DESTINY 1
目の前に差し出された小振りな手に、黒崎一護は面食らった。
今日は尸魂界へと、正式な死神代行として義務付けされた、定期報告にやってきたのだ。
これは、護廷十三隊の隊長の、総隊長が兼任する一番隊を除いた持ち回りとなっているため、今回の当番となっている十三番隊隊長の、浮竹十四郎の元へと報告書を持っていったところで、まだ平隊員に留まっている朽木ルキアに捕まった。
いきなり何も言わずに、ぬっと手を出され、思わず眉間の皺を倍増させてルキアを見る。
クラスメイトだった井上織姫のせいだけではないだろうが、変に偏りまくった現世知識を手に入れては、しょっちゅう奇天烈な行動に走っていたので、ついこうした唐突なリアクションに警戒する癖が、悲しいかなついてしまっていた。
「……なんだよ」
しばしの沈黙の後、雨乾堂へ続く廊下のど真ん中での睨み合い(?)に、いつ誰に目撃されるともわからず、つい根負けして一護が尋ねれば、ルキアは何を言っているのだといわんばかりに目を見張った。
「今日は一月十四日だ」
無い胸を張られ、一護は何を今さらとうなずいた。
「そうだな。そんで日曜日だ」
現世で本日は日曜日で、公に休日であり、だからこそこうして報告に来ているのだ。
一護の定期報告は、二週間に一回、倒した虚の数や、現世で何か霊的に変化が起きていないかなどを、A4の用紙に、縦書きに行書でプリントアウトした報告書を、学校が休みの土曜日か日曜日にもっていくと決まっている。
現代っ子のわりに、あまりパソコンやインターネットに興味を示さなかった一護だが、報告書を作成するにあたって、パソコンのフォント機能には感謝の念がたえなかった。
さすがに文全体を旧字体にするのは、知識が追いつかなくて無理だったが、クリック一つで楷書も行書も思うがままというのは、非常にありがたい。
おかげで、報告書を書かなければならない一護と、目を通さなければならない隊長達の苦労は、かなり軽減されたといっても過言ではなかった。
やはり、文明の利器は偉大である。
「今日は、私の誕生日なのだ」
やけに大きな態度でそう威張られ、一護はそうかよと、例によって半分聞き流しかけてから、は?とその琥珀色の目を見開く。
「だから、プレゼントをよこせ」
いや、誕生日云々以前に、人から物をもらおうってのに、その態度は無いだろうと思いながら、驚きのあまり、ついうっかり口を滑らせてしまった。
「お前らって、数えで年数えるんじゃねぇの?」
その途端。
ルキアの笑顔が音をたてて凍りつき、二人の間に、暖冬とはいえ、さすがに冷たい一月の風が吹きぬけ。
十三番隊詰所に、よくわからない破壊音が轟きわたった。
「……ま、てめぇがそう思うのも無理ねぇから、安心しろ」
ずきずきと、でっかい瘤のできた萱草色の頭を押さえている一護に、水で濡らした手ぬぐいを渡してやりながら、少々気の毒そうに六番隊副隊長、阿散井恋次は慰めた。
そうは言われても、なんとも納得できない表情で黙ったまま、一護はそれを頭にのせて瘤を冷やした。
なぜ、いきなり誕生日だとプレゼントを強請られた上に、懇親の一撃をくらわねばならないのか。
いや、斬魄刀が常時携帯でなくてよかったというべきか。
でなければ、あのなんたらとか言う破面の二の舞となるところだった。
しこたまルキアにぶん殴られて昏倒しかけたところを、同じく十三番隊に用事で来ていた恋次に発見され、担ぎ込まれたのはここ、六番隊の執務室である。
隊長の朽木白哉は所用で席をはずし、終業まで帰ってこないかもしれないとのことなので、他に誰もいないのも、この体たらくではありがたかった。
実際、流魂街では数え年を使う。
数え年は、生まれた年を一年目として、正月が来る度に、誰もが一つずつ年を取っていくという数え方をするので、誕生日というものは存在しない。
