボリ続けているのです。これは救いのない悪循環です。

 

(24)難行する測定

低周波公害解決の上で測定は欠かせませんが、測定が被害者にとって大変な苦労の種になっていると聞きますが?

 低周波音の被害を市町村に訴えた時、測定機械を持たない市町村はどう対応するかですが、なかなか府県に頼もうとはしません。
 上級官庁に対して遠慮があるのか、日頃連係がうまくいっていないのか知りませんが、市町村段階で門前払いできないかと、まず思案するようです。その時、被害者の力量を見計らい、特別うるさいヤツとか、議員が後ろについているとかでなければ、名もなく貧しくおとなしい市民は、「おととい来い」と突き放されます。
 府県に通じてくれないだけでなく、中には府県に測定機械があることさえ教えてくれない市があります。人づてにやっと県に測定機械があると聞いて、喜び勇んで県に測定を願い出たら、「騒音は市だ。スジが達う」と追い返されたという話があります。官僚の縦割り行政に加えて、上意下達の一方通行で、我が国の民主主義は全く機能していません。
 ではどうしたら測定できるのかと尋ねると、業者に頼めと突き放されます。その測定業者ですが、中央でも地方でもなかなか見つかりません。やっと見つけても、一回の測定費用ン十万円と吹き掛けられます。中には一声百万円てのもありまして、被害を受けた上になんでそんな大金が必要なのかと、うんざりします。それに業者にそれだけ支払っても、満足するデータが得られることはまずありません。死にガネになるのが落ちです。​


(25)秘密測定を

 低周波音の被害者が納得するような測定値が業者からなかなか得られないのはどうしてですか?

 測定業者に大金を払って測定してもらって、なぜ満足する測定値が得られないのでしょうか。
 彼等は専門家です。しかも十分の費用を要求するわけですから、当然きっちりと測定してくれることでしょう。
 しかし、彼等の目的は正確に測定することであって、被害原因を究明することではありません。それは関係ないことです。
 原因とする低周波音が、日により時間により、きつかったり弱かったりすることはよくあることです。測定の時だけはきつく出てくれと願っても、そうは問屋が卸しません。まあ、今日はなぜか弱いとガッカリするのが落ちです。それでも測定は正確に行われ、費用も正確に請求されます。それは不十分だったからといって、もう一度お願いしますとはなかなかいえません。底無し沼にカネをつぎ込むようなことになるからです。
 低周波公害の発生源は零細な企業とか個人とかが多いわけです。加害者と被害者との対立が激しく、始終文句をいわれている加害者側は、神経をとがらせています。測定業者が見慣れない大きな機械をかつぎこめば、ハハンと気が付いて、機械を止めるか、音を小さくします。しかし測定は予定通り行われ、依頼した側は、泣く泣く測定費用を支払う羽目になります。
 測定は厳重な秘密測定でなければ意味がありません。

 

(26)秘密測定を(続)
 低周波音の被害者が納得するような測定値が、行政が乗り出してもなかなか得られないのはどうしてですか?

 私は、低周波音の測定は秘密測定が原則であることを主張し、実践しています。そのため、せっかく遠路測定に行ったが、目的の音が出ておらず、といって相手に音を出してくれと頼むわけにもいかず、すごすごと引き上げたこともしばしばです。しかし、その労を借しんでは、納得のいく測定はできません。
 測定業者がその労をとってくれるか。納得のいくデータが得られるまで何度でも測定を繰り返してもらえるという契約にすることはまず無理でしょう。納得の限界が決められないからです。
 これが府県の場合だと、もっとひどいことになります。秘密に測ってくれとお願いしても、まず絶対聞き入れません。
 県にお願いして、「騒音は市だ」と断られた被害者のケースですが、市を通じて再度お願いして、県が測定してくれることになりました。そこで、秘密裏に測定することをお願いしたところ、それはダメだと拒絶です。相手に通告した上での、正々堂々の測定です。
 当然その測定の日は、弱い音しか出ませんでした。それでもどんな測定値かとデータをもらいに行ったら、プライバシーの問題があるから、データは出せないとはね付けられました。
 とうとう、やむなく、業者に測定を依頼しましたが、その測定の日は残念ながら弱い音しか出てくれませんでした。そして、もう度測定する金銭的余力はないとの悲しい知らせです。

 

(27)公害は犯罪である

行政が秘密測定をしようとしないのはなぜですか?

