※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
コーディネートロボットのマルコに先導され地下街B8Fのメインストリートを歩いて程なく、カヲリはFood Marcheと いう大きなファサードサインが掲げられた食品売り場に辿り着いた。いつも買い出しに来るショップだ。店内はそれほど人が居ない。コロニー内の住民はわざわざショップに買物を楽しみにやってくるか、宅配ロボットに自室までデリバリーで持ってきてもらうかを選べる。大抵の人はデリバリーを選ぶので、ショップといってもどちらかというとストックヤードといっても良いくらいだった。
マルコに聞かれて欲しいものがどんなものかを答えると、あれやこれやと選択肢を提示してくれる上に、その時の気分や好みを伝えると一番のお薦め商品を選んでくれる。
『カヲリさんの最近のヘルスデータが私のメモリーにはないのですが、最近食事バランスの偏りは気になっていませんか?』
マルコはそうやって時にお世話好きの寮母のようなことを尋ねてきたりする。これらも、コロニー内の住人が相手であれば全ての生活行動がデータとなって蓄積しているので、言わなくてもあれやこれやと健康状態や好みに合わせたレコメンドができるのだった。
「栄養バランスには正直自信ないな・・・」そんなやりとりをしながらテキパキと買うもの・・・いや、貰ものを決めていく。
『沢山の荷物になりますが、コロニー街への配達はセキュリティの問題上残念ながら出来ない決まりになっています。いつも通りに自動追従型カーゴロボットを手配しておきますので、ご自宅まではご自身で先導してくださいね』
「うん。そうして」カヲリも手慣れていた。およそ3週間から多くて1ヶ月分の食量を一気に買い出しするが、それらの荷物は自分の乗るバイクに自動で追従して走るいわゆる自動運転車両を貸してもらえるので運ぶことはできた。カーゴロボットといわれているその車両は来た道をそのまま帰っていく仕組みだ。
宇宙災害の際に世界のあらゆる通信手段が断たれたが、今はもう当然コロニーの内部では通信インフラは完璧に普及しているし、旧世界の時よりそれは格段に進化している。しかし、外の世界は有線の電気、電話ライン、かろうじて無線はテレビ放送網しか復旧していない。情報通信網が断たれたままなのだ。その状況は何年経っても変わらなかった。
有志による臨時の技術支援団体という立ち位置から、既に世界政府の中枢とも言えるようになったテクノロジスト集団「ノア」は、公式見解で次のようにいっていた。”開発リソースをコロニーに集約しているため外の世界にまで手が回らない”と。そんなのは建前であることは誰もが判っていた。わざとそうしているのだろうと。人々を中枢地区のコロニーで管理しやすいようになんだかんだと移住を進めたいのだ。
コロニーで暮らす人々と比べると様々な不便を強いられる外の世界の住人としては、このコロニー内の生活が本当にうらやましくも思う。しかし、それでも超管理社会の中で生きる息苦しさへの嫌悪というか面倒くささというものが勝っているから、変人扱いされながら不便な暮らしを選んでいるのだった。それに、いくら不便とは言え、食料や着るものをはじめ、生きるために必要なモノは全て無償で手に入る。
ロボットであるマルコは人と違って、何故外に住むのか、コロニー内に知り合いはいないのか、等といった個人のプライバシーに関わる部分を根掘り葉掘り聞いてこない点で、気楽に話せる相手ともいえる。彼らAIロボットたちこそ、中枢のコロニーのコアとも呼べるマザーコンピューターに直結した一つの端末に他ならないのだが。
『カヲリ、次は何が欲しいですか?』
マルコは親しみを込めてカヲリと呼び捨てで話しかけるようになった。といってもカヲリ自身がそれをマルコにオーダーしたからだった。AIロボットはこちらの希望を言えば、忠実にそれを受け入れ、演じてくれるのだった。どこまでがプログラムで、どこからが知性なのか、普通に話している以上はもう判別がつかない。
「そうだね、じゃあ・・・」そこまで言いかけた時、横からカヲリの名を呼ぶ、もう一つの声が響いた。その声はマルコの可愛らしいキャラ声とは異なる男の声だった。
「カヲリ!?・・・あ!カヲリじゃないか!」
・・・つづく
主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy