お礼だったり
お詫びだったり
相手の方にただその気持ちを伝えたいだけなのに
うまく伝わらない、もしくは
気を悪くさせてしまった、
なんて展開もあるようです。
たとえば
出先で体調が悪くなり
一緒にいた方に介抱してもらった、
なんて時。
せっかくの楽しいはずの時間を
台無しにしてしまった、
迷惑をかけてしまった、
介抱してもらって助かった、
などなどの気持ちから
まずお礼の連絡を入れたとします。
相手の方は
そんなこと気にしなくていいよ、と。
その後、
ちょっとしたギフトを
“先日のお礼”としてお送りしたところ
気にしなくていい、と言ったのに。
お礼なんていらないし、
勝手に送ってくるのはこちらの気持ちを無視してる。
送ってスッキリしたいのかもしれないけど、自己満足を押し付けられたよう。
と、
送り手の気持ちがうまく伝わらず
気を悪くさせてしまったみたいなのです。
そんなつもりで送ってないし
気軽に受け取ってくれたらいいのに。
そう思うのはあくまでも送り手の感覚に過ぎないのですね。
『感謝』や『お礼』の気持ちに
ついつい物を添えたりしたくなっちゃいますが
相手から受けた好意に対して
お返しをしたい、という心理が働くのでしょうか。
違う言い方をするならば
借りを返したくなる、みたいな?
本当にただ単に
すごく感謝してて
お礼を伝えたくて
なにか喜んでもらえそうなものも添えたくて、のつもりでしかなくても
相手によってはそれがまた
“借り“ を感じてしまうのかもしれませんね。
優しくされたら
自分も優しくしてあげたいし
助けてもらったら
自分も力になってあげたいと思う
なんていうか、
そんな“おかえし”のこころは
きっとみんなの中にあるように思いますが
そのこころを品物にのせて
となると
喜ばれる場合もあれば
かえってご迷惑になることも。
ただ、
お詫びに伺うときなんかはよく
菓子折りを持っていくイメージがあったりも。
お礼の品もお詫びの品も
こちらから一方的に送るのではなく
受け取るか受け取らないかは相手におまかせ
という形にするのが
双方にとって良いのかもしれません。
お渡ししようとする時に
きちんとこちらの気持ちも
言葉でお伝えできますからね。