ほらふきにっき

発作的な日記です

四国へんろ日記(5/5第6日目) 地獄の中に地獄あり その2

2006-11-22 | つれづれ
写真がない日記です。鯖大師から後は写真を1枚も撮っていない。余りにも精神的にも肉体的にも余裕がなかった証拠。
ということで、活字を読みすぎ気持ち悪くなったら、すぐに読むのを中断してください(笑)

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こんな足で本当に海部まで歩けるだろうか・・・!?

不安な気持ちでいっぱいになっているところでトイレの前で佇んでいた白髪のお婆さんに出会う。網代笠を持っていて何度も廻っている感じの方。結構年配のようだが一人で歩きをやってるらしい。この人、話し方からしてかなりファンキーな婆さん。

面白そうな人なので、ま、あまり時間に余裕はないけれど少し話を伺ってみるかな、と。
薬王寺前から鯖大師に泊まる予定で歩いてきたら車のお接待があって、早く着いちゃって、で、あんまり早く着いて決まり悪いからここでこうして「お勉強あそばしてる」ってわけ、という。

「それでさー、~なのさー」と平野レミ調の話しぶり。
ファンキーなのは話し方だけじゃなくて、「最近まで1,300のバイク乗り回してたら危ないからって娘に止められちゃってさー」と行動もかなりファンキーらしい。
足が豆だらけでやっとここまで歩いてきたと話すと、「マメは出来る前にテープで巻かなアカン!」と注意された。

しかし、とっても法螺が気になるらしい。実は毎年大峯のふもとへ法螺が聞きたいので行くと言う。それもこの四国の区切りが終わった5月末にはいくことにしてたのよ、とのこと。お会いした記念に吹螺させてもらった。「ありがとう!!!」と合掌してもらう。

そして納め札の交換。
「わたし、白い札が好きなんだけどさー」と渡してくれたのは銀色の札だった。意外にこういうところは謙虚なようだ。
それにしても年齢80歳!歩き遍路。すげぇ。

こういう人に会うと足が痛いとか言ってること自体恥ずかしく思えてきた。
お互い合掌して別れの法螺を立てながら出立。


また国道の硬い道を歩き続ける。



腰を下ろせるところに行くと、所々で休みながら歩く。
浅川港をすぎて、道路工事の切り通しで一休み。


峠道に入る、途中にへんろ東屋があるあったので休憩。
水が出る!でも、別に水が出るからどうしたわけでもないんだけど。


足がかなり限界に来ている。
足の骨がバラバラになりそうな痛みが走る。

ファンキー婆さんを思い出しながら歩く。

国道は車がバンバン通って、歩きのギャップが精神的な疲労を生む。
旧道を歩くことにした。



道に迷った。

どこだここは?


自転車に乗ったばあさんに道を聞く。
山伏に道を尋ねられることは日常生活でまずないと思われる。

それにしても、聞いた人を誤った。結局解決にならないので、旧道から国道方面に歩く。足がただでさえ痛いのに遠回り。

ありえん。
脳みそがまともに機能しなくなっていた。

国道に戻って橋を渡る。日が傾き始めた。
17時に着くと宿には言ってあったので気がもめる。

ようやく海部という町に入った。
昭和を感じるような狭い小路のやけに味わいある漁師町の中を進んでいくと旅館に着いた。
やっとついた。
昔ながらの佇まいで間口の狭くうなぎの寝床のような旅館と言うより旅籠。
障子、畳は新しくこざっぱりしている。
すぐに衣体をほどき、外に干す。

今日は自分合わせ3人が泊まっていた。
みな一人歩きのへんろ。
通常であれば甲浦まで行くので、ここらへんで泊まる人は、足が恐ろしく達者か、その反対の人だと思う。

どちらも前者の飛ばし屋のようだ。
かるく話をすると、景色なんて見る余裕ぜんぜんないという。
それもそのはず、18時過ぎに宿に着いた姫路から来たという中年のおっさん、今日は平等寺から50km以上歩いてきたという。
明日は一気に室戸岬まで歩くと言う。アホ歩きですな。

途中途中でアルコールを注入しながらガンガン歩くのだそう。
まさにガソリン注入。宿でも早速酒2本!と言っていた。

この二人の話し振りから、1日に1つでも先の寺に行くのを目的としているようである。
それってスタンプラリーっていうんじゃね?早く回る意味は?早く終わったらもったいないじゃん、と思うけど、遍路は人それぞれだから。
徹底的に歩くのもありか。
遍路も人それぞれ。
考え方もいろいろだから、いろんな形があっていいのかもしれないと思うが。

部屋で天気予報を見る。明日は雨。午前も午後も降水確率80%。
でももう明日は歩かなくていい。
また四国へ来る日まで。

隣の部屋のテレビがうるさい。
隣のテレビの音がなくなった23:00ごろ、就寝。

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