 大阪市西淀川区の大気汚染公害患者を支援して来られた開業医の那須力先生は、「公害は犯罪である」と断じておられます。
 低周波公害を考えても、それまで平和に暮らしていた住民が、ある日突然、隣にできた小さな工場が発する低周波音に苦しめられるとすれば、住民になんのとがもありません。相手が一方的に悪いのです。
 ところが行政は、こうした住民間の争い事に関しては、両者を平等・公平に扱うのが民主的だと思い違いしているようです。公平どころか、名もなき個人よりも、育成してやりたい企業の方を守りたい気持ちの方が強いのが見え見えです。
 測定しますと連絡すれば、それが可能である限り、相手は音を出さないか、音を小さくするのは、誰でも予想することです。それを予想できないほど、行政は石頭ではないはずです。
 もっとも、府県は権力を持っていますから、機械を動かさせて測定するという手を使うことができます。全部機械を動かして測定した値だから、これがもっともきつい値だというわけです。だからお役人はオメデタイと言われるのです。
 長年の争いの中で、きつい時に何度も文句を言われておれば、業者は、どの機械がきついか、どういう動かし方をした時きついか、熟知しているはずです。それを避けて動かして、全機稼動、大したことなしでは、被害者が浮かばれません。

 

(28)科学無視の測定

行政の測定が被害実態を明らかにしないのはなぜですか?

 測定というのは科学的な行動です。科学の原則を無視した測定が役に立たないのは当然のことです。
 ある事象を測定した時、対照を同時に測定し、それと比較しなければ、その測定値の意味付けをすることはできないというのは、科学のイロハです。
 ただし例外はあります。例えば水の汚染物質を測定した時、対照を取る必要はありません。対照はゼロだからです。しかし、音関係では、対照はゼロということはありませんから、対照を取らなければ判断できません。
 ところが行政では、この対照を取ることなしに判断しようとすることが、余りにも多いのです。
 それは多分こういうことだろうと思います。騒音測定では、測定値をそのまま基準に当てはめればよいわけです。この場合、基準が対照の代用品の役割を果たしているとみることができます。騒音の基準値が、昼夜の差を設けたり、住居地域だとか商業地域だとか工業地域だとかで違った値をとっているのは、そういう意味です。
 しかし低周波音には基準がないのですから、対照、つまり音源が停止している時の測定値(暗騒音)と比較しなければ、判断できないはずなのに、それをやらないのです。ダメで当然です。
 環境庁が環境中の低周波音を測りまくって、どこにでもあるなどと言い張ったのは、科学無視の極みです。

 

(29)状況無視の測定

 行政や業者などの測定が、被害者をなかなか納得させ得ないのはなぜですか?

低周波公害は被害状況がまちまちなだけでなく、個人差がひどいのですから、その被害者の状況を詳細に尋ねた上で、その被害に即して測定する必要があります。
 まるで義理や厄介のように、「測れというなら、測りゃいいんでしょう」では、納得のいく正しい測定は到底無理です。
 1978年頃のことです。西名阪自動車道の低周波公害が世間にかまびすしかった頃、日本道路公団に頼まれたかどうか知りませんが、なんの前触れもなく、騒音関係の一人の専門家がヒョッコリやってきて、現地を測定して行きました。そして、あれは大したことはないと言ったということです。なにしろ数少ない専門家の言葉ですから、これが日本道路公団を喜ばせ、問題がこじれることにもつながったと思われます。
 しかし、大したことがないかどうかは、その後の裁判が明らかにしました。結局解決は、住民が立ち退くしかなかったのです。専門家ともあろうものが、どうしてこんな重大な間違いを仕出かしたのでしょうか。
 彼はわざわざ現地まで足を運びながら、被害住民とは誰一人会おうとせず、こっそり測定して去って行きました。昼間の一時間ほどの測定でした。
 住民がかねがね主張していたことは、被害は大型の重量トラックが通過する時にきつく、普通乗用車では大したことはないということです。その大型トラックが沢山通過するのは、大阪の市場へ急ぐのでしょうか、早暁に連なるように走るので、睡眠中の静かな時間帯ですから、余計つらいわけです。それに対して、昼間は乗用車ばかりで大型トラックはほとんど通りませんから、それはどきつくはありません。こうした住民の話を問けば、昼間の測定では十分被害実態を捉えられないことは明らかです。
 この専門家は音響学や音響測定の専門家であっても、公害問題では素人だったのです。低周波公害の測定は、専門家なり専門技術者にお出まし願えれば、即座に答えが出るような、そんなアマチョロイものではありません。
 しかしなにも公害の専門家でなければという訳ではありません。公害測定は、被害者の立場に立って測定するという、技術以前の測定者のこころの問題です。
 そういえば、夜は勤務時間外だから、昼間しか測定できませんとヌケヌケと言う公務員もいました。深夜の音か苦しくて眠れないと訴えているのにです。
 被害者を納得させるためには、まず測定者自身が納得できるデータでなければなりません。あんなデータで、測定した人が納得しているのか不思議に思えることが多いのです。
 低周波音測定による原因究明は、犯罪捜査に似ています。簡単なものはあっけないはど簡単ですが、難しいものはあくまで難しいのです。その時必要なのは、一方では執念(ねばり)であり、一方ではひらめきです。そして根底にあるものは“現場主義”です。測定はやりがいのある楽しい謎解きの仕事です。

 

(30)測定の三原則

低周波音を測定する上での原則は何ですか?

低周波音を測定する上での問題点を、いろいろ述べてきました。そこから導かれる原則のようなものを、3つ挙げてみます。
①秘密裏に測定すること
②対照(暗騒音)を測定すること
③被害に即した測定をすること
 これはなにも特別なことを挙げたわけではありません。極めて常識的な当然なことを挙げたに過ぎません。
 ところがこの常識が、行政その他で一向に通用しないのです。だから、そういう測定はサッパリ役に立たないのです。その中には、被害者を切り捨てるために測定しているのでないかと疑いたくなるような測定すらあります。
 イヤイヤやれば、測定ほどつまらないものはありません。しかし真理を追求する科学者のこころを特って測定すれば、次々に疑問がわいてきて、謎解きの面白さを与えてくれます。そして謎解きに成功すれば、低周波公害の被害とそれが解明されない苦しみに絶望する被害者に、希望と救いを与えることになります。
 それはまた、測定者にとっても、無上の喜びであるはずです。
 この測定の三原則を無視する測定者は、この喜びのチャンスを自分で捨て去って、測定をつまらない仕事におとしめているのです。


低周波公害ハンドブック1

低周波公害ハンドブック3

 


低周波公害ハンドブック 1

2021-10-10 14:33:35 | 資料

はじめに

 国や地方公共団体に寄せられる公害苦情の中でもっとも多いのは騒音苦情です。騒音の原因は、工場、建設作業、自動車、航空機、鉄道、一般営業から家庭生活騒音まで多岐にわたりますが、そのほとんどは低周波音を伴っており、正確には[騒音+低周波音]の被害というべきです。その中には、騒音よりも低周波音の方が被害の主体をなすものや、ほぼ純粋に低周波公害とみられるものまで含まれていますが、すべて騒音公害の中に一括して対処されているのが我が国のほとんどの地域での現状です。
 騒音はだれにもわかりやすいのに、低周波音は一般にわかりにくいために、[騒音+低周波音]の被害を単に騒音公害と思い込んでいる人は被害者の中にも多くみられ、このことが問題の正しい解決を困難にしています。
 騒音苦情に対処してくれる市町村は普通は騒音計しか持っていませんから、こうした苦情の訴えに対し騒音だけを測定し、それを騒音基準に当てはめて判断しようとします。これでは低周波公害は切り捨てられることになります。これだけ苦しいのに、騒音基準をクリアしているから、法的にどうすることもできませんとお役所から申し渡されては、低周波音の被害者は途方にくれるばかりです。
 これだけ科学が進歩し測定機器が普及しているというのに、この非科学的なやり方がいまだに無反省に国中で行われており、全国各地で低周波音被害者は切り捨てられています。その見捨てられた被害者のために少しでもお役に立ちたいというのが本書の願いです。                                           (1994年5月)

目 次

(1) 低周波音とは (23)住民不在の行政(続)
(2) 音の強さ  (24)難行する測定  
(3) 騒音計での測定  (25)秘密測定を  
(4) 公害としての扱い  (26)秘密測定を(続)
(5) 騒音と振動と (27)公害は犯罪である 
(6) 基準とは (28)科学無視の測定 
(7) 基準がないこと (29)状況無視の測定 
(8) 被害症状  (30)測定の三原則  
(9) 建物・建具の被害 (31)原因療法  
(10)個人差  (32)隣の被害の謎  
(11)鋭敏化 (33)被害を受けたら 
(12)感覚異常者 (34)必ず記録を
(13)聞こえない騒音か (35)周囲を固めよ 
(14)発生源  (36)測定は行政に  
(15)遠くまで伝わる (37)協力者を求める 
(16)困難な対策  (38)裁判に訴える  
(17)訴えの特徴  (39)逃げ出すこと  
(18)ひどい過小評価   (40)低周波人間   
(19)環境庁の実態調査 (41)騒音地獄
(20)健常な人 (42)便利中毒文明   
(21)環境中の実態  (43)やさしさ欠乏症候群 
(22)住民不在の行政  (付) 騒音公害との鑑別表 

 

(1) 低周波音とは

  低周波音とはなんですか?
  普通の音とどう違うのですか?

