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2つの知らせを聞いた動揺はまだ残っています。ですが、気持ちが落ち着くのを待っていたらキリがないので、いい加減エントリを書きたいと思います。
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■ 日本ハム一筋22年、田中幸が引退へ(ニッカン北海道・2007年9月8日8時57分)
「これまで2000本安打のために現役を続けてきた選手が、記録達成を花道に引退」世間一般では、そういうことになるのでしょう。
ですが、そうなってほしくなかった部分と、そうなってほしかった部分と、私の思いの中には、両方があります。
「そうなってほしくなかった部分」というのは、幸雄さん自身も言うように、あと1年だけ続けられたら、という思いです。
ファイターズは若いチームです。若さは勢いをもたらしますが、反面勢いがない時には脆さにもつながります。その意味で、チーム内の重鎮の存在は非常に大きな意味があるはずです。それは、球団の評価システムでは計れないのかも知れませんが。
それに、幸雄さんのあとの代打の切り札をどうするか、という問題もあります。若手を固定するのも定跡に反しますし、野手最年長の稲葉を常にベンチに置くなんてことは考えられません。
では、スタメンに入れられないような不調の選手を使うか? まさかベテランを獲得?
と考えると、現状では幸雄さんに控えてもらうことが、ベストな選択だと思うわけです。それだけに、今年で戦力構想から外すというのは、いささか性急に感じますし、せめてあと1年待てなかったのか、という思いは拭えません。
その一方で、「そうなってほしかった部分」というのもあります。つまり、メディアに「戦力外」という部分をすっぱ抜かれないように、花道を飾らせてほしかった、という思いです。
これは想像ですが、幸雄さんの例は、ベテラン選手が引退する時のパターンと、本来は同じものだったのではと思います。
球団が早めに戦力構想から外れていることを伝え、本人にポスト(あるいは、将来の「手形」)を出す。
本人はある程度覚悟していることですから、そこで身の振り方を考えた上で、結論を球団に伝える。その結論が他球団に移籍しないというのであれば、「引退」として公式に発表し、最後の花道を飾るべく準備を進める。
幸雄さんのケースも、そうなるはずだったのだと思います。
「戦力外」という報道さえ、表に出なければ。
プロである以上、いつかはユニホームを脱ぐ日が来るわけです。そしてプロのほとんどにとって、その日は単に残酷なだけなのです。
だからこそ、幸雄さんの引退は、きれいなものであってほしかった。ミスター・ファイターズの引き際は、一点の曇りなきものにしてほしかった。そうできたはずなのに……
どういう経緯で情報が出たのかは知りませんが、道新スポーツへの私の逆恨みは消えないでしょう。
あと、中ほどにある「すでにヒルマン監督には報告済みで」という一節が、私の注目をひきました。GM主導のチーム編成という鉄則は、ここでも生きていたわけです。
それが今回の結果になってしまったのは残念の一言ですが、チーム編成に関わる指揮系統が一貫していること自体は、間違ったことではないのでしょう。
そして、チームを去るのは幸雄さんだけではありませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/a9/219d249763124bbe387aeff216918d19.jpg)
■ トレイ・ヒルマン監督について(公式サイト)
「家族のため」という言葉は、彼の本心を表しているのでしょう。5年にわたって外国にいるというのは、日本国内でのほほんと育った私なんぞの想像を上回る負担を、特に子どもたちには与えていただろうと思います。
それに、アメリカから、しかも将来ある若手の指導者を招いた以上、いつかは彼を母国の業界に返さなければなりません。それだけに、遠からぬ将来にこの日が来ることは予想していました。
ですが、ファイターズというチームのあらゆる面での基盤を固めるために、あと1年だけは残ってほしかったのです。
ファイターズがどうなってしまうのか、今私はものすごく不安です。不安で不安で仕方がありません。
あと1年あれば、次の道筋が描けていたかも知れない。あと1年……
ヒルマン監督は、日本球界的な「名将」では決してありません。
ですが、東京から北海道に新天地を求める過程にあったファイターズにあって、トレイ・ヒルマンという人物がチームを率いたことは、幸運かつ幸福なことであったと思います。
