SWORD中央ラボ分室

『アストロミゼット』HPブログ出張版
自企画の紹介が主ですが「小サイズ可動フィギュア」の可能性も広く研究しています。

【ノベル】『覚醒する夜』・6

2008-09-19 00:07:02 | Novel
展示室の棚と棚の間を、何か小さな物体が走り抜ける。
最初はネズミか何かではないかとアイコは思ったが、それが床から30㎝ばかりの空中に浮いて移動していることに気付いて慄然とする。
その影の移動に伴い、声はその都度部屋のいたる所から聞こえてくるのだ。
 「このまま素直に帰ってくれるのであれば出口まで案内しよう。だがこの屋敷のことは知られて欲しくはないので勿論今日ここであったことは口外しないでもらうがね…」
テツヤはヨーヨーを取り出すと油断なく目の前で構えた。
 「じょ…冗談じゃねぇぞ!ここまで来てスゴスゴ帰れるかってんだ!まして正体もわからない奴に脅されてなんて、まっぴら御免だね!」
テツヤは声の方向に向けヨーヨーを放つ。一瞬白い影が掻き消え、ヨーヨーは手応えなく手元に戻ってきた。
また別の場所から何者かの嘆息が聞こえてくる。
 「…本当に、困ったな。別に脅すつもりは無いのだがな…」
いかにも困惑した様子の声には、確かに一見敵意は感じられないようにも感じられる。そこに交渉の余地があるのではないかと見て取ったアイコは宙に呼びかけた。
 「私達、幽霊屋敷の噂を確かめに来ただけなの!勝手に入ったのは謝るけど、何で秘密にしなきゃいけないの?せめてそれは教えてよ!」
 「…君達には悪いが、それもできない」
いつの間に移動したのか声はまた別の場所から聞こえてきた。テツヤは再び声に向かってヨーヨーを放つが、やはり手応えは得られない。
 「でも…!」
 「アイコっ!もぉー、いいっ!」
それでも食い下がろうとするアイコをテツヤが押し止める。
 「無駄だ!にゃろぉ、子供だと思って強く出てやがる!」
 「譲歩は、してくれそうもないようだね…」
テツヤの背中でギイチがプロポを取り出していた。
ラジコンのジャイロプレーンがこの場合何の役に立つのかはわからないが、装備を無くした今のギイチにとってはこれが唯一の、だが最も信頼できる「武器」だからだ。
 「そっちがその気なら、こっちは断固秘密を暴いてやる!」
 「…仕方がない…少し怖い思いをしてもらおうか…」
それが最後通告を表すかのように一段落ちたトーンの声が室内に響き渡る。
一瞬の沈黙が周囲を支配しかけた後、急に握りこぶし大の「何か」が飛び出してきた。
それはアイコの鼻先をかすめ、一直線にテツヤに向かってくる。
飛び込むように床に転げてテツヤが避けると、その影は対岸の棚の影に身を沈めた。
 「…ってやんでぇ!簡単に追っ払えると思うな!」
テツヤはヨーヨーを構えなおすとギイチに振り返る。
 「ギイチっ!ラジコンを空中で回転させてくれ!」
 「うんっ、わかった!」
指示に何故?を挿まず、ギイチはジャイロプレーンを上昇させると頭上でできる限り高速で横スピンさせる。
三枚のローターで安定した飛行が可能なジャイロプレーンとはいえ、空中で失速しないよう、その場でスピンを維持するのは決して容易なテクニックではない。ギイチは微妙なダイヤル操作でその状態をキープし続けていた。
ジャイロプレーンのハイビームが周囲の影を立体的に浮かび上がらせる。
一定のリズムを刻んで明滅する光の乱舞の中で、テツヤは一瞬別の動きをする影を捉えた…!
 「そこだぁ!」
バックストロークで放たれたヨーヨーはストリングに確かな手応えを伝える。
弾き出された影は明確な意思を持った動きでジャイロプレーンに向かって飛び上がる。
これを撃墜し光源を奪うことで戦力の無力化を図る気だ…が、その一手先を読んでいた人間がいち早く行動を起こしていた。
 「この…!」
次の瞬間、影の眼前で閃光が放たれる。
 「!?」
身を投げるようにして飛び出したアイコがカメラ外付けのストロボを焚いたのだ。と、同時にファインダーに人間型のシルエットが焼きつく。
眩いハレーションに包まれて、ほんの一瞬であったが影は自らの戦略とは逆にその視界を奪われてしまっていた。
その一瞬をテツヤは逃さず、放ったヨーヨーのストリングを横に薙ぐ。
凧糸のストリングは影を袈裟懸けにし、ディスクが分銅となって巻き付き絡んだ。
…油断した、だがこの程度の朽ち縄、引き千切るのは造作もない…。
すぐに冷静さを取り戻した影は体勢を立て直すべく、両腕に力を込めた…が、どうしたことか、体から力が抜けてゆく。おまけに「宙に浮く力」さえ消えたことによって、影はヨーヨーの重さに引き落とされるがまま床に落下した。
 「捕まえたぜぇ!こんちくしょぉ!!」
 「え?何これぇ!?」
 「これが…幽霊の正体?」
捕らえた「影」を認めて思わず声を上げるアイコとギイチ。
今まで四人が戦っていた「影」の正体…、それは身長10cm強の人間…小人であったのだ。
その姿かたちは一見すると人間とは変わらなかったが、それが生身なのか鎧なのか、身体はまるで金属のように真鍮色に輝いている。見ようによってはロボットかサイボーグだ。
落下の勢い余ってぶつけた肩で床が砕けているのを見る限り、相当それが硬い物質でできていることがうかがい知れる。
真っ先に駆け寄ったテツヤは駄目押しとばかりに予備のストリングで小人をぐるぐる巻きにしていた。
 「どぉだ、もう逃げられねぇだろ!」
 「…?どういうことだ、一体何をした?」
些か面食らった感じで、小人は解くこと叶わぬ戒めにもがく。
 「見てわかんねぇかよ。お前は捕まったんだよ!」
そういう意味で言ったのではない。
なぜこんな凧糸で自分を拘束できるのか、「彼」には理解できなかったのだ。今「彼」を拘束している子供たちには知る由もないことであろうが、「彼」の力を持ってすればたとえ頑丈な鋼線のワイヤーであってもその自由を奪うことなど不可能なはずである。