 低周波音も普通の音も、いずれも空気中を伝わる振動の波、つまり空気振動です。ではどこが違うのかといいますと、その空気振動の振動数が違うのです。
 振動数の単位をヘルツ(Hz)といいます。1秒間の振動数のことです。100ヘルツの音とは、1秒間に100振動の音です。 一般に人の耳は、20ヘルツから20000ヘルツの間の音を聞き取ることができるとされます。20ヘルツ以下の低すぎて聞こえない音を超低周波音、20000ヘルツ以上の高すぎて聞こえない音を超音波といいます。
 では、20ヘルツから20000ヘルツの間なら同じように聞こえるかといえば、そうではありません。人の耳の感度(聴力)は、2000ヘルツから4000ヘルツあたりがもっとも良好で、それより高くなっても低くなっても聞き取りか悪くなります。
 人間の会話は、500ヘルツから2000ヘルツ前後で行われ、100ヘルツ以下は言葉に入らないとされていますので、日常生活にあまり必要ではありません。そのため、100ヘルツ以下になりますと、耳の感度が急激に低下します。そこで100ヘルツ以下の音を、一般には超低周波音を合めて、低周波音あるいは低周波空気振動と呼びます。つまり音の周波数が低すぎて、聞こえない、あるいは聞き取りにくい音を、低周波音と呼ぶわけです。

 

(2) 音の強さ
  低周波音の強さ(強弱あるいは大小)を表すのにデシベルが使われますが、これはどんな単位ですか?
  騒音の時のデシベルあるいはホンとどう違いますか?

 音の強さとは物理的な音のエネルギーです。ところが一般に音のエネルギーを直接測ることができませんので、通常は音の圧力(音圧)を測定しています。普通の状態では、音の強さ(エネルギー)は音圧の2乗に比例します。
 人間に聞こえる最小の音圧を基準にして、これと任意の音圧との比を対数表示した数値が音圧レベルです。その数値の単位がデシベル(dB)です。
 対数表示ですから、普通の計算と違いまして、50デシベルの音が2ヵ所からくれば、その足し算は約53デシベルです。また50デシベルの10倍の音は60デシベルという計算になります。
 対策の結果、音を半分に下げましたといわれた時、60デシベルが30デシベルに下がったのならよいのですが、57デシベルに下がっただけでも半分になったといえるわけです。これなら感覚的にはほとんど変わりませんから、だまされないことです。
 人の耳の聴覚は、周波数で大きく変動します。そこで耳の性能に合わせて、特に低い周波数を弱く評価するように設計されたのが、公害用の普通騒音計です。これによる測定数値がデシベル(A)で、これまで騒音公害の基準に使われてきたホンと同じです。つまり、人の耳の性能に合わせて補正した数値です。

 

(3) 騒音計での測定

  騒音計で低周波音を測定できますか?

 公害用の普通の騒音計で低周波音を測定することはできません。その際測定されるデシベル(A)はA特性ともいい、低い周波数を実際より非常に小さく評価しています。
 単一の音(純音)について比較してみますと、

1000ヘルツ    50デシベル=50デシベル(A)   

100ヘルツ    50デシベル≒30デシベル(A)  

 50ヘルツ    50デシベル≒20デシベル(A)

これではとても低周波音を正直に表示してくれません。

 また、普通の騒音計では、C特性も測定できるようになっております。これはA特性ほど極端な補正になってはおりませんが、やはり十分平坦(フラット)ではありません。それでも、A特性とC特性と両方を測定すれば、その差が大きいばど、低周波成分が多く含まれていると推定することができますが、参考程度です。
 普通の騒音計は、31.5ヘルツ~8000ヘルツの問を測定できるように設計されており、それ以下も以上も切り捨てです。ところが低周波音の被害は、16ヘルツ前後に多くみられますので、これでは本当のところで役に立たないわけです。
 騒音苦情は市町村が対応することになっていますが、市町村は騒音計しか特っていないのが通例です。その騒音計で騒音だけでなく低周波音の被害まで対処しようとしがちですので、低周波音被害者は行政から切り捨てられることになります。

 

(4) 公害としての扱い

 公害対策基本法に載っている「典型7公害」の中に、低周波公害がはいっていませんが、公害ではないのですか?

 公害対策基本法・第2条
 この法律において「公害」とは、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずることをいう。 
 ここに記載されている7つの項目を典型7公害と呼び、低周波公害は入っていません。また、被害が小範囲、しばしば一人だけの被害の訴えということも多いのですが、1974年当時の和歌山市でのメリヤス工場周辺での約50人の被害の訴え、1977年当時の西名阪自動車道での約100人の被害の訴えなど、相当範囲にわたらないからと否定するわけにもいきません。
 1977年、低周波公害を第8番目の公害に指定する目的で、環境庁の大気保全局の下に「低周波空気振動調査委員会」が作られ、基準をきめようとしました。公害を取り締まりの対象にするためには、厳密な基準が必要だという考えでした。
 しかし、そういう杓子定規な考え方は低周波公害にふさわしい考え方ではありません。結局基準を設けることはできませんでした。
 委員会に出席して基準設定に反対意見を陳述した私に対し当時の橋本道夫大気保全局長は「基準はできなかった。しかし、被害があれば対応する」と述べました。

 

(5) 騒音と振動と

騒音と振動と低周波音との関係はどうなっていますか?

 騒音と振動とは典型7公害として認められ、低周波音は認められておりませんが、実はこの三者は大変近い関係にあります。
     騒音  = 空気振動 + 高い周波数
     振動  = 地盤振動 + 低い周波数
    低周波音 = 空気振動 + 低い周波数
 こうした密接な関係から、騒音と振動と同時にある時には、必ず低周波音もあり、この三者が長期間ある時、一番被害者を苦しめるのは、実は低周波音なのです。騒音+低周波音でもまず同じです。
 騒音も振動も非常にわかりやすい。しかし低周波音は非常にわかりにくい。ですから、被害者は騒音と振動の被害だけ、あるいは騒音の被害だけと思い込んでいることが多いのですが、低周波音はボクシングのボディブローのように、後から効いてきます。
 低周波音は、公害用振動計に、振動をとらえるピックアップの代わりに、低周波音用のマイクをつなげば測定できます。ですから、騒音を測定するほど簡単にはなっていませんが、振動を測定するのと大差ありませんし、測定機械も、個人が購入するのは大変にしても、行政にとっては安い機械です。行政が低周波音だけを差別扱いして測定しないのは、被害実態を無視した不当な行為です。
 ましてや、「低周波音被害は公害ではない」とか、「基準がないから測定しても意味がない」とかの暴言が行政から出てくるのは、許せないことです。

 

(6) 基準とは

公害から住民を守るには、基準が必要だと思いますが?

 公害対策基本法が作られた1967年当時、たとえば四日市市とか大阪市西淀川区などの大気汚染はひどいものでした。それに対して、基準値を設けて「これ以下にしなさい」と国が言ってくれるのは、住民にとって確かに有り難いことでした。
 しかし、当時のようなあんなひどい公害状況がおおむね存在しなくなった今日では、基準の持つ意味が逆転しています。ここまでなら基準以下だから出してもよろしいとか、出ていても基準以下だから文句をいうことはできないとか、住民の味方であったはずの基準が、いつの間にか企業や行政の味方になっています。
 住民が騒音被害を訴えますと、行政は騒音計で騒音を測定してくれます。測定の結果、基準を越えておれば相手に対策を指示してくれますが、基準以下だとなにもしてくれません。その時基準は行司の軍配の役割を果たしています。
 騒音で両者が対立している時、軍配が加害者に上がると、被害者の負け。被害者は騒音被害の上に、辛抱が足りない、わがままだ、神経質だ、いやがらせではないか、カネが目当てに違いない、と、二重の被害を受けます。幸い軍配が被害者に上がっても、対策は基準以下にすればよいだけで、騒音被害状況は無視。それ以上はいえませんと突き放されます。基準は行政・企業の免罪符です。
 我が国の幹線道路の中で騒音基準をクリアーしているのは、1割強に過ぎませんが放置です。基準は行政の目安だそうです。

 

(7) 基準がないこと

基準がなければ、どうしようもないのですか?

