皆さまおはようございます。昨日から震災の爪痕をいろいろな
テレビ局が発信していて、時々泣きながら見ていました。
というか、正確にはすべて泣きながら見ていました。
大事な人が目の前で津波にさらわれ、二年ごやっと
ご遺体が見つかり、本当の葬儀をできて、骨を
「お帰り」と持ち帰れる・・。しかもまだまだ復興が先送りで・・。
私は思うのですが。・・オリンピックにどんどんお金使うのはいいけど、
この震災の復興が第一じゃないのですか?意図的に忘れていませんか??
安部さん。
今日はともかく・・たくさんの方のご命日です、祈ります・・。、
冷たいところにいらっしゃらないで済みますように、
ご遺体が一日でも早くみつかり、暖かく処置してもらえますように。・。、
今日は気温が低く、室内でも10度です。今日は寒さが身に沁みます。
上の写真は通販で買った椅子が届いたので被写体にしました。。
まだまだ写真をつかいこなしていません。というかさっぱりわかっていないです、。
でもインターネットができるだけ、ありがたいのだと思っています。、
被災地の方方はそれどころではないでしょう。私のしんせきはほとんど福島でしたが、
とにかく誰も命を落とさず生きながらえました。それだけでもよかったと思います。
ここまで読んでくださった方方様、真にありがとございました;;
皆さまの中で、被災された方に祈りをささげます。・・・。
一日も早く心身の傷が癒えますように。
それでは失礼いたします・・・。
みなさんお元気でよかったと思います。
でも明日は我が身だと思って、なるべく防災グッズももっといろいろ揃えたいと思うのですが、日々の雑事に追われて(いや、ただの怠慢でしょうね)なかなかホームセンターまで行けてないこのごろです。
自分が震災にあった被害者だったらどう思うかな、とよく考えます。
私が特別に人でなしなのかもしれませんが、他人にメソメソされても失われた命は戻ってはこない・・・それより、自分のこれからのことを考えるような気がします。
kaoさんは特別優しい心をもっているので、人様のことだからこそ、今でも胸が痛むのかもしれませんね。
でももう5年もたちました。それでもみんな、それぞれ前に向かって歩いていけてると信じています。
kaoさんの記事を否定したわけではないんです。表現のまずさがあったら、ごめんなさい。
旦那様のお骨を手にすることが
できて、これから頑張るねと奥様が
おっしゃる場面でした。それで、
ああ皆さま前を向いて歩かれて
いるのだなと感動してしまったんです。なんだか
否定的な記事になってしまってこちらこそ
すみません@@・・。前を向くってすごく大切ですね。
受け入れてからまた立ち上がるのですものね。
人は強いものだと思います。
いつまでもめそめその私に活をいれて
くださってありがとうございます^^!
気を入れ替えるために更新しますね。
コメント、まことにありがとうございます^^!!
お子さんたちはもう、帰らないって言っています。
老後は・・・安心の生活だったのに・・・。
作物は・・・つくれない?
作らない・・・そうです。
天災はむごいですが、
人災もむごいですね。
私の親戚も福島出身
だから、結婚は大変かもと、
思っているそうで、ショックです。
まだ若い女の子が今からそう
考えていると・・。、原発は・
やっぱりやめてほしいです・・。
貴重なコメント真にありがとうございます;;!!
全員が別の場所に暮らしています。
双葉町に新築の家がありますが とても住める状態では無いとか。
半年後 食器類・衣類等はカビだらけ
家の中は野生動物の棲家になり・・・
そうこうしているうちに東京の娘さん宅に避難していたお父さん(80代後半)が亡くなりました。
双葉町に戻るんだと言っていたので
「福島県内に別の家を建てるわけにもいかず」と思案しているうちに土地が高騰し手が出なくなったそうです。
就職した2人は新天地で頑張ってますし大学生として県外にいる子も。
ご主人は福島の知り合い宅に居候 従姉妹は横浜。
こういう一家離散は多いと思います。
でも家のローンは払い続けているとか。
本当に変ですよね。
被災地にボランティアで行った時に(岩手県野田村)ガラスの破片が信じられないくらい埋まっていました。
家具・食器類・衣類・写真・オモチャ・クツ・バッグ等
その瞬間まで名前があった物はすべて「被災ゴミ」と呼ばれる存在に。
ただ風の音があるだけの家一軒も無い場所は不気味でした。
カーブミラーがほぼ直角に折れ曲がっていたのを思い出します。
これが東京近辺に起こったなら とっくに復興していただろうに・・・
なんて僻み根性で思っちゃいます。
まるで広島・長崎のときの
ようなのですね。震災で一家離散・・。
しかも家のローンを払い続けて・・
こんな理不尽なことが。・・・。
被災ごみ・・。ガラスだらけの
土地・・。悪い夢の中のようですね。
でも現実。・・・。やっぱり被災はまだ
終わっていないのですね。
私にできることはとにかく福島や
などの被災地の食べ物を選んで
買うことしかないのか、考えています。
あまりにも無力な私です。
東京近くならもっと早く復興できたの
でしょうか・・。そうかも・・。、
本当に個人でやれることが少なすぎ
被災地の方に申し訳がたちません。
でもじっくり考えてみます。
貴重で重要なコメント真にありがとうございました!