
昨日は父の日でした。
ここでは、二つの父の話を書きたいと思います。
一つは、私の父ではなく、私の子供の父親の話です。
子供を思う愛情や気持ちがとても強く
それが時には過剰過ぎると感じさせてしまうほど
小さな頃ならともかく、ある程度の年齢になって
巣立ちの時を前にした頃から
それは、感謝の気持ちよりむしろ、拒否反応を起こしてしまうほどで
父と子の関係に、心悩ませることもしばしばという状態でした。
子供のことに無関心だったり、
頭ごなしで自分の思い通りにことを進めて行ってしまったり、
酷い話では、暴力や恐怖感を与えているような父親がいる中、
ここまでの思いを傾けてくれる父を持つ
あなたたちは幸せなんだと、そう言い聞かせつつ、
それは分かるけど、でも・・と、そんな感じでした。
それ故、父の日に子供から何もなくても、
それはそれで仕方がないのかも・・。
そんな風に思っていました。
もっと小さな子供の頃なら、
母親が促して、ということもあるかもしれないけれど、
それは、本当の感謝ではありませんよね。
夜、娘の名前で荷物が届きました。
自分宛にネット注文したものが、
住所登録の間違いで、こちらに届いたのだとばかり。
とにかく冷凍品のようなので、箱を開けて冷凍しておかねばなりません。
開けてみてびっくり

それは、父の日のラッピングだったから。

特にちょっとややこしい関係になっていた娘からだったので
それはもう、本当に本当に驚きました。
そして喜びと言うのか、もう、安堵と言うのか
色々な温かい気持ちがこみ上げてきました

文字にしてしまうのは、勿体無いようなね。
以前も、私の誕生日だったと思うけど、
こちらから何も言わなくて良かった・・ということがありましたが、
本当に、先回りってしない方がいいですね。
見守って待つこと。
本当に大事だって思いました。
もう一つの父の話。
これは、私の実父の話です。
なんとなく、こちらで書くタイミングを逃してしまい、
いつかは書こうと思いつつ、時がどんどんと過ぎていってしまいました。
3月に永眠いたしました。
父のいない父の日を、今年初めて迎えました。
ここに書けないくらい、悲しみに暮れていたわけではありません。
気持ちの整理がつかなかったわけでもありません。
秋からの闘病生活は、決して長くはなく、
突然に、ということでもなかったので、
これ以上長引くとなんだか可哀想だな、と思い始めた頃だったのと、それともう一つ。
最期の顔が本当に綺麗だったので、
悲しみと言う感情ではなく、
お疲れ様でした、ありがとう、と言う穏やかな気持ちでいっぱいになれた葬儀でした。

会葬御礼と共に、お渡しするカードに
父の最後のプロフィールを添えたのですが、
カメラが好きで、歴史好きで、旅行好きで、花が好きで・・
ん?
こう並べてみると、受け継いでいることが多いんだな~と
再認識してしまいました。
自分の父のことを、こんな風に言うのもなんですが、
ちょっとつかみ所のない不思議ちゃん?なところとか
困った部分も、しっかりと受け継いでいたりします。
父は私の中に、今もちゃんと息づいているってことですよね。

愛でる手を 失えどその季節(とき)来れば
変わらぬ姿を 見せし花々


水遣りする者もいなくなって、
枯れた土の状態の多かった花たちが
それでも春という季節が巡ってきたら、
若葉を育み、花を咲かせ、私たちを感動させてくれました。

愛でる手が 今もそこにあるように
季節(とき)が来たよと 微笑む花々
この方がいいかな~・・・。
今年の大河ドラマ「龍馬伝」を、それは楽しみにしていたので
このドラマを観るたびに、父のことを思い出しています。
出来たら、見せてあげたかったな、と、
悔やまれることと言えば、そのくらいのことなので
幸せな人だったのだな、と思います。
それぞれの家で、それぞれの父の日を迎えたことでしょう。
私にまつわる父の話を、読んでいただき
どうもありがとうございました

よくわかります。
いや、わかるというより「共感」ですね。
私にも娘がいますし
父はある朝、あまりにも突発的にこの世を
去りました。
かたわらにいなければ徐々に忘れていくのが人間ですが
それゆえに想いを留めようとするのも、また人間かな と。
みんながそうかは分からないけれど、どうも愛情表現が直球というか、不器用な感じがします。
気をつけてるにも関わらず、地雷をすぐに踏んじゃったりね。
突発的な亡くなり方では色々大変だったことでしょうね。
そんなことも交えて書きながらも、肩を落としたような書き方をしてくださらなかったことに感謝です。
もう時が経っているので、あまりしんみりするのは嫌だな~と思っていたので。
実はコメントも書きにくいのではないかと、心配しているところです
体調は、いかがですか?さて父の日のブログ拝見しました。思わずダリダリの気持ちがわかるって突っ込んでいました(笑)。…うちは息子ですが(笑)
自分は、いい父親でありたい気持ちと仕事ばかりでどう対応すればいいのかわからない歯がゆさが、いつもありますね。
ただ、さくらこさんも実父のところで書かれているようにやっぱり親子なんでしょうね。知らず知らずのうちに似るものですね(笑)。ダリダリに送ってくれた娘さんに、ありがとう(v^-゜)
素晴らしい瞬間と余韻・・・
素敵ですね♪
もう一方のほうの詠まれている2首の歌♪
どちらもとても素敵ですが、後者の方が特に
微笑み楽しそうにお花のお手入れをされているお父様のお姿が目に浮かぶようで素晴らしいです☆
今日もとても心温まる素敵な記事でございました♪♪
気持ちを分かってもらえて、ダリダリもぽんちゃんに感謝していることでしょう(読ませてないけど
娘にもひとこと添えてくれて、ありがとうね
立ち仕事をしては、転がり、
出かけては帰って休息。
なので、だんだんぽにょに
こんな気持ちなんだけど、文字にしてしまうと、ぴったりなニュアンスのがない・・って言うことありませんか?
単にボキャブラリーの貧困なのかも知れないけれど、
心で感じ取って欲しい微妙な感情ってありますよね。
それぞれに感じ取ってもらえたら、それで十分、それでいいです
短歌・・と言えるのかどうか、ですが、悲観的な言葉より前向きな言葉の方が今の心境には合ってるかな?と思い、詠み直してみました。
お粗末!
娘の父親は、厳しいというより心配性でちょっとしつこい
で、私がお父さんみたい・・なんだけど、細かい配慮は、やっぱり私の方が母親って感じですね~。
普段から優しい優しいいい子
根はいい子なんでしょうね、きっと
父の日というのは、母の日の添え物というか、刺身のつま、ついでに、という印象がどうしてもありますね。母は偉大でそれは何といっても自分の体を分けて子供を産むという一大事業を成し遂げるので尊敬され慕われ愛されますな。
その点、父親はちょっと手伝いはしますが、後お腹が大きくなる事も無くあまり目に見える変化がない。母子家庭への手厚い保護に比べて父子家庭がそうでもなく、ようやく最近これが見直されているようですが。
私ですか。私はこないだの父の日、仕事から帰ってきた息子からジュース1本もらいました。どうも自分用に買ったのが涼しい日だったので要らなかったようです。