※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
Quiet Worldでは、防護服を脱ぐことが出来たカヲリとケン、そして、新しいボディを得たマルコに、集落の皆がそうしているように、仕事が割り当てられた。
この集落では、天才科学者ドクター柊が発明した夢のインフラ装置のおかげで電力に困ることはない。
しかし、自己免疫を高める体作りの基本は自然食として、農薬にも頼らない自給自足の暮らしを集落の全員で行うために、基本的に多くの人手が食や農業に関わる作業を行うのだった。
冬でも作付けができる野菜やくだものは結構あるし、しっかりとした温室やハウス栽培も行われている。
それでも農作物の収穫が減る冬の間は、春先などに採れた山菜やきのこ類を塩蔵や乾燥、そして発酵といった昔ながらの手法で保存食にしたものを様々な工夫を凝らして美味しく健康に食べるためのレシピとともに各人で共有されていた。
時には山に分け入り、必要な分だけの肉をいただくために、男手を中心に狩りをする。冬は鹿、やウサギ、イノシシの狩猟時期だ。
そして、冬に大事なのは納豆づくり。
およそ11月から2月頃に掛けて最適な時期となるが、博士が提唱する自然食療法で非常に重要視されているのがこの納豆のため、博士の肝いりで品質にこだわった自家製納豆づくりが行われるのである。
やることは山程あった。人手が足りない分は、柊博士と助手の宝来が開発した作業ロボットが人と一緒に作業をしていた。
その中に混ざって、マルコも百式と呼ばれる重機ロボット以外にも様々なサイズのロボット筐体をあてがわれ、器用に、いきいきと仕事をこなしていた。
ケンやカヲリは、そもそも力仕事をするという事自体がはじめてに近いので、どの作業も新鮮な驚きの連続だったが、集落の人から一つ一つ教わりながら真面目に仕事を覚えていった。
自分たちがつくった農作物や、狩りをしてきた動物たちのいのちをいただく。
新世界ではすっかり失われていたシンプルな人の暮らしの営みが、ここにはあった。
この日、ケンは温室内でほうれん草の栽培管理を任されて作業をしていると、皆から『大さん』の名で呼ばれる大きな身体をもつ小山がやってきた。
「ケンさん、ちょっといいかい?」
温室の扉からこちらを覗くように、ちょこっと顔だけ出した大きな男の姿を見たケンは作業の手をとめた。
「ああ、大さん、こんにちは!」
歩いて近づいてくるケンを見て、小山は自分の後ろにいる誰かに向かって何事かを話し、「ほれ!入れ!」といって手招きをしていた。
ケンがその様子を見ながらさらに近づいていくと、大きな体の小山の脇から小さな姿が何ともきまり悪そうに温室内へと入ってきた。
先日、ラボでマルコに鉄パイプで襲いかかった少年、コウタだった。
「ほら!なにぼさっと突っ立ってるんだ、はよ謝らんかい!」
コウタの姿に気づいてゆっくりと近づいてくるケンを、コウタはまだ見れずにいた。
「よっ!コウタくん、元気か?」
先にケンが声を掛けた。
コウタがちらりと見上げたケンの顔は笑顔だった。
その笑顔を見るなり、目をぎゅっとつぶってコウタはその場で頭を下げた。
そして、震える声を絞り出す。
「・・・ご、ごめんなさい!ほんとに、すみませんでした・・・!」
数秒そのままの姿勢でいるコウタの背中を、小山が大きな手でパンパンとはたく。
「ケンさん、コウタが謝りたって言うからね、つれてきたんだ」
そう言いながら、ケンとアイコンタクトをとるように目を合わせてきた大きな男の目尻のシワが寄った優しそうな瞳を見てケンは、小さくうなずいた。
「じゃ、俺も仕事があるんでね」といって出ていった小山の後ろ盾をなくして、ますます小さく頭を下げつづけるコウタの姿に向かって、ケンは声をかける。
「うん、わかった、もういいよ、コウタくん」
コウタの肩は震えていた。泣いているのかもしれない。
「・・・ごめんなさい・・・」
もう一度、小さな小さな声がケンの耳に聴こえた。
ケンは近づき、その小さな肩に手をそっとおいた。
「ちょうどよかった、コウタくん手伝ってよ、俺まだここの仕事慣れなくってね」
そう言われて、やっと頭を上げたコウタの目から、きれいな涙の粒がぽろりとぽろりと落ちた。
その涙を腕で拭いながらコウタは「うん」とうなずき、小さな声でケンよりも先に「ありがとう」と言った。
・・・つづく
主題歌 『Quiet World』
うたのほし
作詞・作曲 : shishy
唄:はな