もう一つ国会図書館に依頼していた、科学朝日の記事コピー「むかし昆虫少年だった」が届いた。こちらも白黒ページだったのか既にマイクロフィルムになっていたようだ。これは朝日新聞科学部記者の柏原精一さんが、科学朝日で連載されたシリーズです。色々な業界人の昆虫愛好家と対談したものである。連載終了後に「昆虫少年記」として出版もされている。柏原さんご自身も、虫仲間でもある。
この記事が本になった物は米国在の姉が現有していたようで、その目次の写真を送ってくれた。対談した昆虫少年少女のリストはさまざまで、それぞれの推し昆虫が並立された目次となっていた。やくみつるのアキレナモルフォ・泉麻人のハンミョウ・鳩山邦夫のオオウラギンヒョウモン・福井謙一のオオキンカメムシ・岡田朝雄のクジャクヤママエ・・・・といった感じで24人の方々が掲載されたようだ。今回入手したのは兄の第三回で「木曜社社長 西山保典のヒカルゲンジオオイナズマ」というものだ。写真で最初にあげられていたのは中学時代の兄が採集網を持っている北八ヶ岳でのものだった。蝶を追いかけまわっている時代だったろう。自分はまだ幼稚園の時代だった。
記事中では、標本商が大きく取り上げられた「きらきらと闇に堕ちて」での話も話されていたようだ。このミステリーでは兄も牛山という名前で登場していた。柏原さんは、テレビ化された時の配役について登場する牛山には怪優桜金造をイメージしていたようだが、最近になってわかるような気がしていた。さて、兄の推しタイトルの蝶はルソン島で見つけたオオムラサキにも匹敵する大型の美しい蝶だったそうでそれまで発見されていなかったことに興奮したらしい。棲んでいる地域によって昆虫たちは交じり種を増やしていくだろうしその地域に根差して棲みついていることから発見はしつくされていないのだろう。東南アジアの蝶を採り尽くしたのではと傍から思う質問にも、そんなのは人間の思い上がりに過ぎないと言っているのは兄の実感でもあるのだろう。きっといつもキラキラと新しい見たこともない蝶を見つける事に息をのむ瞬間を待ち望んでいるのだと思う。
記事の中で、兄が語っていたのは少年時代の採った蝶も取り逃がした蝶もその場所や場面をきらきらとした蝶を追いかけていた映像としていつまでも覚えていることだった。小学2年でスミナガシ、3年でオオムラサキ、4年でギフチョウ、アサギマダラは美ヶ原で取り逃がしたそうだ。そうした感激の記録を重ねて中学になると東京から信州までは毎週繰り出していて、現地の採集家にも顔を覚えられるほどで、むしやまちょうたろう伝説はそうした頃に兄が大人たちから言われたことだったのかもしれない。中学時代には同好会誌も編集するようになっていたとのことだ。
そんな時代に兄を知ることになったのは、筆者の柏原さんも同様だったらしい兄から郵便小包で蝶の蛹が届いて、一週遅れた手紙には「蝶の交換をしよう」と書かれていたらしい。2つ年下の柏原さんからは東京では採れない九州の蝶を送ったようだ。交換が少しつづいたらしい。やがて兄は、高校になると京浜昆虫同好会の木曜サロンに参加するようになり、情報を学び集めては国内各地に採集地を広げていき、学校の修学旅行には参加せずに同級生と台湾まで採集旅行に行ってしまうような破天荒ぶりになる。大学での研究を目指すが採集分類からみた研究を進めていくことが、教授との方向に合わずやめてしまうということだったらしい。採集仲間として共感する九州大学の白水先生もいらっしゃったのだが、実のところ兄の考える研究は世界的にみても標本商に主体があると考えていたらしい。数多く標本と対峙することで兄の考える研究が進むのだということだろう。
私の知る兄の虫仲間は総じて目が優しい人たちだという印象がある。自然を愛しているということなのだろう。博物誌の中で詩人の如く蝶の舞いに心躍らせているのだろう。兄とのハイキングで一緒になったカメラマンになった松香宏隆さんもそうだ彼は原宿に住んでいたのでよく来てくれていた。一緒に山で歩いているときも小さな子供のペースを優しく見守ってくれる視線を感じていたし、この昆虫記に挙げられている方々はみなそうだと思う。柏原さんとの対談もきっと兄にとっても幸せな時間だったのだろう。
柏原さんは、兄よりもだいぶ早く亡くなられてその時の兄の悲しみをとても深かったようだ。年下の仲間が亡くなるということは兄弟でもそうだが残されたものとしての哀しみが深くなるのだろう。
今は、冥界でかつての親友や先輩と出会い語り合える状況で自然の中で網をふるっている子供たちにも優しい視線を投げているのだと思うし、感じてもいる。
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