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不幸を先祖のせいにする供養は間違い  書籍「正しい供養 まちがった供養」より 更新2

2017年08月17日 12時35分27秒 | 幸福の科学 宗教 宇宙 UFO 霊(スピリチャル)

追記アリ

書籍「正しい供養 まちがった供養」第2章

【 こんな間違った先祖供養をしていませんか 】
《 幸・不幸の原因は自分自身にある 》

(一部抜粋)
●不幸を先祖のせいにする供養は間違い

先祖供養には、次のような悩みがよくあります。
「病気や怪我、事業の失敗や受験の失敗など、さまざまな不幸が家庭内に起きるので、あるところで見てもらったところ、『先祖が浮かばれていないからだ』と言われた」というケースです。
たいていの場合、四代以上前の先祖が浮かばれていないと言われます。そして、「それが原因で不幸が起きているのだから、先祖供養をしっかりやれば運がよくなる」と言われるのです。

これは、先祖供養型の宗教を生業(なりわい) とする人の常套手段だと言ってもよいでしょう。‥‥四代ぐらい前になれば生きているはずはないので、四代以上前の先祖が迷っていることにするわけです。そして、不幸の原因をすべて先祖のせいにして、「迷っている先祖の供養さえすれば、幸福になれる」と言います。
このやり方ならば、どのような相談が来ても大丈夫です。あらゆる悩みに対して、「あなたの家には、浮かばれていない先祖がいる」と言えばよいのです。‥‥
したがって、何代か前の先祖のせいにしておけば、それで見料をもらえるのです。
このような “商売” が日本各地でどれだけ行われているかを考えたとき、私は愕然とせざるをえません。なかには、本当に浮かばれずに迷っている先祖がいる場合もありますが、その場合でも、積極的に子孫を害してやろうと思っている先祖は、基本的にはいないのです。

ただ、「溺れる者は藁をもつかむ」ということわざどおり、どうしてよいか分からずに、先祖が子孫を頼ってくることはあります。しかし、この場合でも、彼らは積極的に子孫を害そうとしているわけではありません。それが事実です。彼らは人間としての正しい生き方が分からずに迷っています。自分が間違った理由、自分が苦しんでいる理由が分からないのです。
したがって、先祖供養においては、それを教えてあげることが大事です。
彼らは、自分の思いのままに生きたところ、死後、意外な世界に行ってしまったため、どうしてらよいか分からずにいるのですが、そのとき、子孫に祟ったりすれば、罪がさらに重くなって苦しむことになるのです。

本当の意味で先祖を供養し、彼らが浮かばれるようにするためには、遺された子孫が、常に先祖に対する感謝の念を持つとともに、人間としての正しい生き方、光に満ちた生き方をすることが必要です。これが先祖供養の前提なのです。

追記1

●供養のつもりが「奪う愛」になっていないか

ただ、「先祖を供養したい」という子孫の念が、愛念として実る場合はよいのですが、そうではない場合があります。それは、子孫の側、生きている人間の側が、何とか救われたくて供養している場合です。
例えば、「学業が不振である」「事業が不振である」「会社で、出世しない」「恋愛が成功しない」「子供に問題が起きた」などということがあると、「これは先祖が迷っているからではないのか」と考え、自分たちが幸福になりたくて一生懸命に先祖供養をしていることが、数多くあります。ここには、微妙ながら、すり替えの起きる可能性があります。
供養というものは、本来は「与える愛」であるにもかかわらず、子孫の側が、わが身かわいさ、浮世の生きやすさのために、「先祖が、悪さをしないように」という思いで供養していると、そこに「奪う愛」が生じやすいのです。その結果、無反省な人間が生まれ、供養される側と供養する側が同質になることがあります。供養される側が天国に行っている場合であれば、そういう問題は起きませんが、先祖が、あの世で悪霊となり、迷っているような場合は、子孫が欲得の心で先祖供養をすると、両者はほとんど同質なので、完全に通じてしまうのです。

●御札や御摩木で先祖が救われるわけではない

これは、たとえ話で言えば、こういうことです。
父親が多大な借金を背負っていて、また息子は息子でまったく別に同じような借金を背負っているとしましょう。その借金を背負っている息子が父親の借金を返すことができるでしょうか。そういう問題を提起してみると、「できない」というのが答えです。ところが、「事業に成功して大きなお金を持っている息子が、父親の借金を返すことができるか」という設問の場合には、「できる」ということになります。これが先祖と子孫の関係であるわけです。

「先祖が浮かばれていない」「地獄で苦しんでいる」ということは、“借金” を背負っているのと一緒です。精神的な借金、この世で生きたときの借金を背負っているわけです。‥‥借金を持っている者が、借金を持つ人の借金を、代わりに返すことはできないのです。‥‥豊かであればこそ、他人の借金を払うことができるのです。
この「豊かである」ということは何かと言うと、「今世において徳を積んでいる」ということなのです。それは、仏法真理に基づいて日々修行をしているということです。光の徳を積んでいること。光を蓄積していること。天の蔵に富を積んでいること。それがあってこそ、苦しんでいる人に対して、その光を廻光することができるのです。‥‥これが、先祖を供養する場合の正しいものの考え方なのです。ですから、御札や護摩木で先祖が救われるわけではないのです。生きている子孫たち、縁のある人たちが、日々、徳を積むことが大事なのです。
正しい宗教かどうかの見分け方は、生きている人、現実に修行をしている人に、反省をキチッと教えるかどうか、自己責任のところをキチッと教えるかどうか、というところにかかっています。‥‥