 騒音も振動もひどいある被害者宅のケースです。そこが住居地域でなくて準工業地域であったため、ゆるい基準が適用されましたので、騒音もわずかに基準以下、振動もわずかに基準以下。対策は相手企業にお願いするしかないと困っていました。
 測定してみますと、当然ながら相当きつい低周波音が出ておりました。これで、胸を張って相手と交渉できるわけです。もし、変に低周波音の基準なるものがあって、これまた基準ぎりぎりセーフだったりしたら、泣くに泣けないことになります。
 本当は、基準などない方がよいのです。あくまで、被害があるということが基本です。「近隣騒音」について、林道義東京女子大教授は、「基準は被害者にあり」と述べておられます。
 その基本は日本国憲法にあると考えます。
 13条(個人の尊重と公共の福祉)
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 第25条(生存権、国の社会的使命)
① すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


 
(8) 被害症状

低周波公害では、どんな被害症状が出るのですか?

被害症状の主体は、一言でいえば不定愁訴といわれるものです。
 頭痛、頭重、イライラ、不眠、肩その他のこり、胸の圧迫感、どうき(ドキドキ)、息切れ、めまい、吐き気、食欲不振、胃やおなかの痛み、耳鳴り、耳の圧迫感、目や耳の痛み、腰痛、手足の痛み・しびれ・だるさ、疲労感、微熱、かぜを引いたような感じ、などなど。これを低周波音症候群と言います。
 以上いろいろある中で、夜も低周波音が出ておればの話ですが、頭痛、イライラ、不眠がもっともポピュラーな症状で、三主徴といいます。この三つがあれば低周波公害を疑えという意味で、特に集団的な被害の場合に参考になると思います。
 こんな不定な症状ですから、医療機関を訪れても、患者さんが騒音環境のことを教えてくれなければ、医者には診断困難です。自律神経失調症(中年女性なら更年期障害、老人なら動脈硬化症)と命名されて、頭痛には頭痛薬、イライラには精神安定剤、不眠には睡眠薬と対症療法に終始しがちですが、これらは本質的に無効です。原因療法、つまり低周波音発生源を断つしか対策はありません。
 もっと明確な身体症状はないかとなりますと、鼻血は確かに多くみられます。その他、回転性のきついめまい発作としてメニエル症候群、急に脈拍(心拍)が早鐘のように打ち出して、また急にパツと正常に戻る発作性頻拍、ひどい体重減少などが被害者に多くみられるように思います。


(9) 建物・建具の被害

身体被害(低周波音症候群)以外に被害はありませんか?

 低周波音は普通の音と違って振動的な要素が強いですから、音圧が大きければ、家屋の柱や壁のひび割れや瓦のずれなど、建物の被害が出ます。ただし、原因が空気振動なのか、地盤振動なのか、あるいは両方なのか、区別しにくい場合が多いようです。
 航空機であれば地盤振動はありません。自動車や列車の場合ですと、平面を走っている場合はまず地盤振動を考えますが、高架橋の場合は低周波音の役割の方が多くなると思われます。
 こうした建物の被害よりもっと多くみられるのは、建具(戸・障子・窓ガラスなど)や器具類が、細かくガタガタ鳴るという徴振動の被害です。70デシベル以上位になると、このガタガタ音が発生するとされます。
 このガタガタ音で、夜寝られない。したがって頭が痛い、肩がこる、などなど。それを克服するため睡眠薬を多用することになり、それで昼間だるくて、ぼんやりする。こういった筋道で、自分の被害を解釈している被害者がいます。二次的騒音被害です。
 個人差がひどいですから、純粋にそういう場合があってもよいでしょうが、本当は低周波音による直接の身体被害であるのに、ガタガタ音による二次的騒音被害と思い込んでいる可能性があります。
 そのガタガタ音を止めてくれさえすればよいということなら、対策は割合簡単ですが、対策後に直接の身体被害である低周波症候群が残って困ったことになる恐れがあります。

 

(10)個人差

低周波音害は個人差がひどいと聞きましたか?

 低周波音公害には個人差が著しく、そのことが被害者の悩みの種になっています。家族の中で、被害を訴えるのは一人だけということもしばしばです。よそから来た第三者ならなおさらわかってくれません。そこで、「神経質なのではないか」「気にするからだ」などと、被害者が逆に悪者にされたりします。
 奥さんが症状を訴え始め、次第に苦しむようになってから実に4年後に、ご主人が妻の訴えていることがわかったというケースがありました。「わかったら地獄」というのが、ご主人の実感です。
 この場合もそうですか、奥さんは低周波音公害現場の家にずっといますが、ご主人はあまり家にいないという環境条件の差を越えて、どうも中年婦人が鋭敏な場合が多いようです。もちろん例外は多々ありますが、一般に、男、若い人、老人はにぶい傾向です。
 あちこち低周波音害の被害現場を訪れましたが、私の妻は初めから大変敏感で、被害者とよく話が合います。それに対し私は終始極めて鈍感で、承り役専門です。したがって、もともと個人差があるのは明らかです。「他の人がなんともないのに、うるさく言うのはおまえだけだ」と被害者を責め立てるのは、おかど違いです。
 どうしてこんなに個人差があるのでしょうか。低周波音は日常の言葉などに不必要な音の領域ですから、トレーニングを受けることなく、ほとんど生まれたままに放置されているため、その差が大きいのではないかと考えています。

