
昨日は、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」として、戦没者追悼式が武道館で行われました。
いつものように黙祷...
私たち世代が、親世代から戦争体験を直接聞いた最後の世代となるのでしょうか...
そんなことを、ふと思いました。
私自身は、子や孫に両親から聞いた話を、きちんと伝えることができていません。
何もかもを失った戦後の日々から、新しい時代を築いてきた道筋は、放映中の朝ドラでも
描かれていますが、お若い方たちには意味がわからないことも多いのでは...などとも思います。
昨日が79回目の記念日となったそうですが、あの戦争に関わった国々の中で、8月15日を
戦争が終わった日として認識しているのは日本だけ...
私がそのことを知ったのは、たまたまヨーロッパで暮らす日々があったからです。
私が出会ったご高齢の方々は、「私たちの世代は誰もが心の中に後悔と苦痛を持ち続けている。
どの国が悪いという問題ではない。」と、それぞれの言葉で語ってくださいましたが...
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苦しみながら心を残して命を失っていったことを 決して忘れてはいけない... 残された方々の哀しみ苦しみも... そして...今も戦争は続いています。 |
そんなことを言われるようになって... 5年の日々が過ぎました。 毎年楽しみにしていた不忍池の蓮の花にも なかなか会いに行けなくなりました。
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散りゆく大きな花びらに、亡き人たちへの想いを乗せて 見送りたくなります。
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満月の76.9%のサイズだったそうです。 台風前夜だったので、諦めかけていたのですが... 雲が流れていくのを待って...撮影.。.:*・゜ |
じわりじわり...と、ふっくらしていきますね。 |
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なかなか時間がとれないのですが...娘と孫にも、私の両親がどのような戦争経験をしたのかを話す機会を...
などと思っています。
亡き母が戦前の幸せだった少女時代に暮らしていた場所は、我が家から遠い場所ではないのです。
歩いても行ける距離...私たちが、この地に住まいを構えた頃には...
もう母は外出できる状態ではなかったことが哀しく、そして残念です。
台風通過...大きな被害が出ませんように...
広島や長崎の原爆記念日、そして、終戦記念日が来る度に、私もPassyさんが感じられている「日本だけの記念日」に対する違和感と同じ気持ちを抱いていました。
私は当時東ドイツのポツダム宣言の会議室で、日本もドイツと同じく分断される予想地図まで見てきました。まさしく戦勝国側の視点です。
だからこそ感じられた違和感は、日本の視点でだけしか考えられない友人たちに何回か話しても曖昧な答えしか返ってきませんでした。
その後忘れかけていたのですが、Passyさんの記事を拝見して、思い出しましたよ^^*
蓮の花のお写真の数々✨ため息が出るほど美しいです・°*
不忍池に来年はぜひいらしてくださいね♪…なんて、お隣の区だから自分の庭みたいですけどね(^^;
あ、wakoさんも...♪と、心強くなりましたよ♪
心強いコメントをどうもありがとうございました。
なかなか口にし難い話題なのですよね。
勇気を出したつもりで書きましたが、たったの1行半ですものね。
この違和感は、私も長年抱えたままですよ。
日本分断地図のお話は、実物は見ていませんが、話として聞いていますよ。
しっかりとご覧になったのですね。
戦争とは、そういうものなのですよね。
私は「終戦」の文言にも違和感を感じ続けています。
ありのままに、敗戦と言ってはいけないのか...
自然に終わったりしませんよね。
思い出したことをお話して下さって、どうもありがとうございました。
戦争関連のことで、パリ時代に嫌な思いをしたことは1度もありませんでした。
でもね、昭和天皇の訃報を知らせる新聞の一面には驚くほど大きなフォントで「日本の神が逝去」と
書かれていれ、驚きました。
「神」の一言にどっきりしました。
あの巨大フォントを見たのは、7年間であの日だけですよ。
このことも、忘れがたい出来事の1つです。
そうそう、不忍池の蓮の花、素晴らしいですよね。
早起きして行けるように、気力体力...あ、知力もね、鍛えておきたいものです。
wakoさんの素適なお庭の数々を訪問するのが、私の夢なのかもしれませんね。
猛暑を無事に乗り越えて...愉しい花散策を...ね.。.:*・゜