http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53666 より 防衛・安全保障国際・外交日本アメリカ北朝鮮
対北朝鮮外交で手詰まりになったトランプが「最終決断」を下す日 ICBM発射でいよいよ緊迫
長谷川 幸洋ジャーナリスト 東京新聞・中日新聞論説委員 プロフィール防衛・安全保障国際・外交日本アメリカ北朝鮮
2017-12-01
「この次」に起きること
北朝鮮がまた、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。金正恩・朝鮮労働党委員長は核とミサイル開発を断念するつもりがないことが明白になった。トランプ大統領が手詰まりになっているのだとしたら、次に何が起きるのか。
金正恩氏はミサイル発射を成功と評価し「米国本土全域を攻撃できる。歴史的偉業だ」と自画自賛した。「米国が北朝鮮の利益を侵さない限り、北朝鮮は他国の脅威にならない」という金氏の声明は、どこか余裕をうかがわせるほどだ。
米国が恐れているのは、ICBMに小型軽量化された核弾頭が搭載される事態である。「大気圏への再突入技術が未検証」とか「重い弾頭を積めば飛距離は落ちる」といった見方もあるが、今回の発射実験で北朝鮮の脅威レベルが一段、上がったのは間違いない。
私は先週のコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53608)で、中国を介した米国の説得工作が失敗し、トランプ大統領はロシアへのアプローチを強める戦略を模索していると指摘した。ただし、プーチンが北朝鮮に同情的である点を理由に挙げて「この話がうまくいくとは限らない」と書いた。
北朝鮮を対話に引き出す「ロシア・チャネル」が難しいのは、米国側にも理由があった。
どういうことか。トランプ政権がプーチン氏を北朝鮮包囲網に引き込むために、米国がロシアに課している経済制裁措置を緩和しようとしても、実は足元の米議会が制裁緩和に同意しそうにないのである。
これは私が先週会った、米政府担当者の話であきらかになった。
米議会は反トランプ政権の気分が強い。民主党については多くの説明を要しないだろう。彼らは本来ならクリントン候補が大統領選で勝つはずだったのに、ロシアとトランプ氏による陰謀で政権を奪われてしまったと思っている。それがロシア疑惑の核心だ。
与党の共和党も伝統的な主流派勢力から見れば、トランプ大統領は傍流どころか、まったくの異端である。大統領選でトランプ氏が勝ってしまったので、仕方なく協力しているが、スキあらば「実権を主流派の手に取り戻したい」と思っている。
先の米政府担当者は「ここ数年、ホワイトハウスの力が強まるばかりで、相対的に議会の力が弱まっていた。議会はなんとか、政治の権力を取り戻したいと思っている。そんな環境の下で、いま焦点になっているのが対ロ経済制裁の扱いなのだ」と私に語った。
プーチンを頼れないとなると…
ロシアに対する経済制裁はプーチン氏によるクリミア侵攻後、米国と欧州の主導で始まった。その後、ロシアによるシリア・アサド政権への肩入れや米大統領選でのロシア疑惑も加わって、米国議会は8月、対ロ制裁強化法を成立させて制裁を強化した。
ロシアの政府系金融機関に対する取引停止など制裁の中身もさることながら、注目されるのは事実上「議会の同意がなければ制裁措置を緩和できない」措置を法に盛り込んだ点である。「制裁緩和の扱いは米議会が審査したうえで決める」と定めたのだ。
つまり、トランプ氏がプーチン氏から支持を取り付けるために対ロ制裁緩和を取引材料にしようとしても、議会の同意が得られなければ、緩和を約束できない。米政府担当者は「トランプ政権がこのハードルを超えるのは難しい」と語った。
中国が国連安全保障理事会が決めた対北制裁を完全に履行して圧力を強化したとしても、ロシアが制裁の抜け穴になってしまう懸念がある。たとえば、中国が北朝鮮に対する石油輸出を停止しても、ロシアが代わりに供給すれば、北朝鮮は痛くも痒くもない。
ロシアが積極的な北朝鮮制裁にひと肌、脱がなかったとしても、抜け穴を放置することでロシアは北朝鮮に助け舟を出す形になってしまう。だから、ロシアの姿勢が重要になる。
プーチン氏の協力を得られないとすれば、トランプ政権はどうするのか。
私は今週、有事で責任を負う立場にある日本政府関係者に意見を聞いた。彼は「中国チャネル」の頓挫と「ロシア・チャネル」への期待を認めたうえで「米国が強硬策に出る可能性は残っている。ただ、いまは対北制裁効果を見極める局面だ」と語った。
これを裏返して解釈すれば「対北制裁効果を見極めるまでは、トランプ政権が強硬策に出る可能性はない」という話になる。つまり、少なくとも年内の軍事攻撃はありそうにない。
「外交努力」に限界がきている
11月29日のICBM発射は私が日本政府関係者の話を聞いた後だが、トランプ氏はICBM発射の後も「北朝鮮問題への対応に変化はない」と語っている。トランプ政権が今回の発射に慌てて軍事攻撃に動くシナリオはやはり考えにくい。
トランプ氏は今回の発射を受けて、直ちに安倍晋三首相と電話会談をした。中国への説得でもプーチン取り込み工作でも、いまトランプ大統領がもっとも頼りにしているのは日本の安倍晋三首相である。
両首脳は電話会談で対北圧力の強化で一致した。金正恩氏にはもちろんプーチン氏に対しても「日米は軍事攻撃の可能性を含めて断固として対処する」という姿勢を示した。ここで妥協すれば、核とICBM開発を既成事実として容認する結果になりかねない。
米国が米本土を狙うICBMだけを認めず、北朝鮮の核保有を容認してしまう可能性は残っている。先週のコラムでも指摘したように、それは中距離ミサイルの射程に収まっている日本にとって悪夢だ。
そうではなく、トランプ政権はあくまで核とミサイル開発のどちらも容認せず、軍事攻撃に踏み切る可能性がむしろ高まってきた。ティラーソン国務長官が声明で「北朝鮮との海上輸送の差し止め」すなわち「海上臨検の実施」を各国に求めたのは、その兆候である。
海上臨検は1962年のキューバ危機で米国が最後の手段として実施した。当時のソ連は土壇場でミサイル船団を引き返させたために核戦争に陥る危機を免れたが、海上臨検は外交というより事実上の戦争行為に近い。
そんな強硬手段を外交責任者である国務長官が各国に要請したのは、外交努力がいよいよ手詰まりになってきた裏返しでもある。外交的解決が手詰まりになればなるほど、トランプ政権は最後の手段である軍事的解決に傾斜する可能性が高くなる。
朝鮮半島危機は一段と深まっている。日本はソウルにいる邦人避難をはじめ、最悪の事態に備えた対応策の検討を急ぐべきだ。
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