らくらくさんは明るく生きる

日蓮正宗の信徒が信仰生活の中で思ったこと感じたことを綴ります。内容は個人の見解によるものです。よろしくお願いいたします。

令和七年三月十一日 東日本大震災慰霊供養会

2025年03月11日 | 日記

ブログ更新が少し遅くなってしまいました。

今日は東日本大震災慰霊供養会でしたので参詣してまいりました。

私も申し込みをしてお塔婆を建立していただき、被災された方々の成仏をご祈念させていただきました。

私もいろいろあります。

たいへんです。

でも自分のことに囚われて、知らず知らずのうちにでもそこしか見えなくなってしまっては、必ずおかしな信心になってしまいます。

御本尊様のために、みんなのためにしっかり祈るのです。

この法要の前には広布唱題会、御講、そしてこれからまた唱題会、周年記念法要、春彼岸会、支部登山と行事も多いです。

一生懸命参詣して祈ってゆきたいと思います。

供養会の後は職場見学に行ってまいりました。

再就職活動もたいへんですががんばります。

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令和七年三月七日 第二祖日興上人御命日忌 唱題会

2025年03月07日 | 日記

唱題会でしたので参詣してまいりました。

平日の午前中にもかかわらず思っていたよりもたくさんのご信徒さんたちが参詣にいらっしゃいました。

塔婆供養の申し込みをしてきました。

帰りにお汁粉をいただきました。

今日はその後ハローワークに行って、明日は母の誕生日なのでケーキと花を買ったりして忙しかったです。

実は親の誕生日に何かをしてあげるなんて・・・年ぶりでしょうか。

全くお恥ずかしい話で穴があったら入りたいです。

私を叱ってくれる人がいらっしゃいましたら叱ってください。

できる限り親孝行したいと思います。

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令和七年三月三日 雛祭り(ひな祭り)

2025年03月03日 | 日記

今日は桃の節句、雛祭り(ひな祭り)の日です。

いかがお過ごしでしょうか。

今日のこの日、桃の節句は上巳(じょうし)の節句と言い、女子(女性)の幸福を願う日です。

少し知ったところ、明治六年(一八七三年)にそもそもの全ての節句が廃止されたとのこと。

別の端午の節句を「こどもの日」と呼んで混同するのも間違いで、諸外国が「世界子どもの日」を制定せよと言ったことで、日本は端午の節句の日をその日に当てたというのが正しいようです。

ですから端午の節句と子どもの日は全く別のものなのです。

節句は明治期に廃止されたとは言え、今ではその法律も無効となっているのですから、慣習としては残っているけど国民全員が祝うようにとは定められていないというところになるのでしょう。

節句は季節の節目に行われるものですから、四季のある日本でそれを行わないというのは考え直しても直さなくてもやはりおかしいと思います。

新暦にするということが大きな影響だったということですが、それも私のような一般人からしてみたら別に変えなくても困らないしだったのではないでしょうか。

全ては欧米化が日本らしさを失わせていったわけですし、私が成長してきた過程で、そういうことに全くの無頓着であったと思うばかりです。

話しを今日の桃の節句に戻します。

私にも子どもたちがいますが、この節句をきちんと祝ってあげきれなかったなと反省しかりです。

あらためて子たちの幸せを願いこの節句の日をお祝いいたします。

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令和七年三月二日 広布唱題会

2025年03月02日 | 日記

本日は広布唱題会でしたので参詣してまいりました。

形だけなのは全くダメ。

全力で御本尊様に心を込めて唱題するから功徳が溢れる。

その溢れる功徳を他の人にも分けて差しあげる。

真の幸福のために。

はたして私はできているでしょうか。

と自分に問うて、全く自信というものが湧いてきません。

ダメです。

ダメといってもダメだからこのままでいい、またはやめてしまおうではさらにダメです。

だから続けるのですし、またどうやったらもっとよくなるかを考え行動しながら続けるのです。

とにかくやってゆくしかないのですし、その勇気を与えてくれるのが日蓮正宗の信仰であります。

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令和七年三月一日 御経日

2025年03月02日 | 日記

先日御経日でしたので参詣してまいりました。

過去に縁のあった、そして私の記憶の中で段々薄れてしまって消えてなくなってしまうところだった方のために、御住職にお願いして御塔婆を建てていただき、読経・唱題・御焼香をして御供養させていただきました。

思えば私は、これまでのいろんな縁が生まれても、ことごとく自分でそれらを遠ざけてしまっていた気がします。

その縁は単に人との出会いということだけではなく、生命との出会いであったにもかかわらずです。

本当にただ恥ずかしくて、みっとなくて情けない。

そんな自分としか言いようがありません。

しっかりしてゆきたいと思います。

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