 

(11)鋭敏化

低周波音も時間が経てば慣れるのではありませんか?

 騒音には慣れという現象がよく見られますが、低周波音には慣れはまずありません。それどころか、時間の経過とともにどんどん鋭敏になって、苦痛が強くなるのが普通です。
 1979年のことです。西名阪自動車道の香芝高架橋で発生した低周波公害が問題になり、環境庁の交通公害対策室長が現地を訪れました。その時高架橋直下の試験家屋で、被害住民たちと1時間以上も話し合いが行われ、住民の中には苦しくなって途中逃げ出す人もあったほどでしたが、感想を求められた室長の「音は想像していたより静かでした」という言葉に、住民は挙って激怒しましたが、実は室長の発言は正直な感想であったと思われます。住民にこれ程よくわかる苦しさが、室長にはわからなかったのでした。
 低周波公害にもともと鋭敏な人がこの地域に集中して住んでいたとは考えられませんから、低周波音のひどい高速道路の沿線に数年間住んでいるうちに、地域住民の多くが集団的に鋭敏になっていったと考えられます。つまり、無意識のうちに強制された形で、学習効果、訓練効果が上がったものと思われます。
 昭和53年度環境庁委託業務結果報告書によりますと、低周波空気振動の感覚域値の研究では、鋭敏化した被害者は、一般の人より10~20デシベルあるいはそれ以上鋭敏であることが明らかにされました。また東大・斎藤正男教授のご研究では、一般の人も訓練によって鋭敏化することが明らかになりました。

 

(12)感覚異常者

 他の人がなんともないのに、一人だけ被害を訴えたりするのは、その人が感覚異常者なのではありませんか?

 工場から100メートルも離れた家の主婦が、工場の音がうるさくて眠れないと言い出しました。騒音測定では基準以下、近くの人も家族も平気、工場の人がその家に一泊したが、うるさい音など何も聞こえなかったということから、行政から“感覚異常者”にされてしまいました。
 感覚異常者にしてしまえば、悪いのは異常感覚を持った被害者であって、工場は悪くないことになり、工場も行政もなにもしなくてよいことになります。こんな楽なことはありません。
 でも、被害者はどうなるのでしょうか。(低周波)騒音被害の上に、感覚異常者という辱めを受け、すべてから見放されたのです。
 わが国には、多数者=正常者、少数者=異常者という差別の図式が、抜きがたく存在しています。
 公害とは弱者の被害であるというのが、私の基本的主張です。住民全部がやられるなら、それは公害ではありません。事件です。低周波音に弱い人がやられ、強い人は平気。それが公害の姿です。
 大気汚染の場では、老人や子供のような常識的に弱者と納得される人が被害を多く受けました。低周波公害では、元気なはずの中年婦人が被害をうけやすいだけの違いです。四日市・西淀川の物凄くひどい大気汚染の場でも、実際に被害を受けるのは、全体からみれば常にほん少数者なのです。


(13)聞こえない騒音か

低周波公害は聞こえない騒音と表現されることがよくありますが、本当に聞こえないのですか?

 低周波音の被害者のほとんどは、騒音被害の訴えから出発しております。不定愁訴だけ訴えている被害者でも、尋ねますと聞こえると答えます。山梨大学の山田伸志教授は、聞こえることが被害の出る必要条件だとしておられますが、事は単純ではありません。
① 聞こえる、聞こえないには、周波数だけでなく、音圧も関係しています。普通聞こえないとされる超低周波音でも、20ヘルツ以下なら聞こえないとはっきり一線を引けるわけではなく、音圧が十分大きければ聞こえるとされます。
② 聞こえている音と被害を与えている音と、同じ音であるとは限りません。低周波音で被害を受け、それよりもっと周波数の高い音を聞き取っている可能性があります。
③ 低周波音で被害を受けていても、そもそも聞こえなければ、外から被害を受けていることがわからないのではないか。公害ではなく、自分の固有の疾患と思いこんでいる可能性があります。
④ 被害を受け入れるルートは、耳からが主体と考えられますが、もっと直接的に、脳自身をはじめ、肺や心臓や胃腸その他の身体諸臓器に影響を与えていると考えられます。
 普通の音は非常に振動数が多いので、耳という特別の感覚器で感じ取るようになっているわけですが、低周波音なら、普通の細胞が感じ取ってもよい振動数なのです。

 

(14)発生源

低周波音の発生源には、どんなものがありますか?

