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米ホワイトハウスの閣僚会議で話すドナルド・トランプ大統領を見つめるジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)(2018年5月9日撮影)。(c)AFP PHOTO / SAUL LOEB〔
「ボルトン外し」の虚報に踊った日本のメディア
米国発のフェイクニュース「ボルトン氏は米朝会談から外される」
米朝首脳会談に関する一連の報道のなかで、日米の主要メディアが大きな誤報を犯した。
米国のトランプ大統領の最側近であるジョン・ボルトン補佐官(国家安全保障担当)が首脳会談から外され、会談場所のシンガポールには同行しないという観測が報じられた。だがこの報道は誤りだった。会談でボルトン補佐官はトランプ大統領のすぐ左隣に座っていた。
今後の北朝鮮の非核化の行方を論じる際、ボルトン補佐官の動向は大きなカギとなる。北朝鮮に対する交渉や政策の中枢にボルトン補佐官が入っているか否かで、非核化の進め方が大きく変わってくるからだ。
米国のフェイクニュースを日本メディアが拡散
日本では、5月中旬から6月冒頭にかけて多数のメディアが「国家安全保障担当のジョン・ボルトン補佐官が米朝首脳会談から外される」という趣旨の報道を流した。中には「安倍官邸は真っ青」という解説もあった。
ボルトン氏は核拡散防止の専門家で、2代目ブッシュ政権では国務次官としてリビアの完全非核化作業の中核となった。北朝鮮核問題に関しても、徹底的な経済制裁の実施と軍事手段の準備を唱えてきた強硬派である。
ボルトン氏は4月初頭に国家安全保障担当の大統領特別補佐官に起用された。それ以来、北朝鮮非核化も「リビア方式」で進めることを提唱してきた。リビア方式とは、2003年に米国がリビアで実施した非核化の進め方を指す。核兵器開発を進めてきたリビアの独裁者カダフィ氏に対して、米国は国内の徹底した査察による完全検証を基本としてCVID方式で非核化を進めた。リビア側の核関連の機材や施設をすべて国外に搬出し、8カ月ほどで全て破壊した。
北朝鮮はボルトン氏が提案するリビア方式に激しく反発し、ボルトン氏を「人間のクズ」とまでののしった。トランプ政権は北朝鮮側の反発に立腹し、一時は米朝首脳会談の中止を宣言した。だが結局は北側が折れて「いつでもよいから開催を」と懇願した結果、首脳会談が実現した。
「ボルトン外し」報道は、こうした経緯から出てきた。トランプ大統領が不興を示してボルトン氏を側近から遠ざけ、北朝鮮核問題でもボルトン氏を排除して、シンガポールでの米朝首脳会談にも連れていかないだろうという観測であり決めつけだった。
だが、ボルトン氏は米朝首脳会談でトランプ大統領のすぐ左隣に同席した。大統領は会談後の記者会見でもボルトン氏の名前を再三あげて、これまでも、これからも、対北朝鮮の核交渉はボルトン氏とポンぺオ国務長官に任せるという言明を繰り返した。
「ボルトン外し」報道に従えば、トランプ大統領は米朝首脳会談の直前のG7首脳会談(主要先進国サミット)でも、すでにボルトン氏を遠ざけていたはずである。ところがG7でトランプ大統領がドイツのメルケル首相と向き合って座ったとき、ボルトン氏は同大統領のすぐ背後に立っていた(下の写真)。
主要7か国(G7)首脳会議(サミット)で撮影された公式写真。ドナルド・トランプ米大統領(手前右)のすぐ後ろにジョン・ボルトン米大統領補佐官が立っている(2018年6月9日撮影)。(c)Jesco Denzel/Bundesregierung /dpa〔AFPBB News〕
要するに「ボルトン外し」報道はフェイクニュースだったのである。このフェイクニュースの出元を探っていくと、第一報はCNNの5月下旬の報道だということが分かる。CNNはその時点で「トランプ大統領の北朝鮮への対応で、ボルトン氏は脇へと外された」という報道を流していた。その「報道」を米国の多数のメディアが引用し、転電した。その情報がさらにまた日本側の主要新聞などによって流されたというわけだ。
トランプ政権はCVIDを諦めていない?
今後の非核化の行方を読むうえで、ボルトン氏が北朝鮮の非核化の協議に大統領の信を得てこれからも加わっていくことは重要な要素となる。ボルトン氏は、CVIDの熱心な主唱者である。そのボルトン氏がトランプ政権の対北朝鮮交渉チームの中心に存在していることは、トランプ政権がCVIDを決して諦めていないことの証左ともなる。この報道と現実のギャップについて、米国のメディアも日本のメディアも詳しい説明をしていない。
米朝首脳会談の評価をめぐって、米国の主要メディアは相変わらずトランプ政権を厳しく批判している。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNという“反トランプ”メディアは会談直後から「北朝鮮の非核化にCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)を明記しなかった」「共同声明は具体性に乏しい」「独裁者と対等に会い、人権問題を論じなかった」といった非難を浴びせた。
そうした非難をトランプ大統領は「フェイクメディアのいつもの無根拠の攻撃」と一蹴し、「共同声明に記した『完全な非核化』(CD)はCVIDを意味する」と反論した。マイク・ポンぺオ国務長官も「検証(V)を含まない完全な非核化などありえない」と強調する。
メディアがトランプ政権の政策を論じ、反対を唱えることは不健全ではない。だが、ニュース報道が「トランプ叩き」一色になるのは危険が伴う。結果的に誤報だった最近の「ボルトン外し」の報道も、その典型と言える。これほど明白な誤報が発信されたのだから、日本メディアも反省があってしかるべきだろう。