特に、これからのプロ野球チームや球界のあり方を思うと、彼がいた―そう書かねばならないことは無念の極みですが―ファイターズの5年間の意味は、とてつもなく大きいものがあります。
今の時期に退団が明らかになったのは残念ですが、これは言っても詮無い話です。これ以上遅かったら去年の二の舞でしたし、あんまり早くから言っていても、SHINJOの二番煎じになっていただけですし。
ヒルマン監督が今後どうするかは、まだ決まっていないそうです。ですが、アメリカに帰るのなら、すぐにでもMLBに戻ってほしいと思います。そして、1日も早く監督になってほしいと。
試行錯誤を重ねながら日本野球の要素を学び取り、日本とアジアの頂点に上り詰めたヒルマン監督が、アメリカでも成果を残せば、それは日本野球にとっての、もちろんファイターズにとっての勝利をも意味するはずです。
(日本同様、時間はかかると思いますし、その時間をアメリカが待ってくれるかという不安はありますが……)
そしていつか、ヒルマン監督率いるMLBのチャンピオンチームと、指導者となった幸雄さんを擁する北海道日本ハムファイターズが、真の世界の頂点をかけて、野球をすることができたら……
というのは、どう考えても夢物語です。笑っちゃいますよね。
でもね、夢は、現実を作り上げるものの中の1つに入っているんです。
いつになるかは分かりませんが、そんな夢が現実になる日に、私を含めたファイターズファンの思いが昇華するだろう。私には、そう思えてならないのです。
そのためにも、ということになるかどうかは分かりませんが、負けられない戦いが始まりましたね……
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/93/065baac5213a4e218e17efcf6980707b.jpg)
■ 日本ハム一筋22年、田中幸が引退へ(ニッカン北海道・2007年9月8日8時57分)
「これまで2000本安打のために現役を続けてきた選手が、記録達成を花道に引退」世間一般では、そういうことになるのでしょう。
ですが、そうなってほしくなかった部分と、そうなってほしかった部分と、私の思いの中には、両方があります。
「そうなってほしくなかった部分」というのは、幸雄さん自身も言うように、あと1年だけ続けられたら、という思いです。
ファイターズは若いチームです。若さは勢いをもたらしますが、反面勢いがない時には脆さにもつながります。その意味で、チーム内の重鎮の存在は非常に大きな意味があるはずです。それは、球団の評価システムでは計れないのかも知れませんが。
それに、幸雄さんのあとの代打の切り札をどうするか、という問題もあります。若手を固定するのも定跡に反しますし、野手最年長の稲葉を常にベンチに置くなんてことは考えられません。
では、スタメンに入れられないような不調の選手を使うか? まさかベテランを獲得?
と考えると、現状では幸雄さんに控えてもらうことが、ベストな選択だと思うわけです。それだけに、今年で戦力構想から外すというのは、いささか性急に感じますし、せめてあと1年待てなかったのか、という思いは拭えません。
その一方で、「そうなってほしかった部分」というのもあります。つまり、メディアに「戦力外」という部分をすっぱ抜かれないように、花道を飾らせてほしかった、という思いです。
これは想像ですが、幸雄さんの例は、ベテラン選手が引退する時のパターンと、本来は同じものだったのではと思います。
球団が早めに戦力構想から外れていることを伝え、本人にポスト(あるいは、将来の「手形」)を出す。
本人はある程度覚悟していることですから、そこで身の振り方を考えた上で、結論を球団に伝える。その結論が他球団に移籍しないというのであれば、「引退」として公式に発表し、最後の花道を飾るべく準備を進める。
幸雄さんのケースも、そうなるはずだったのだと思います。
「戦力外」という報道さえ、表に出なければ。
プロである以上、いつかはユニホームを脱ぐ日が来るわけです。そしてプロのほとんどにとって、その日は単に残酷なだけなのです。
だからこそ、幸雄さんの引退は、きれいなものであってほしかった。ミスター・ファイターズの引き際は、一点の曇りなきものにしてほしかった。そうできたはずなのに……
どういう経緯で情報が出たのかは知りませんが、道新スポーツへの私の逆恨みは消えないでしょう。
あと、中ほどにある「すでにヒルマン監督には報告済みで」という一節が、私の注目をひきました。GM主導のチーム編成という鉄則は、ここでも生きていたわけです。
