夜中に目が覚めた。
50の誕生日に末っ子からもらったフランス産の白いスパークリングワインを開けた。名前は「ギヨ ガリーグ」カッコいい名前に気分も酔ってしまう。
今は夜中の湿気いっぱいの部屋が心地いい、昼間の湿気はあんなに不快なのに何故だろう。49の最後の日の曇天な夕方を何度も思い出す、もう明日には50だ。ただそれだけを繰り返し呪文を唱えて50の日の朝を迎えた。毎朝見るニュース番組のシマエナガの祝福がテレビ画面のほとんどを埋めて、50を祝ってくれた。いつものように朝の支度をしたけど、ソワソワしていつもより15分は早く出かけた。朝の日課は110円で買うブラックコーヒーを左手に駿河湾と右手に富士山のご機嫌を見ながら、何もかもをスルーした気分でキンキンの辛口無糖コーヒーで一服をする。今日は珍しい事が多い。いつもは、この時間は誰とも会わないのに、この日は誰かと会ってしまう。50とはそういう物なのかと思う。さあ、やりたい事が浮かばない50のスタートに立った、こんな気分は20になった頃を思い出す。50とはいい気分だ、死のうが、わめこうが、後にも先にも、夜明けまでのんびりしてる訳には行かない。今が楽しい始まりだ。ちょっとヨナカノ気分に酔ってきた。今、最高の気分だ。お金は必要だけど金儲けは嫌だ。カッコ良く行きたいけど、ええカッコするのは嫌だ。誰も否定するつもりは無い、必要とする物に惑わされたら、自分が自分で無くなる。自分が自分で無くなる前に自分が自分であるべき事を確認しなきゃいけない。その確認方法は誰にも分らない、自分にしか分からない、だから自分を自分の者にして生きろ。それが50になった自分に言いたい事だと思う。そう思う。
ところで、みんな元気か?みんなとは、これまで出会ったすべてのみんなの事だよ。明日、何しようかな。どうしようかな。このモヤモヤが楽しい。
昨日、長男から届いた50のお祝い。