…万にでも一つ、そういう真似が出来る可能性があるとしたら…。

 「…まぁ、そんなことは良いか、確かに不覚を取ったのは事実だからな。先程写真にも撮られてしまったし、何より真っ先にこの部屋を見られてしまったのではな…」
観念したか、小人は四人の顔を仰ぎ渡した。
 「いいだろう、勝者の権利だ。この屋敷のことを話してあげよう。代わりに私も君達に聞きたいことがある…」




屋敷に潜入してからどのくらい時間がたったのだろうか?
ジャイロプレーンに取り付けたハイビームの電池が切れかかってきた事に気付いたギイチは、ようやく部屋の照明を探し出してスイッチを入れてきた。
相変わらず簀巻き状態の小人はそのまま床に胡坐をかいてぽつぽつと語り始めた。
 「私の名はロック。和錠のミゼットだ」
 「み…ぜっと…?」
 「それは何?」
 「最初から順序だてて説明してゆこう。君達は『つくも神』というのを知っているかい?」
テツヤとアイコは首を傾げるが、ギイチは小さい頃そんな話を聞いたことがある。
 「えっ…と、勿体無いお化けとか、からかさお化けとか…のことですよね?」
 「そうだ、年代を経た物品に魂が宿る…という、あれだ。私達ミゼットは人間の思念が込められた物品から誕生する、いわばその物品の精霊のようなものだ」
 「え…それじゃ、あなたって妖怪なの?」
 「…。そう言われてしまうと否定し切れないから困るのだが…」
ロックが苦笑する。自分たちが恐らくは世間で云われている様な魑魅魍魎の類ではなく、もっと科学的な存在であることは自覚しているのだが彼自身、自分が「何もの」であるのかに関して決して明確な答えを持っているわけではない。
 「この屋敷はそうしたミゼットが眠っている物品を保管している。そして私は昔からここの管理をしているんだ」
 「…じゃあ、ここに置いてある物は…」
 「私のパートナー…あぁ、まぁ人間の、主人の様なものだが…、彼が生前に各地で回収してきたものだ」
一同が周囲を見渡した。見かけこそ古び、どれもそこかしこが破損しているが、言われてみればどれも大切に扱われていたように見受けられる。ギイチは一瞬、扉の脇の仏頭と目が合ったような気がしてどきりとした。
 「そう、この部屋に陳列してある物品は全て過去の持ち主によって、何らかの『想い』が込められ、ミゼットの生命が芽生えた『母体』なのだ。これら全てにミゼットが眠っている」
 「へぇ…、別にお宝隠してたんじゃなかったんだ」
 「でも、何で秘密にして保管なんてするの?」
 「そうだね、何か人目に触れちゃいけない理由でもあるの?」
 「さっきも言ったとおり、ミゼットは人の『想い』が込められた物品から生まれる。目覚める前のミゼットの母体は人の想念の影響を受けやすいのだ。だが、人間の想念は常に清らかなものばかりとは限らない。憎しみ、妬み、奢り…人間の心には『負』の感情も潜んでいる。そうした『負の想念』もまたミゼットを目覚めさせる『トリガー』となることが出来るのだ…」
つぃと、視線を落としたロックの瞳に悲しい光がよぎる。
