いつのまにまにアラフィフ

徒然なるままに 日々の雑記

登山の日

2021-10-06 09:23:46 | 日記
登山の日があったなんて知りませんでした。

先日、友人と近場の低山ハイキング&温泉♨に行ってきました。

お天気も良く。雲がありましたが。

最近は山に行きたい病です。

若い頃は、登山なんて全く興味なくて、海派でした。
離島が好きで、伊豆七島を制覇したい!とか、小笠原へも足を延ばしました。

50代になってから、山での生活に憧れ始めてきました。
(ポツンと一軒家の影響かしら?🤭)

ログハウスだの、薪ストーブだの、田舎暮しの本とか、書店で眺めて想像して愉しんでます。

コロナでの自粛生活もあり、うつうつとした日々が積み重なっていたので、とうとう山行きたい!
山登りたい!!
と気持ちが一気に急上昇⏫⤴

友人誘って、出かけてきました。











楽しかったなぁ〜。
いつか八ヶ岳 目指したいなぁ〜。


わが家の朝食スタメン

2021-09-26 11:00:23 | 日記
やっとやっと この皿を出して朝食を食べられます。😊

5年ぶりでしょうか。

新潟に暮らしていた頃に、素敵なワンプレート皿が欲しくて。
探してネットでポチリました。

その後、実家へ戻り、皿やカップ類は引越の時のダンボールへ入ったまま。
出番がなく、ちょっと味気ない実家の皿達にお世話になってました。

今、やっと独立を果たして、自分の気に入ってた皿やカップを日常に使えるようになり、嬉しい。💞

やはり日常使う物達が、自分の好きなものであると、ほっこり和みます。

TGIBD

2021-07-15 10:44:33 | 日記
50を超えて2度目の誕生日を迎えた。

先月のシフト希望提出には、誕生日にどこかへ泊まりに行くことを考え、連休を取っていた。

せっかく取った連休の誕生日、何をしよう。
どういう過ごし方をしよう。
自分が楽しめる事をひたすら考えていた。

そんなある夜、NHKで献血ルームの24
時間を追った番組を見た。
コロナ渦の中でも様々な人が献血をしに来ていて、番組では献血ルームへ来た人へ何故献血ルームへ来たかの理由をインタビューしていた。

人それぞれの理由を持っている事を知れたが、そういう理由なんだと頭の隅をかすめる程度で、大半は私の記憶に残っていない。

ある女性は、ここへ来るとゆったり過ごせるからと。
献血後には、お茶を提供され、好きな席に座り、献血ルームのある高層階の窓から見える景色を眺めながら過ごして、日常生活へ帰る。

毎月献血する事を自分に果していた女性もいた。
もう少ししたら献血出来ない年齢に達すると語り、何年もずっと献血されていたそうだ。
献血ルームへ来る前には仕事をしてきて、献血の後も仕事へ向かうとか。
献血する事が特別でなく、その女性には日常生活の一部のようで驚いた。
何てパワフルなんだろう。

今日が誕生日だと言う男性。
自分の誕生日には毎年献血をしに来ていると。
普通に話している。
誕生日に献血するなんて何て崇高な人なんだろう。

私も、もう少しで迎える自分の誕生日をどう過ごすか考えていただけに、感銘をうけた。
自分が楽しむ事や、自分の記念として残る事ばかりを考えていた。
誕生日は、自分への祝いでなく、この世へ自分を産んでくれた母親への感謝を伝えよう。
という事は聞いた事があるが。

自分の誕生日に、わざわざ他人の為に行動をする事が、カルチャーショックを受けた感覚。
行動よりも、その考え、そういう気持ちが出てくる事に。
その番組を見た後は、自分もこれからはそういう誕生日を過ごそうと決めた。

ただ残念な事に、私には献血はできない。
血管が細くて血が取りにくい身体になっている為に。

健康診断の血液検査では、なかなか採血できず何度も針を刺される。
下手な看護師さんに当たると、指した針を肉の中でぐりぐりさせて血管を探そうとする。
これをされるととても痛くて、後で青アザになる。