流魂街では、大多数が誕生日などとても祝えるような生活はしていないので、そんな慣習があるのは、貴族と死神が住まうこの瀞霊廷の中だけである。
真央霊術院に、流魂街出身者が入学する場合、一番最初に直面する問題が、書類に書き込むこの誕生日だったりするわけで、中には現世での命日を、生まれ変わったのだと称して書く物好きも結構いるという話だ。
現世だって、ほんの三十年くらい前までは、満ではわからないが、数えでなら年が言えるというお年寄りが、たくさんいた。
だから、一護がそう誤解したのも無理はないし、元旦に知り合いの死神全員を、個別に祝わえるわけもないので、あえて聞かないでいたのだが。
まさかそれが徒になるとは思わなかった。
「そんじゃ、恋次も誕生日あるわけか……」
複雑そうに一護が聞くと、恋次は微妙な顔つきになって、頬をかいた。
「まあ……一応な」
「いつだ」
間髪いれずに想像通りの言葉が、なぜか凄みをきかされてとんできて、恋次は詰まる。
またしても、墓穴を掘ったらしい。
「……八月三十一日だ」
びりびりする霊圧に突かれて白状すると、奇妙な間があいた。
「あー……そりゃあ……ちょっと微妙か。悪ぃ」
なにせ、ルキアの救出と、藍染達の裏切りが錯綜した一件に、とりあえず決着がついたのが八月も半ばだったのだから、言い方も微妙だ。
尸魂界から帰る日、死神代行戦闘許可証は与えられたものの、定期報告の義務が課せられるようになったのは、バウント騒動の終結後、秋風が身に沁みるようになってからで、その頃は今ほど自由に尸魂界に行けるようになるとは思ってもいなかった。
それに恋次は、軽く気にするなと手を振った。
「かまわねぇよ。本当の誕生日なんか知らねぇし、俺は適当に日付を書いた口だから、自分でも忘れちまうくらいだしな。ルキアが変わってんだよ」
第一恋次でももう、百歳は越えているのだ。もっと年上の貴族生まれの死神だとて、いいかげん失念してしまっている者もいるし、特に祝われたいとも思わないだろう。
一護達現世の人間のように、百年余りの寿命という限られた時間の中を、一生懸命に生き、駆け抜けての、一年に一度の誕生日なら、その意味合いは大きいだろうが、はるかに長い時間を過ごす自分達にとって、一年に一度は頻繁すぎる。
むしろ、さらに忘れそうだが、十年に一度でも十分だ。
「今年は、忘れずに祝ってやるからな」
これもまた予想通り、なんだか意固地になった口調で宣言され、恋次は軽く肩をすくめた。
「てめぇがやりてぇってんなら、止めねぇさ。……ただ、無理すんなよ。その調子で護廷中の死神祝ってたら、てめえの方がもたねぇぞ」
なにせその人柄で、これでもかとばかりに、好かれまくっている一護である。
知り合いだけでも結構な数にのぼるし、だからといって限定すると、万が一選定から外れた場合、拗ねる者まで出てくるのが如実に予想されて厄介だ。
恋次に諭され、一護はしばらく迷った挙句、素直にうなずくことにした。
こういう時、恋次は自分よりはるかに長く生きているのだと実感する。
一護は十六歳だ。
毎年誕生日が来て年を重ね、大人になっていくのを祝ってもらえるのがうれしい年代である。
だから、もう誕生日なんていう年齢じゃない、という気持ちが正直よくわからない。
でも、祝われれば自分はうれしいし、やはり死神達にはいろいろ世話になったし、世話もかけたので、何かお返しはしたいと、ずっと思っていた。
しかし、それなりに良識を持った死神達からの言い分にすれば、世話になったのも、世話をかけたのも、明らかに自分達の方だと、反論するだろう。
「そういや、てめぇはいつなんだ?」
聞かれた上に、祝ってくれるとまで言ってもらったのだから聞き返すと、さんきゅという礼と共に、ぬるまったくなった手ぬぐいも返ってきた。
