※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユリと博士は特別監視室のオペレーターであるスタッフの一人に話しかけ、状況の経過を確認しているようだ。
その間、カヲリはガラスの向こうにいる若者の姿をじっと見ていた。
とても綺麗な顔立ちをしている”彼”はどこまでも涼し気な表情だ。
涼しすぎる、そんな風にも思った。
自分がケンとマルコと一緒に、やっとの思いでこのQuiet Worldに辿り着いたあの日のことを思い返す。
自分たちも最初は同じようにこの特別監視室でガラス越しに住人たちと顔を合わせた。
その時は、こんな風に余裕をもって構えてなんかいられなかったし、何しろバイクに乗っていたとはいえ、本当にたどり着けるのか分からない中で長い旅路を急いで移動していたため、すっかり疲れ切っていた。
どうやったらこんな風に泰然と構えていられるのだろう。しかも、見る限り自分よりいくつも年下のようであるのに。
そんな風に思いを巡らせているカヲリの視線に気がついて、ガラスの向こうの彼がカヲリを見て微笑んだ。
カヲリは不意を突かれたように一歩下がり、すぐ横にいたケンの影に半身を隠す形になった。
「なんだか随分と涼しげな様子だなあ」カヲリと全く同じことを考えていたようにケンもつぶやく。
「おーい、マルコ」
声をかけられたマルコが博士のもとに近づく。
マルコに何やら話をしたあと、博士はユリと目を合わせて頷き、オペレータースタッフに向かって言った。
「よし、じゃあ、こちらの音声を向こうさんにつないでくれ」
ピッという電子音が鳴ると、ガラスの向こうの彼もそれに気がついて、ようやくか、といった感じで伸びをする。
「ようこそ、Quiet Worldのことを知っているようだね。まずはおまえさんの名前から聞かせてくれるかい?」
『・・・こんばんは、僕の名前はレイ。阿久津レイと言います』
彼は礼儀正しく軽く頭を下げながらそう名乗った。
「レイくんだね。よろしく。私の名前は・・・」
博士が自己紹介しようとしたところで、レイはすかさず口をはさむ。
『柊(ひいらぎ)博士、ですよね。お目にかかれて光栄です』
その言葉を聞いて、特別監視室に集まったQuiet Worldの住人達の間に緊張が走った。
宇宙災害と人類の自己免疫疾患の真相に迫った柊博士の名と、その存在は新世界では事実上抹消されているに等しい。
博士が過去に発信した、真実を語るいかなる論文も新世界からはアクセスできないことを、ここにいる皆が知っていた。それどころか、その存在の形跡がデジタルフットプリント含めて全て消し去られているということも。
もし博士を知る者がいるとすれば、それは実際に知り合った事がある旧知の間柄の人間か、よほど科学に明るい博識な人間。
もしくは…博士を危険視して無き者にしようと考える側の人間だけだ。
前者に、このような若者はまずいない。
『心配しないでください。少なくとも、僕はあなたの”敵”ではありません』
ガラス越しにこちらの緊張が伝わったのか。それとも、予め想定していた反応だったのか。すぐにレイは付け加えた。
「…なるほど。こうなったら、話は早いのう」
周りの誰もが状況を飲み込めずに戸惑っているのをよそに、博士はどこか興味津々といった感じた。顎に手でさすり、目が爛としている。
「じゃあ、まず先に一つだけ聞きたいのだが、答えてくれるかな?」
博士がそう言うと、すぐに『どうぞ』と返事が響く。
「今ここでお前さんを生体スキャンにかける意味はあるかね?」
レイは、静かに微笑むと満足そうにうなずきながら応える。
『いいえ。それによって得られる防疫上に有益な情報はほとんどないでしょう』
それを聞き、博士はマルコに視線を送る。
するとマルコは空中でくるりと回って言った。
『95%の確率です。まずマチガイは無いでしょう』
その言葉を聞いた博士は、改めて驚きを込めてレイに向かって言った。
「これほど完全なヒューマノイドは見たことがない。本当にはじめてお目にかかるよ、レイくん…」
博士から出た言葉に、皆耳を疑うように顔を見合わせ、一斉にガラスの向こうのレイを見た。
レイは微笑みを崩さずに、胸に手をあて、一同に向かって優雅な仕草で頭をさげた。
・・・つづく。
主題歌 『Quiet World』
うたのほし
作詞・作曲 : shishy
唄:はな