高校生の時、同じクラスの男の子が交通事故にあったと授業中に連絡が入り、献血できる人いないか?と先生が言った。
同じ血液型だった私も手を挙げ、数名のクラスメートと共に病院へ向かった。
病院へ到着し、ベッドに横たわり腕に針を刺されたけれども、血が勢いよく流れ出てくれず。
200cc だか400ccだか知らないけど、パック1つ分も満たすことが出来なくて、残念で悔しかった。

その男の子は亡くなられて。
後日お線香をあげに伺った。
その子の母親が話した内容は。
一人っ子だった事。ラジオカセットが欲しくて、アルバイトに新聞配達をしていたこと。
事故当日は新聞が足りなくなって、急いで取りに戻って、トラックに跳ねられたそう。
こんな事になるなら、ラジオカセットを買ってやれば良かったと。
子供が先に亡くなるのは、親不孝だと。
絶対親より先に死んではいけないと。
毎日、家にやってくる野良猫にエサをあげている。
野良猫だってお腹がすく、お腹が空いたら、悪さをする。
お腹がいっぱいなら、悪さはしないと。

私の通っていた高校はアルバイト自由だった為、私自身もアルバイトをしていたが、
学校へ行く前に新聞配達のアルバイトしていたのは偉いと思ったが、その母親の子育て論というのか、戦後の物が無い時代を生き延びてきた世代によるものなのか、その思想的な、何かを悟ったような思考に、この母親だから、きっと立派な息子さんに育ったのだろうと想像できた。

献血の話しからズレてしまった。

思えば、中学生頃から、生命の大切さを学ぶ環境に遭遇してきている。

誰にでも身内の死や、ニュースなどで、死に接する機会は必ずあるけれども。
たまたまという偶然にしては、インパクトが強すぎる経験が私にはある。
同じく高校時代、ある日帰りの電車に乗っていて、隣の駅のホームへ入るといきなりドーーーンと物凄い震動がして、電車が停車した。
人身事故を伝える車内アナウンスが流れ、長いこと車内に閉じ込められた。
1時間位だったのか。
いつも一緒に帰宅している友人も一緒に乗車していた為、心細くはならなかった。

私は、死ぬ?本当は早くに死ぬ運命だったのかもしれない?
今思い返すと、そうなのかもと思う節があれこれ出てくる。
死にそうになった瞬間が、自覚しているだけで数回ある。

幼き日、家族で海水浴へ行った。
浮き輪に乗って浅瀬で泳いでいた時、波が襲ってきた。
私の身体はいきなりひっくり返り、浮き輪は離れて、宙に放り出されたような、上も下もどこか分からない状態。
父が傍にいた筈だから、もがきながら水中でお父さんと呼んだ。
だが父は全く私を見ていず、私が溺れていることに気がつかない。
暫くバタバタしていたら手に地面が触れた、足を地面の方向へ伸ばしたら、足が地面に着いた。
立ち上がると、何の事はない、顔も身体も余裕で出る位の水位だった。

夏になると、水の事故のニュースを聞くが。
こんな浅瀬でどうして?と思われる所でも事故は起こる。
私は実際に経験してるので、よく解る。
泳げない子供は、浅瀬でも、転んだりして足が着かなくなるとパニックになり、必死に泳ごうともがいてバタバタしてしまう。
冷静になって足を地面へ伸ばせば、足が着ける事に気づくが。
バタバタしているだけでは、どこが地面なのかも分からず、苦しくて、焦って、疲れて。。
兎に角パニックになってしまうと言うこと。

二度目の死にそうにな体験は、小学生の時。
体育の授業で逆立ちのテストの日。
順番に名前を呼ばれて、テストをする。
逆立ちの出来ない私は、順番が来るまで練習をしていた。
クラスメートが支えてあげると言って、私が逆立ちした足を掴んでくれる事になっていた。
それでも怖くてなかなか思い切り足を上げられずにいた私だったが、クラスメートから大丈夫だから、思い切り足を蹴って、と言われて。

やっと思い切り足を蹴った瞬間、彼女の名前を先生が呼んだ。
はーいと返事をして、彼女は先生の元へ去り、私は勢いのあるまはまマットにひっくり返り、背中をしっかりと打ち付けた。
瞬間に心臓が停まった。数秒。
息ができない。どうしよう。苦しい。動けない。
数秒後、息ができ、安堵した。

なぜあのタイミングで彼女の名前が呼ばれたのか。
それまでは力いっぱい踏み込めなかったのに、私が力いっぱい踏み込んだ瞬間に限って。

怪我もしてたなぁ。
おてんばだったからか。
ジャンプして下水溝に嵌まったり、マンションで追いかけっこして、曲がる時に足を滑らせて顔面を階段に強打したり。
映画館で時間潰しに窓から顔を出して、頭を打って出血したり。
幼い時、兄と男の従兄弟に囲まれて、自分も兄達と同じだと思ってたからなぁ。
ままごと遊びも人形も全く興味無かった。
相撲ごっこは楽しくて。
前世は男で、落ち着きのない暴れん坊だったんだろうな。

数々怪我や死ぬかもな経験をしてきたけれども、それでも今まで生きていられるのは、誰かに護られているのかなと感じる。
それとも何かやるべき使命が果たされてないのかな。

護ってくれる存在に感謝します。
また一歳重ねられました。
もし何か果たすべき使命があるのなら、何なのか教えて下さい。

2021/06/26

2021-06-26 22:47:28 | 日記
名前が呼ばれて、奥の部屋へ通されました。

他の患者さんは入口から続いてる部屋で
入口から見渡せるベッドに横たわっているのに。

しかも奥の部屋だけアコーデオンの扉が有って、閉められました。

見たことない電流が流れる機械を身体にあてがうんだとか。
整形外科でも電流の機械は見るけど、ちょっと違ってました。
それよりも強い電流がながれます、って。

痛みが強い右肩と、右腰と、右わき腹と。
始めは軽い電流で、徐々に強度を上げて、本当にイタイ😖💥と我慢出来なくなるまで、電流を強くされます。
本当にイタイんです😢

その後、担当の人が指で痛む箇所をぐいっっと押したり、私の腕を持って回したりして、施術は終わりました。

あれほど痛みに苦しんで、歩くのもままならなかったのが、帰りには普通に歩いて帰宅できるまでに😆

さすがだなぁ~🎶
凄すぎてビックリです。

母や友人に「50肩になったみたい」と話すと。
長引くよ。1年は続くよ。とか聞いていて。

それが、鍼灸整骨院で酷い痛みは失せて。
腕を上げると少し痛みが残っているけど。

痛みで寝付けなくて、整骨院でもらった座薬でやっと寝れていた状態だったのに。

座薬を使ったのは3日だけで済みました。
ちゃんと使ったのは2日で、3日目は座薬を半分にして使った位。
3日目、4日目は、ちょっと痛みが出る体勢があったり、腕を上げるとギクシャクしてたけど。

昨日、3回目の鍼灸整骨院を終え、今日はほぼ肩を普通に回せます。

肩甲骨回りが固まっていたとの先生のお話しでした。

後数回通って、肩甲骨を不自由なく動かせるよう施術してもらいます。

昨日の施術の後は、やたらと眠くて。
仕事休みだったから、帰宅後は、ひたすら寝てました。
夜少し起きて、やはり眠くて、また寝ました。

施術後は、色々とデトックスされるようです。
1回目の施術の翌日は、黒に近い尿が出ました。
黒っぽい便もでました。
体内で滞っていた悪いモノが流れ出たようです。

職場まで歩いただけで、それほど暑くもないのに、頭の後ろ側から汗がしたたり流れ出ました。

今は肩以外で膝やら腰やらギクシャクした感覚ですが、肩の調整をしてる過程で、身体の歪んでる部位が痛みを発してるんでは無いかと解釈しとります。

ただの肩甲骨の固まりだったのかな?
50肩? だったのかな?