「七月十五日」
近いんだなと言いかけて、首を傾げる。
去年のその頃、ルキアはまだ、現世にいたはずだが。
「……去年の誕生日は、ルキアに祝ってもらったのか?」
これまた、なんとも微妙な気分で尋ねると、一護は片眉を跳ね上げた。
「ああ?んなわけねぇだろ。あいつ、俺が代わりに退治した、虚の追加給金で生活してたんだぞ」
しかも、住まいは一護の部屋の押入れ、食事も学校での昼食以外は、黒崎家の食事にたかっていたのだ。
まあ当初は、一護が死神業に慣れていなかったこともあり、かなりきつかったようだが、倒せなかったとはいえ、グランドフィッシャーに再起が難しいほどの傷を負わせたことで、かなりの額が手に入ったらしい。
もっとも、現世の金に換金するのも、浦原の裏ルートに頼らなければならなかったので、その法外なレートに、一時両者は、かなり険悪な状況に陥っていた。
聞いたところによると、尸魂界の正式なルートでも、現世の貨幣の入手の困難さから、換金レートはかなり高額なのそうだ。
「なんだよ、あいつは……。そのくせ、自分の時は祝えってか?ちゃっかりしてやがるぜ……」
確かに昔から、不器用なわりに、妙なところで要領はよかった。
ぼやく恋次に、一護も苦笑いした。
「さすがに今日中は無理だけど、来週までになんか見繕っておくさ」
だいたい、当日に言い出してプレゼント強請る方も強請る方なのだから、無視しておけばいいものを、それができない時点で、相当なお人よし決定であろう。
だからこそ心配にもなる。
最大の狢と狐は尸魂界を去ったが、ここにはまだまだ海千山千の連中がごろごろ、てぐすね引いている。
一護に警戒心がないわけではなかろうが、そんな連中から見れば、たった十六年しか生きていない少年を謀ることなど、赤子の手を捻るよりたやすくはずだ。
それでひどく傷つけられて、泣くようなことにならなければいいがと、ついつい老婆心が出てしまう。
こういう辺り恋次も、人のことの言えないお人よしである。
「それで……その……」
いきなり口ごもった一護に、恋次は目を瞬かせた。
何か聞きたいようなのだが、視線が泳ぎ、もごもごと言葉が口の中で躊躇してしまっていて、意味不明だ。
「なんだぁ?」
どこまでが刺青なのかわからない眉をひそめてから、ああ、と遅まきながらも察する。
こんなにバレバレなのに、なんで当人は気が付かないのかと思う。
「一月三十一日だ」
急に断言され、一護はぱっと目を上げた。
その色素の薄い、霊圧と一緒のきれいに透き通った瞳に、いぶかしさと不安がせめぎあっているのが見える。
「朽木隊長の誕生日だよ」
恋次がそう告げた途端、わかりやすいほど、一護の顔が真っ赤になった。
そりゃあもう、どう思っているかなんて、一目瞭然なほど。
白哉の気持ちの方は、さすがにわからなかったが、それでも、遠慮がちにまとわり付くこの子供を邪険に扱わないところからして、憎からずは思っているはずだ。
「……まだ、気持ちは伝えてねぇ……はな、その様子じゃ」
口もきけないほど、さらに増した赤みは、耳どころか全身にも及んでいるようで、恋次はいきなりあほらしくなった。
自分も、目の前で茹蛸になっている人物に対し、淡い気持ちを抱いていた時もあったのだが、こうも全身で雄弁に主張されては、すっぱりあきらめて、がんばれというしかないではないか。
「ま、がんばれや」
玉砕しても、慰めてやるよという台詞は、胸の内に隠して激励してやれば。
ほんとに蚊の鳴くような声で、さんきゅ、れんじ、と返ってきて。
そのあまりのかわいさに、その萱草色を撫でくりまわしてやりたくなった手は、そういえば瘤があるんだったけと、所在無げに下ろされた。
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