![](http://www.newstandard.jp.net/assets/img/report/1333/main_report_img.jpg?1463747374)
すでに5年続いているシリア紛争。
ロシアが昨年9月に武力介入してから様相が一変し、米国とロシアの間で紛争解決への協議が展開されるまでに発展した。しかし、アサド政府軍に対し反政府派には複数の武装組織が存在しており、合意に至るのは容易ではない。
その協議の中でイスラエルの政治そして軍部指導者を困惑させる情報が入った。プーチン大統領とオバマ大統領がゴラン高原をシリアに返還することで合意したというのだ。その情報は4月18日付の「DEBKAfile」紙でも報じられた。
この決定が事実であるとするならば、これまでのイスラエルの立場を保護して来た米国が、オバマ政権になってその姿勢を覆したということである。
イスラエルとシリアの間で領有権を争っているゴラン高原は戦略上において重要な地域である。1967年の第三次中東戦争でイスラエルがそこを占領したが、1974年からは両国の紛争を回避する為に国連が監視軍(UNDOF)を派遺している。自衛隊も1996年から2013年1月まで監視軍に参加した経緯がある。しかし、日本政府は治安が悪化して隊員の安全が保障できないとして自衛隊を撤退させた。
国連ではイスラエルのゴラン高原の占領は無効で、シリア領土であるという考えが固定化している。クリントンが大統領の2000年にイスラエルとシリアとの包括的交渉を試みたが、イスラエルは安全保障問題を先に解決すべきだとして交渉の進展はなかった。
次のブッシュ大統領は、シリアについて「テロ支援国家だ」として最初から交渉する意思がないことを示した。しかし、最近になって、5年続くシリア紛争を解決する為の交渉の中にゴラン高原の問題も取り上げられたのだ。
米露がゴラン高原のシリアへの返還を合意したという情報を掴んだイスラエルのネタニヤフ首相は、それまでの柔軟な姿勢から一転して「イスラエルは絶対にゴラン高原をシリアに返還しない」と強硬な構えを見せた。ゴラン高原の領有権を取り戻そうとして、ロシアとイランを味方につけるというシリアの狙いがあることを、ネタニヤフ首相は熟知しているからだ。ネタニヤフ首相の強硬な姿勢に対し、米国務省のキルビー報道官は「この領土はイスラエルに属するものではない。交渉によってゴラン高原の領有権を採決すべきだ」と述べ、さらに、「この見解は米国の民主党そして共和党の両党によって支えられてきたものだ」と苦しい説明をした(「Hispan TV」)。
イスラエルがこれまで以上にゴラン高原の領有に執着するのは、レバノンで勢力を拡大するヒズボラの脅威とともに、イランがゴラン高原に介入する姿勢を覗かせているためである。
ヒズボラはゴラン高原の北部とイスラエルと国境を接するレバノン側に勢力を張っており、シリアとイランから最新兵器を手に入れようとしている。イスラエルはゴラン高原を挟んでそれを阻止せねばらないという立場にある。
仮にシリアにロシアの強力なミサイルシステムS-300が導入されると、それがヒズボラの手に渡る可能性が充分にあると見て、イスラエルはこの地域で厳しい監視を続けている。ヒズボラは、イスラエルを中東から抹消させたいと望んでいるイランに最も忠実な武装勢力で、彼らが最新兵器を手に入れるとレバノンとゴラン高原北部からイスラエルへの攻撃が容易になるのである。
イスラエルがゴラン高原を守ろとしている理由には戦略上以外に、そこで原油が埋蔵していることが確認されたからである。油層が350メートルと厚く、一般の20-30メートルと比較して相当の埋蔵量になると見込まれている(「el Robotpescador」)。ゴラン高原にはイスラエルからの入植者が既に5万人いるとされており、イスラエル政府は彼らの安全保障にも努めねばならない立場にある。
ネタニヤフ首相はオバマ大統領とは疎遠になっており、ゴラン高原を守る為の支援は得られないと見ている。そこで、彼が選んだのは4月21日のモスクワを訪問である。プーチン大統領の理解を求める行動に出たのである。ネタニヤフ首相はこれまでモスクワを7回訪問しており、そのうち5回はプーチン大統領と会談している。
ネタニヤフ首相にとってプーチン大統領との相互理解はオバマ大統領よりも容易だとされている。ネタニヤフ首相のモスクワ訪問に米国は不快感を示したという(「RT」)。
オバマ政権はイスラエルにシリアとの和解交渉に努めている。しかし、ゴラン高原紛争の一方の当事者であるシリアが紛争中であるという事情からまともな交渉は出来ないというのがイスラエルの説明である。
オバマ大統領の中東外交はこれまでの米国のサウジ、イスラエル、エジプトを軸にした外交から、充分なる理由付けなくそれを放棄して、イランを表舞台に引き出した。それゆえに、中東の米国親派の国々の指導者の間では、オバマ大統領への信頼度は非常に薄い。この急激な米国外交の変更のつけとして、将来中東の大規模な紛争に繋がる恐れがある。