何はともあれ、夜も眠れない痛み、歩くのさえ震動が響いて痛んでいたのが、すっかり眠れる、歩ける、仕事できる。

洗濯干せる。シャワーでシャンプーできる。服を着れる。脱げる。歯磨きできる。
☝️これ全部、痛くて出来なかったんです。

こう書くと、やっぱり50肩そのものだし。
腕あげられなかったし。

鍼灸整骨院の先生、凄いなぁ⤴️⤴️🎵
大絶賛です💐

どこが痛いかとか、日常生活はどういった動作をしているかとか、原因追求の為に、優しく色々聞いてくれるし。
痛くて痛くて辛い😢のを、ぐいっっと押したりして、帰りには痛み無くしてくれるし。
神のようです。

もうね、惚れちゃいます🍑
至近距離にもなるし、ボディタッチされるし。
触れても全くイヤラしくないし。

整骨院の先生が彼だったら、幸せだろうなぁ~( *´艸)
想像だけで幸せ😌💓になれるなんて。

ライバル多そうで、手も足も出せませんが。


50肩❓ どこへ❓

2021-06-24 18:28:00 | 日記
10日程前、右肩の痛みで眠れぬ夜を過ごし
翌日仕事も休みを貰い。
横になっても座っても、歩いても、体勢変えると激痛で。

整形外科を受診。
レントゲンでは特に何もなく。
医者は痛いと訴えてるのに、人の腕をぐいっっと持ち上げる。
いたたた。。、

そんなに痛い?それは酷いね。と。
痛み止めの注射打っとくから。
痛み止めの座薬処方するよ。
様子みて、痛みが治まらなかったら、次回もう一度注射しよう。ってさ。

注射したけど、痛くて。
その夜は座薬をして暫くしてら痛みが和らいで、寝付けました。
眠い時に寝付けるって、なんて幸せなんだろう♥️♥️♥️☺️

翌日、薬が効いてたのか静かに過ごす分には、落ち着いて過ごせる。
夕方になり、肩は動かせなくても、少し歩いた方が良いかな。
川っぺりの猫にエサあげに行こう😺

とエサを肩掛けバックに詰めて、家を出た。

動作はゆっくりしか動けない。
ゆっくり、ゆっくり、1歩づつ。
家をでて500m位歩けたんだろうか。
時間は15~20分は歩いてただろうけど。
200~300m位か。

時間の経過と共に肩の痛みが強くなってきた。
歩くのもしんどい。
歩いた震動で肩に痛みが。

猫は諦めよう。
帰ろうか。帰っても良くならない。
このまま整体が近くにあれば行こう😖

スマホでググって、1キロ位先の鍼灸整骨院へ向かう😖
信号🚥渡りきるのもやっとこさ。
ご年配の女性にも追い越される始末。

1歩1歩そろりそろりと歩いて。
鍼灸整骨院へ到着。
「予約してないんですけど、診て貰えますか?

受付の男性がタブレットで予約状況を確認してたが、予約がいっぱいなのか。
応急で診てみましょうと、
入口で簡単に私の肩を施術してくれ。
かなり痛みが落ち着く。

「1時間後なら大丈夫ですよ」と。

1時間あれば、通常なら一旦帰宅して、また出直して来れる時間。

この時は、帰宅したら痛みが酷くて1時間で戻って来れなさそう。
帰宅さえままならなさそうで。
「ここで待たせて貰いえますか。痛くて」と伝え待たせて貰う。

問診票に痛む部位や、日常生活につい記入して、待合室の雑誌を読んでいた。
予約の人が早く終ったのか、早く対応して貰える。