 「…そして『負の想念』で蘇ったミゼットは、その心を反映して凶悪化し、事件や災害を引き起こす悪しきミゼット…『異常形態』となるんだ」
 「それって…ようするに悪い奴になっちまうってことか…?」
テツヤがごくり、と喉を鳴らす。話の細かいところはわからないがその要点は理解できる。要はこのロックのような、小さいのにとんでもない力を持っている奴が、悪意を持ってしまう…ということだ。
そんなものがもしこの社会で人知れず存在しているとしたら…それこそ世の中どんな事件が起こるかわかったものじゃあない。
 「なるほど、それで…」
 「…危険、だってことですよね?」
 「君たちは、もう下の階も見たのだろう?あそこにはそうした人間の『負の想念』を既に受けてしまった母体が保管されているんだ」
 「異常形態…あの下の階の物が全部…そうなの?」
テツヤは階下の部屋を埋め尽くす様々な所蔵品を思い出した。部屋に踏み込んだ時の、あの重苦しい嫌な感覚を…。
 「おい…それって、ヤバいじゃねぇか…?」
 「心配ない。異常形態とて覚醒していなければ、それはただの物品に過ぎない」
このままならば…と付け加えて、一息ついてからロックは解説を続ける。
 「だがいつ、誰の心がトリガーとなって異常形態が誕生するかわからない。また、この階の物品も人間の社会に晒されればどんな影響を受けるか想像もつかない。邪な心を持った者が手にすれば、これらの健常な母体も異常形態化しないとは断言できないからね。だから主人亡き後もこうして人目に触れない場所で、そうした物品を集めて保管していたんだ」
最後はまるで独白のようであった。
ロックのそうした日々が決して本来望むものではなかったものではなかったことは彼の一語一句からも伝わってくる。
重苦しい沈黙が漂い、ようやくギイチが言葉を搾り出すまでには少しの時間が必要だった。
 「そうだったんだ…」
とんでもなく現実離れした話である。こんな場でなかったなら一笑に付されても仕方がないことだろう。
だが眼前…否、足元の小さな存在はその何よりの証拠であり、その話も嘘偽りは感じられない。
先刻から威嚇半分に両腕を組んでいたテツヤは解いた腕を腰に据えて大きな溜め息をついた。
 「そうだよな…。もしかしたら世の中って、良い人間よっか悪い人間の方がよっぽど沢山いるかも知れないモンな…」
 「世の中あんたみたいに単純な人間ばかりじゃないのよ。本当は心優しい人間だってちょっとしたことで曲がっちゃうんだから」
善悪二極論で済むならことは簡単であろうが、人の心はそうは簡単ではない…テツヤをからかって場を和ませるつもりで口にした言葉だったが、その本質に気付いてアイコはかえって遣る瀬無くなってしまった。
 「さて、今度は私の質問に答えてくれないか?君たちは一体どうやってここまで来れたんだ?」
 「え?」
 「ミゼットの宿った母体を守るため、この屋敷の周辺の森には人が近づけないよう結界が張り巡らせてあったはずだ。」
 「結界?」
 「そうだ、制限を外された人間でない限り、この森の迷路に迷い込みここまでたどり着けない筈だ…。君たちは一体どうやって、この結界の中に踏み入って来れたんだ?」

