・・・泣けました。
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まったく私的なお話なのですが、昨年3月、百人一首の本が刷り上がったとき、お伊勢様に感謝のための本の奉献に伺いました。
そのときの模様は、昨年の記事に書いているのですが、このとき、いろいろと不思議な体験をさせていただきました。
その中で今日お話したいのは、お伊勢様のときのことです。
お伊勢様に奉献にお伺いさせていただいたとき、宮掌様にご案内いただいたのですが、そのとき、まことに申し訳ないことに、なんと内宮の中までご案内いただいて、参拝させていただきました。
わかりやすくいえば、奉行所の御白州みたいな、要するに内裏の中の白洲でご拝謁を賜ったわけですが、正直なところ、自分などがそのような場所に案内いただくなど、思いもつかなかったことでした。
同時に、自分のような者まで、お伊勢様はちゃんと見ていてくださるのだなと、とてもありがたかったし、同時にとても恐縮しました。
あまりのあちがたさに、ほとんどひれ伏すような気持ちで二礼二拍一礼をさせていただいたのですが、たいていの人はそうだと思うのですけれど、人は生きていれば、あちこちでいろいろな人に迷惑をおかけします。
恥ずかしくない人生を過ごされてきた方と断言できる人など、まずいない。そんなものだと思います。
ですから、内宮に入ったときは、本当に「自分などが・・・」という気持ちでいっぱいになってしまっていて、ただ申し訳なく、恥ずかしく、ひたすら恐縮していました。
だから二礼二拍したときに、両手を合わせて思ったのは、「申し訳ありません」で、ただうなだれるだけでした。
すると頭の中で声がしました。
これは本当に「声がした」と感じました。
なんと言ったらいいのかわかりません。
とにかく不思議な体験で、ほんとうに、天から言葉が降ってきたという感じなのですが、それは言葉ではなくて、イメージというか声というか、とにかく感じるものでした。
その声は、次のようなイメージでした。
「生きていれば人はたくさんの間違いをおかします。
迷惑をかけたこともあるでしょう。
その迷惑を、かけた相手に直接お返しすることが
できないこともあるでしょう。
その分、これからより良く生き、
やすらけき世のために働くことで
人生のツケを返していきなさい」
これは言葉ではなくて、なんというかイメージのようなものです。
それが降ってきたと感じたとき、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまって、泣けてきてしまいました。
この言葉がきっかけになって、実は今年1月3日の当ブログ記事の「良いこと通帳」の残高、というお話になっています。
(1月3日の記事→http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2623.html)
たぶん私の人生の「良いこと通帳」の残高は、真っ赤っ赤の大赤字です。
残りの人生で、せめてトントンは無理でも、ちょっとでも赤字を減らしておきたい。
そのために、いまの自分にできる精一杯をしていきたい。
それが還暦を迎えた自分のねがいです。
戦後生まれの私たちは、戦後という価値観の袋の中にはいっていました。
袋の中にいますから、袋の外側は、まったく見えません。
ところが、袋の中が、どうもあまりうまくない。
外国からも悪口を言われるし、干渉されるし、なんだかよくわからないでいるうちに、なんとなく最近、袋がほころびはじめて、袋の外の世界が、多くの人の前に少しずつ見えてくるようになりました。
戦後という薄モヤのベールが、だんだんに剥がれてきたということかもしれません。
そうした中にあって、一部の諸外国からの中傷に怒りをぶつけたり、国政の矛盾や不備を憂う人はたくさんおいでになります。
そしてみなさん、口をそろえて、「日本人として、日本の歴史伝統文化に誇りを持とうではないか、取り戻そうではないか」とおっしゃいます。
けれど、ではその「日本の歴史伝統文化」というのは、どのようなカタチをしているのでしょうか。
戦前戦中まで、あるいは江戸時代まで、あるいはもっと古い時代から綿々と続く日本の歴史伝統文化。
その要諦とはいったいどのようなものなのか。
実は、そこを明らかにされる方は、あまりおいでになりません。
しかし、日本を通底する、いちばんたいせつなこと、そこをはっきりと自覚していかなければ、つまりそれは、取り戻すべき日本のカタチそのものなのですけれど、そこをはっきりさせなければ、いつまで経っても、どんなに怒っても、政治や一部の外国への愚痴にしかなりません。
早い話、中共や韓国の非道に、これから先100年間、怒り続けても、おそらく日本は変わらない。
けれど、日本の原点や、日本の文化の本当の素晴らしさや底の深さを、どんどん追求し、みんなでわかちあっていく努力を重ねていけば、それを100年続ければ、おそらく日本は、間違いなく変わるし、変われると思います。
一日、たった1秒の誤差が、4年積もるとうるう年の24時間が生まれます。
たった1秒が、4年でなんとまる一日という時間になってしまうのです。
では、百年続けたらどうなるのか。
そういう活動を続けていきたいと思います。
毎日千人の命を奪われても、その分、毎日1500の産屋を建てる。
それが伊耶那岐の神様の教えです。
自分は、神様ではないので、正直1500の産屋を建てることなんてできません。
だから、その産屋を建てるための柱の一本を、担いで運ぶ。
毎日でも運び続ける。
そんなことしかできません。
一度にできないなら、時間をかけててでも、毎日少しづつでも続ける。
何を続けるのかというと、日本を知る、取り戻すべき日本のカタチを明確にしていく。
そのために、学び、語ること、です。
これからもそういうことを続けて行きたいと思います。
このたび、ヘンリー・ストークスさんが、この度『英国人記者が見た 世界に比類なき日本文化 (祥伝社新書)』を出版なさいました。
この本の中には、単に日本の歴史や政治や、近現代史の部分だけではなく、ストークスさんが見た、日本の古典文化の素晴らしさまで、造詣の深いお話が詰まっています。
この本おすすめです。
神様が宙を舞ってるのも見たそうです