歯医者さんのこと 2

2012-06-09 20:41:31 | 日々思うこと
その歯医者さんは 浅草橋の駅のガードのすぐそばにあった
外観は戦後の普通の二階建ての鉄筋の建物だったが
内装が大正か昭和初期のような感じで 
いかにも洋室といった風情だった
一階が先生の住まいで 二階が診療室になっていた
濃い茶色の薄暗い木材で統一された玄関で靴を脱ぎ
玄関わきにある手すりのついた階段を上っていくと 
小さなガラス引き戸の窓のついた受付窓口がある
そこで名前を告げて ドキドキしながら待合室に入る
しばらくすると 大柄の眼鏡をかけた品のいい先生が
「おまたせしました さぁどうぞ」と
診察室のすりガラスの入った扉を開けるのだった

スリッパを脱いで診療台の椅子に座る
じっとして診察を待つ少しの間 ちょっと周りを見回すと
椅子の脇にはバッタのお化けの足みたいな治療器具がついているのがわかる
目の前の器具の置いてある可動式の台を見ると
綺麗な小さい四角い緑と青と透明の瓶が並んでいる
先のとがった編み棒みたいなものが数本置かれている
きれいに丸められた脱脂綿の入った大きな透明な瓶もある
どの瓶からこのにおいが漏れてくるのだろう・・・
先生がいつも上手にピンク色の型どりの蝋をまるめるバーナーもある
それらに見とれていると 「さぁ お口を・・」と優しい声がして
私は 我に返って 自分がこれから怖い目に合うことを再確認するのだった




子供だから 歯医者さんは嫌いなつもりだった
でも 本当のことを言うと 
こわいけれど嫌いだけれど いやではなかったのだと思う
麻酔の注射は痛いけれど じわ~~っと感覚がマヒしていく感じが好きだった
がりがり き~~んと頭の中で響く機械音も 自分が自分でなくなるようで面白かった
誰かに完全に身を任せてしまっている感じが心地よかったのかもしれない
ヘンな子供だったのだろうか^^;

その浅草橋の先生は 子供の私を決して子ども扱いにしなかった
子供をあやすような口調は一切せずに いつも丁寧な言葉で
まるで 大人の女性を扱うような優しさで接してくれた
眼鏡の奥の視線は あたたかい感じがしたし 声も丸みがあってすてきだった
まじめで誠実な人柄も私を安心させてくれる要素の一つだっただろう
そして何よりも 私の祖母や母がいつも「あの先生はうまい」と言っていたから
なお私は先生が好きで 安心して治療を受けていたのだった

実は 父の大親友が歯医者で何回かそこに通っていたのだが
正直なところ あまり近所でも評判よろしくなく
親友の父の治療前など ふざけ半分もあるのだろうが
ぱんぱんと手をたたいて神頼みをする・・なんていうことがあって
母や祖母は 人柄はともかく先生としては信用していなかったのである
だからなおさら 浅草橋の先生は 我が家では絶大な信頼を得ていたのである

実際 先生の治療はすばらしかった
当時治して詰めてもらった歯が 今もなお一本そのままの状態で残っている
一本だけ?とも思うが 40年以上もっていると思うとすごいことだと思う
あの時「金を詰め物にすれば一生ものです」と言われて
親が多分 大枚はたいてくれて金を詰めてくれたのだと思う 
先生の治療がうまかったから この年まで私の歯でいてくれたんだろう
奥歯の手前 犬歯の後ろの歯で 
大きく口を開けると 少し金が見えてしまう
思えば ちょっと成金趣味で嫌な感じがしないでもない
でも 全面にかぶせてあるわけではなく 小さな一部分の詰め物なので
いやらしくきらきらするということはない
どういうわけか 私はずっとこの小さな金歯が好きなのだ

最近の審美歯科の観点からすると この歯はよろしくないらしく
だから 多くの先生がこの歯の再治療を勧めてくれたのだと思う
だが 「歯医者さんのこと1」で書いたI先生のみが
ご本人が不都合を感じなければよろしいのでは・・と言ってくれるので
私はお断りするストレスを感じることもなく
この小さな金歯を永らえさせてあげられるのだ

私の歯の小さな思い出の中にいる浅草橋の先生を
新しい現代風のI先生が守ってくれたような
そんな気がして なんだかふっとひとりでほほえんでしまう


それにしても 今の歯医者さんは 
消毒薬や治療薬のにおいなどしななくなった
あの浅草橋の先生の診療室の雰囲気がなつかしい

母や祖母の話によると 浅草橋の先生のお子さんは
自死か病気かで 学生のうちに他界なさったらしかった
腕がいいのに跡取りがいなくて・・・などと話していた
子供心に 品のいい浅草橋の先生に同情したのを覚えている
そして勝手に その後姿に少しのさみしさを感じ取っていた
今にして思えば すごくおこがましいことだけれど・・・


親知らずを抜いてもらおうなんて決断をして
ちょっと立ち止まったら 五感を通して
いろいろな場面が アルバムをめくるように
心の中によみがえってきた

そして それらを書き留めておこうと思った


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