 ……。

 「…『迷いの森』…!あなたがやっていたの?」
 「ミゼットって、そんな魔法が使えるの!?」
 「神隠しはテメェの仕業だったのか…!行方不明の人達どこにやったぁ!」
テツヤたちは三者三様の反応を示してロックに詰め寄る。ロックは几帳面にもその全ての問いに答えを返した。
 「結界は私ではなく、かつて私の仲間が施したものだ、勿論現在も機能してはいるがな。そして、そうした現象を始め、ミゼットはその母体を反映した特殊能力を行使することが出来る。更に補足しておくならば、この結界は人の方向感覚を狂わせてもと来た道に誘導するだけのもの、人を行方不明にさせることは出来ない」
 「へっ…?それじゃあ神隠しの噂って…」
 「バカねぇ。それはオカルト記事お決まりの捏造だってば、ネツゾー!」
ここぞとばかりにアイコがテツヤを小突き回す。
 「え…あ、そうなんだ…疑って、ゴメン…」
目を点にして為すがままメッタ打ちのテツヤは毒気を抜かれたようにこくん、と首を垂れる。
 「…面白いな、君たちは」
さっきまで激昂していた少年のあまりの落差にロックは忍び笑いを漏らしていた。
 「あの…ロック…さん?僕達は噂で聞いた抜け道でここまで来れたんです。もしかしたらその人はここの秘密の道を知っていた…、なんてことはないですか?」
 「…いや、ルートは関係ないよ。…そうか、知らないとなると何らかの原因で結界が一時的に破られたか。…だが『ワカサレ』の結界をショートさせるにはよほど強力なエネルギーをエリア内で発生させないと…」
 「…あの~…、言ってることが良く解らないんだけど…」
思案に暮れていたロックは、呆気にとられているテツヤ達に目を戻した。
 「いや、何でもない。どうやら君達には関係のない話のようだ…。さて、これで気が済んだだろうか?君たちさえここの秘密を守ってくれるのならば、元来た所まで安全に送ってゆこうと思うのだが…どうだろう?」
 「…もし、ここの事誰かにバラす…って、言ったら?」
含みのある面持ちで迫るテツヤに、ロックは肩を聳やかした。
 「ならば残りの一生をここで過ごしてもらおう…と、言いたいところだが、私もそこまで性悪には生まれなかったらしい。まぁ、誠心誠意を込めて説得するつもりだ」
 「あんたは余計な事言わなくていいの!」
慌ててアイコが割り入ってテツヤの耳をつまみ上げる。
 「あ痛たたたぁ!嘘、嘘っ!言うわけねぇだろ!」
 「よく解ったわ、ロックさん。約束する、私たちここの事は誰にも言わない」
 「…有難う」
 「ほら、テツヤ!そうと決まったらロックさんの戒め解いてあげなさいって!」
 「お…、おぅ…」
そういえばずっとロックを縛り上げたままだったことを思い出したテツヤはすぐにストリングを解きにかかる。

階下で凄まじい咆哮が聞こえてきたのはその時であった…!

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