それが今回の結果になってしまったのは残念の一言ですが、チーム編成に関わる指揮系統が一貫していること自体は、間違ったことではないのでしょう。
そして、チームを去るのは幸雄さんだけではありませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/a9/219d249763124bbe387aeff216918d19.jpg)
■ トレイ・ヒルマン監督について(公式サイト)
「家族のため」という言葉は、彼の本心を表しているのでしょう。5年にわたって外国にいるというのは、日本国内でのほほんと育った私なんぞの想像を上回る負担を、特に子どもたちには与えていただろうと思います。
それに、アメリカから、しかも将来ある若手の指導者を招いた以上、いつかは彼を母国の業界に返さなければなりません。それだけに、遠からぬ将来にこの日が来ることは予想していました。
ですが、ファイターズというチームのあらゆる面での基盤を固めるために、あと1年だけは残ってほしかったのです。
ファイターズがどうなってしまうのか、今私はものすごく不安です。不安で不安で仕方がありません。
あと1年あれば、次の道筋が描けていたかも知れない。あと1年……
ヒルマン監督は、日本球界的な「名将」では決してありません。
ですが、東京から北海道に新天地を求める過程にあったファイターズにあって、トレイ・ヒルマンという人物がチームを率いたことは、幸運かつ幸福なことであったと思います。
特に、これからのプロ野球チームや球界のあり方を思うと、彼がいた―そう書かねばならないことは無念の極みですが―ファイターズの5年間の意味は、とてつもなく大きいものがあります。
今の時期に退団が明らかになったのは残念ですが、これは言っても詮無い話です。これ以上遅かったら去年の二の舞でしたし、あんまり早くから言っていても、SHINJOの二番煎じになっていただけですし。
ヒルマン監督が今後どうするかは、まだ決まっていないそうです。ですが、アメリカに帰るのなら、すぐにでもMLBに戻ってほしいと思います。そして、1日も早く監督になってほしいと。
試行錯誤を重ねながら日本野球の要素を学び取り、日本とアジアの頂点に上り詰めたヒルマン監督が、アメリカでも成果を残せば、それは日本野球にとっての、もちろんファイターズにとっての勝利をも意味するはずです。
(日本同様、時間はかかると思いますし、その時間をアメリカが待ってくれるかという不安はありますが……)
そしていつか、ヒルマン監督率いるMLBのチャンピオンチームと、指導者となった幸雄さんを擁する北海道日本ハムファイターズが、真の世界の頂点をかけて、野球をすることができたら……
というのは、どう考えても夢物語です。笑っちゃいますよね。
でもね、夢は、現実を作り上げるものの中の1つに入っているんです。
いつになるかは分かりませんが、そんな夢が現実になる日に、私を含めたファイターズファンの思いが昇華するだろう。私には、そう思えてならないのです。
そのためにも、ということになるかどうかは分かりませんが、負けられない戦いが始まりましたね……
その夢が、現実になる日が来ますように…。
だけど、その突飛なことを切り捨てられない自分がいるんですよね。
いつか、現実のものとして見てみたい。そう思わずにはいられません。
ただ、コーチ兼任ならアリだと思うんですよ。まだできると思うのに、残念です。
同じタイミングで退任と引退のニュースが出たので驚きました。
月末のマリンスタジアムの試合を観に行こうかと考えています。
関東で最後の試合になりそうだから(笑)
選手やファンに対する敬意・配慮が足りないなと感じます。
ヤクルトの辻発彦が現役引退かと騒がしくなった時、
野村監督はマスコミに
「辻くらいの選手になると、引退は周りがゴチャゴチャ言うことではない。
自分で引き際は分かるものや。」と語っただけで、
それ以外は何もコメントしなかったとか。
今になっても、どこか上の空な気分です。
関西は試合がもうないので、月末のマリンは私も行こうかと考え中です。
このままお別れなんて、寂しすぎますから。
基本的に今のフロントはよくやっていると思うんですが、
ベテラン選手への対応が冷たい点には、不満を感じています。
去年の奈良さんのトレードも、ショックでしたからねぇ。
日ハムも幸せなチームになったのかなぁともとれますが・・・。
一番いいのはチームの強化の面からもう1年在籍してから幕引きがいいんでしょうょうけど・・・。
それにしても、おっしゃる通りあと1年だけ待ってほしかったです……