「池内さん・・・・・・」
有田君が呟く。誰だそれ。俺は知らない。玉ちゃんを窺うと、少し驚いた顔をしている。店長の声が響く。
「池内君、入りなよ。ウチは、千客万来なんだ。今でもね」
「いや、ガンプラバトルのポスターを見て、久しぶりだと思っただけなんだ」
池内、と呼ばれた男は、俺らより十は上な感じだ。アラフォーまでは行ってない。薄手のジャンパーにデニムの、どこにでもいるおっさんだ。店長は懐かしげに話しかける。
「今でも、模型、作ってるんだろう?」
「ええ。あいかわらず。昔の連中とも、つるんでます。バトルからは、ずいぶん遠ざかりましたけれど」
「やりませんか」
思わず、俺は言っていた。
言った俺の方が驚いていた。でも、言った後には、言うべきことを言ったんだという気がしていた。なぜかって?それは判らない。でも、俺の脳量子波がそう思ったんだよ、たぶん。
「ガンプラバトル。俺たちと。俺たち、チーム組んだばっかりなんです」
「ああ、そうっすよ、池内さん」
やっぱ玉ちゃんは良い奴だ、と俺は思った。安心して、背中を預けられる。駄目だったら、必ず知らせてくれたはずだ。玉ちゃんもやるべきだと思ってる。
「やりましょうよ」
「いいのかい」
池内は俺たちよりも、有田君を見ていた。有田君は、ややうつむいて、その顔はうかがえない。やがて、有田君は、そのまま言う。
「僕らでよければ」
「いいのかい」
池内は問い返す。有田君はすぐに答える。
「はい」
「じゃあ、水曜までに連絡する。チームの友人に連絡とりあわないといけない」
「チームIDは、前と同じかい?」
店長が問う。池内は、ええ、と応じる。今は雑談くらいしかしてないんですが、と。
「わかった。彼らのチームの新しいIDを、送っておくよ」
「おねがいします」
「また、待ってるよ」
はい、じゃあ、また、と言って池内は、店に入りもせずに、背を向ける。そのまま通りを歩いて行った。
店長は、彼の背中を見送っている。それから息をついた。玉ちゃんも同じだ。むしろ黙ったままの有田君の方が心配だった。店にまだいたガキどもも、黙って俺たちを見ていた。
「ごめんな、勝手なことを言って。俺の中のアレルヤさんがヒャッハーして脳量子したみたいなんだ」
「いいんです」
小さく有田君は応じる。横で玉ちゃんがうなずく。
「いいよ。あれでよかったんだよ。ホント脳量子波バリバリだった。あれでオッケー。でもさ、有田君、嫌だったら、今からでも辞めようぜ」
「そんなこと無いですよ」
有田君は顔を上げる。いつもの、大人びて、大人びすぎて何を考えているのかも良くわからない、落ち着いた顔だ。むしろ、何か良くない気がする。問いただすだけ、その端正な顔の奥に響かなくなってゆくような。その横顔を見ながら、玉ちゃんは、小さくうなずく。
「じゃあ、とりあえず、来週対策か」
「さっきの作戦案でいいよな」
「はい」
有田君はうなずく。俺が突込みと攪乱、玉ちゃんが壁役、狙撃が有田君。有田君が一機を落とせれば、あとは数を頼りにする。
「でもさ、俺、今のままじゃアリオス、使いきれない気がするんだよな」
「じゃあキュリオスにしなよ。そこにあるし」
玉ちゃんが棚を指さす。俺は、キュリオスではなく、さらに隣の箱を手に取る。
「・・・・・・なるほど、武装か」
俺の取った箱を見ながら、玉ちゃんはつぶやく。キュリオスではなくアストレアFだ。ボックスアートも武装てんこ盛りだ。そう。特徴は同梱の大量の武装パーツだ。シリーズ初期に出たキュリオスは、初期設定の武器しかない。それじゃ足りない。実はキュリオスの弱点は、武装がビームガンしかないことなんだ。連射が効くし、パワーもそこそこだけど、そこそこでしかないんだ。でも放映の途中で一度だけハンドミサイルを使っている。それが一基だけ、アストレアFに同梱されている。
「二個必要でしょ。もう一個買っちゃえよ」
「いいよ。買っていって」
店長までが言って、はい、と二個目の箱を乗せる。
「・・・・・いいけどさ。俺、アストレア嫌いじゃないし」
「キュリオスも好きだろ」
重なった二箱の上に、玉ちゃんはさらにキュリオスを乗せる。
「ライフル二丁に、シールドも二個に出来る」
「おおう」
「機首のクリアパーツを二面にして、グラビカルアンテナも増やせば、プラフスキー粒子の出力量と、コントロール性が良くなるはずですし」
「ああ」
「アストレアの肩ランチャー、一つ、分けてもらってもいいですか」
有田君の言葉に、俺はうなずくばかりだ。アストレアには、機体の肩に直接接合するタイプのランチャーも同梱されている。デカイ武器は、それだけパワーがあるのが、ガンプラバトルのルールだ。けれど、玉田が有田君を覗き込むように言う。
「俺、さ。ちょっとさ、案があるんだよ。有田君の機体、俺に作らせてくれないかな」
「いいんですか?」
「うまくゆくかどうか、わかんないから、来週になっちゃうんだけど。うまくいったら、俺が新機を持ってくる。有田君、この店にディナメス、預けてあるでしょ。だから俺が作れなくても最悪、そのデュナメスで」
有田君は、玉ちゃんを静かに見つめている。それから少し俯いて答える。
「わかりました。玉田さんにお願いします」
「ありがと。ちょっと頑張ってみるわ」
「玉ちゃんが無理して倒れたら意味ないんだぜ?」
「そりゃ相馬ちゃんもいっしょだろ。相馬ちゃんは、キュリオスないとバトルができないんだぜ?」
「さ、最悪アリオスがあるし」
「アリオスだとバトルになんないかもしれないんじゃね?」
「お、おう。頑張るわ、俺」
「頼むわ。相馬ちゃんがいるから、俺たちはチームなんだ。それは有田君も同じだ」
「玉ちゃんもな。三人そろって、チームゼロフィンフだ」
「そうさ」
玉ちゃんは言う。
「俺たちが、ガンダムだ」