追記2

 書籍「正しい供養 まちがった供養」第2章

~ 愛するひとを天国に導く方法 ~
【 こんな間違った先祖供養をしていませんか 】
《 先祖が迷っている場合の注意点 》

●先祖が迷っている場合、その原因は先祖自身にある

愛と慈悲の心で先祖を供養したいという気持ちがみなさんにあること自体は、非常によいことなのですけれども、ただ、先祖が迷っているのは、決して子孫の責任ではないのです。これは原則ですから、よく知っておいていただきたいのです。
地獄に堕ちたのは、やはり、本人の生き方に問題があったのです。思いと行いに問題があって、地獄に落ちているのです。この大前提は知っておいてください。そうしないと、みなさんが一生懸命供養をしていても、先祖のほうは「自分が悪い」とは絶対に思わない人が多いのです。子孫のせいにしてきます。「立派な墓を建てないから、俺はこんなに苦しいのだ」‥「位牌が悪い」‥とか、いろいろなことを言うわけですが、これは言いがかりというものであって、そういうものによって救われることは実際はないのです。‥‥
ですから、この前提のところを教えてあげる必要がどうしてもあります。「お墓が悪いからだ」とかそんなことを言っていたのでは、要するに自分の責任は何もなくて、子孫だけの責任になります。そこで、「どきどき、懲らしめてやらないといけない」などと、バカなことを考えて出てきては、いわゆる “障り” というものを起こす先祖がいるわけです。とんでもない間違いです。
「生きていたときの思いと行いに基づいて、天国・地獄が分かれるのであり、あなたが地獄に堕ちているのは、やはり、それだけの責任があったからですよ」ということを教えてあげましょう。‥‥これは愛なのです。

●先祖による障りの例

それから、もし、生きている人に、先祖と同じ特徴が出てきたら、それは「先祖の霊が来ている」ということです。
例えば、「‥その子供は、‥お父さんが死んで、しばらくすると、まったく同じようなことをし始めた。お酒を飲んでは、お父さんと同じようなことを言ったり、暴れたりするようになった」などということであれば、死んだお父さんが迷って来ているのは、ほぼ間違いないのです。
それから、お父さん、おじいさん、あるいは、お母さん、おばあさんあたりの先祖が、色情面で非常に大きな問題があった場合、‥その人が亡くなってから、しばらくして、その子供たち、娘や息子たちが、また同じような色情問題をたくさん起こし、家庭を崩壊させ、愛憎劇を繰り返すようなことがあります。
そういう場合は、確かに、よく言われるとおり、「障りがある」ということです。成仏していない先祖の霊が障っているのは間違いないのです。

書籍「正しい供養 まちがった供養」
~ 愛するひとを天国に導く方法 ~
《 こんな間違った先祖供養をしていませんか 》
 
(一部抜粋)
●供養の前に知っておきたい「波長同通の法則」
 
このように、先祖が地獄で迷っている場合もありますし、先祖の霊が子孫に憑依(ひょうい) していることもあります。現実に、そういうことを私は数多く見てきました。
しかしながら、霊界には「波長同通の法則」というものがあって、「取り憑かれる者」と「取り憑く者」とは思いが通じているのです。そうでなければ、憑依(ひょうい) 霊は地上の人に憑いていられません。憑依霊が長く憑いていられるのは、両者の心の思いが似ているからなのです。
例えば、この世に生きている人が、誰かを強く恨んだり憎んだりする気持ちを持っているとします。その場合、あの世の地獄界に堕ち、人を恨んだり憎んだり怒ったりしている先祖がいれば、両者の波長が通じてしまいます。
そうすると、子孫がその思いを持ち続けるかぎり、先祖は、いつまででも憑依することができ、憑依された人の運命を悪くしていきます。その人を病気にしたり、事業をさせなかったり、間違った判断をさせたりできるのです。 
そういう意味では、「先祖が迷っていて、子孫を苦しませる」という現象が、あることはあります。
しかし、その場合であっても、「まず子孫の側が自分自身の心を正すことが大事である」と言っておきたいのです。
 
   《 ポイント》 
 
 子孫の側が、自分たちの不幸を「先祖のせい」にして行う供養は間違い。
■ 先祖が迷っているのは、生前の「本人の生き方」に問題があったから。御札や戒名などで救われるわけではない。
■ 正しい宗教かどうかの見分け方は、「反省」と「自己責任」を教えるかどうかにかかっている。 
■ 先祖の霊による障りは、「波長同通の法則」で起きる。まず、子孫の側が、自分自身の心を正すことが大事。
 
 

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死は永遠の別れでは
ありません。

「死の意味」から「葬儀の意義」、
そして「霊界の真実」まで。


亡くなった人が天国に導かれる
供養の「心がけ」と「注意点」とは。
自分が死んだあとに困らない
「生き方」と「心のあり方」とは。


供養の「常識」をくつがえす一冊。
■その読経は効果がない!?
■自然葬が実はよくない理由!?
■あの世の霊には戒名が通じない!?
■あの世を信じない人は死後どうなる? 
■先祖供養型の宗教の危険性とは?
■先祖の「障り」の具体例と対処法

故人と子孫が幸せになる供養を、わかりやすく解説。

目次

まえがき
プロローグ 死は永遠の別れではない
第1章 あの世への旅立ち
第2章 こんな間違った先祖供養をしていませんか
第3章 正しい供養で故人も遺族も幸福になる
第4章 晩年を生きる心構え
エピローグ まず、一人を救え
あとがき

コラム

カタチだけの葬儀や供養では、
死者も遺族も救われない!?

本書では、あの世も霊も信じていない僧侶や遺族による、世間的な習俗としての供養のあり方に警鐘を鳴らし、宗教的真理に則った正しい方法をわかりやすく解説している。また、自分が死んでいることを理解できない霊との対話、子孫の不幸を先祖のせいにするまちがった先祖供養、天国に還るための生き方など、具体例をあげながら、生きている間に“あの世の真実”を知っておくことがいかに大切か

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