東京国立博物館の企画展を見た後に、ふらりと立ち寄った常設の刀剣展示室で重要文化財「石田正宗」に出逢った。徳川吉宗が本阿弥光忠に命じて作成された「享保名物帳」によれば、この刀は五大老の宇喜田秀家から石田三成に贈られたとされるものである。
秀吉の死後、武断派と文治派の対立が深まる中、武断派による石田三成襲撃事件が起こった。意外にも三成は政敵である徳川家康に助けを求めた。家康は両者の仲裁に入り、次男結城秀康に警護を命じて、三成を佐和山城へ送り届けた。この時三成は厚情に感謝し、お礼としてこの刀を秀康に贈ったとされている。秀康は一時豊臣秀吉の養子となり羽柴姓を名乗った。豊臣家とは縁が深く三成とは知己の中であった。秀康の死後津山松平家に伝世された。
諸侯の垂涎の的であった名刀が数百年の時を経て私の目の前にあった。刃長凡そ二尺三寸(約69cm)。大磨上(おおすりあげ)の為無銘。鎌倉後期の五郎正宗の作とされている。やや幅広の刀身は鑑賞用の優雅な美しさではなく、実戦を意識した機能美に満ちていた。実際に戦いに使用されたらしく、棟や鎬地に残る数箇所の石田打込と呼ばれる傷跡が、生々しくも痛々しく眼に映った。
勝者の歴史という言葉があるが、敗者は不当に悪者として描かれる。三成もまたしかりである。多くの逸話から伺える実際の三成像は、権謀術数に長けた冷徹な策士などではなく、情に篤く無私無欲。肝の据わった真の「もののふ」であったに違いない。
三成が家紋や旗指物に使用していた「大一大万大吉」の文字には「一人が万民のために、万民が一人のために尽くせば、太平の世となり皆が幸せになる」という彼の理想が込められていた。下克上の乱世にあって、大義と理想を貫徹しようとすればするほど誤解も受けやすく、さぞかし敵も多かったであろうと推察する。
石田打込は三成が戦場で刃を交えた時についたものなのかは今となっては定かではない。しかしこの傷は、志半ばに散った悲運の武将が負った心の痛手の象徴のように、私には思えてならないのである。
★名物 石田正宗 写真 東京国立博物館蔵
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