 あらゆる機器から大小様々な騒音や低周波音が発生します。その際、ひどい騒音を出す機器はすぐに改善されますが、低周波音の改善はいつもその後に取り残されます。騒音源対策として音の大きさを下げることが困難な場合には、周波数を下げればよいとしていた時代が、最近まであったのです。
 周波数の違う純音で30デシベル(A)を比較した場合、それは、1000ヘルツ・30デシベル≒31.5ヘルツ・70デシベルどちらも30ホンだから静かなもんだというのはおかしいのです。
 低周波音を発生する機器は、三大別することができます。
  ① 工場の機器  エンジン、コンプレッサー、コンベヤー、ポンプ、ボイラーなど
  ② 輸送機器   自動車、電車、船舶、航空機など(自動車では走行音よりふかし音の方がきつい)
  ③ 家庭の機器  特に冷暖房機(エアコン)、家庭用給湯器
 要するに、ほとんどすべての機械、装置から低周波音が発生します。しかもこれらの機器はどんどん増えていますから、今後とも、低周波公害は増えていくことでしょう。そしてこれまで切り捨ててきた“聴覚の暗部”を狙い打ちしているのです。
 低周波音は自然現象として昔から存在していました。地震、雷、風、波(特に津波)、火山の噴火など、恐ろしいものばかりです。被害症状の中の心理的な部分は、これに由来するのでしょう。

 

(15)遠くまで伝わる

低周波音は遠くまで伝わるのですか?

 和歌山県岩出町に高野山の流れを汲む根来(ねごろ)寺という大きなお寺があります。「ねんねん根来の子守歌」で知られています。
 その根来寺に伝わる里謡に、
       ねんね根来の よう鳴る鐘は  一里聞こえて 二里ひびく 
   尾道に行きますと、有名な千光寺があります。
       音に名高い 千光寺の鐘は   一里聞こえて 二里ひびく 
 この下の句は、随分全国で歌われているようです。
 ここで言う「聞こえる」は普通の音、「ひびく」は空気を伝わる振動ですから低周波音のことです。昔から、普通音より低周波音の方が遠くまで届くことが、経験的に知られていました。
 音源から離れるにつれ、音は小さくなります。これを距離減衰といいます。低い音ほど減衰は小さく、高い音ほどよく減衰します。
 また音源の面積が大きければ大きいほど、距離減衰は小さくなります。ですから、巨大な工場全体が振動して低い低周波音を出しているような時には、この低周波音は驚くほど遠くまで到達する可能性があります。そうなりますと、どこから来ているのか、はっきりわからない場合もあるわけです。
 1980年当時、同志社大学の野田純一先生が国道43号線で測定されたデータでは、道路沿いから40メートル離れると、A地点での減衰は 騒音13ホン、低周波音1デシベル、B地点での減衰は 騒音13ホン、低周波音6デシベルでした。

 

低周波公害ハンドブック2

低周波公害ハンドブック3

 


低周波公害ハンドブック

2021-10-10 08:31:06 | 資料

低周波公害

ハンドブック

見捨てられた被害者のための

Q&A

 

和歌山から公害をなくすつどい

医師 汐見 文隆

 

 この冊子は1994年5月に発行されました。当時から今に至るまで、低周波音被害への行政の対応は 、ほとんど何も変わっていません。2004年に参照値が策定され、被害者の「見捨てられ」「切り捨てられた」状態はより一層深刻となっているようにも思います。

 汐見文隆氏には自費製本で、公けに出版されていないものが多数あります。この冊子は、この被害について被害者が知っておくべきことがごく簡潔にまとめられていますので、特に被害にあって日の浅い方々に最適のものだと思います。故汐見文隆氏ご子息、汐見幹夫氏から、転載の許可を受け、公開させていただきました。

 

低周波公害ハンドブック1

低周波公害ハンドブック2

低周波公害ハンドブック3

 

汐見文隆 公式サイト