路線バスは延々坂を登り続け、更に山奥へと入り込んでゆく。
山肌をえぐって開通させたスカイライン沿いには、すでに針葉樹林と疎らに点在する民家が見られるだけとなっていた。
ここまで来ると路線には特定の停留所が存在しない。乗客は希望の場所で降車ブザーを押して其処までの区間料金を払って下車するのである。
四人は周囲に何も無い、蛇のようにうねる九十九折の坂の中ほどで下車した。
テツヤはバスが通り過ぎた後まるで車が通る気配の無い細い道路を渡ると形ばかりのガードレールを乗り越え、車道から少し離れた切り立った斜面に挟まれた林道にぐいぐい入り込んでゆく。
あっけに取られてその様子を伺っていた三人を、慌てて引き返してきたテツヤが呼びつけた。
「あにボーッと突っ立ってんだぇ!お前ら早く来いって!!」
「え…ここから?」
ギイチが率直な感想を口にする。まさかこんな車道からすぐに…、というのがちょっと意外だったようだ。
ここがその『迷いの森』を抜けるための秘密の入り口らしいのだが、確かに易々と人が立ち入っているようには見えないものの、だからと言ってさして特別な場所にも見えない。
「う~ん…秘密の入り口にしては…何か風情に欠けるよね…」
何を期待していたのやら、わけの分からぬ軽い失望を口にしたアイコにギイチは続いた。
どうやらこのあたりはかつて林業のための簡単な舗装路が通っていたらしく、簡単な整地が施されていたと思しき痕跡があちこちに見受けられる。
だがいつ頃打ち捨てられたのか今はすっかり荒れ果てており、ひび割れたアスファルトの地面はもはや一見してそれであったことが分からないほど雑草の茂りに覆われて歩きづらい事この上ない。
その叢に難儀しながらしばらく進んだところでテツヤは足を止め、斜面の一角を仰いだ。
「ここから登って行くんだ」
テツヤが指し示す先には古い土砂防止のブロック斜面が遥か上まで続いている。ギイチはうげっと一言唸って絶句した。
「え~っ!?ここ登ってくの?」
「こ…これは…ちょっとヘビーだね…」
「しょーがねぇだろ?ここが最短距離なんだ。ここからじゃないと山をグルッて迂回しなきゃなんねぇし、そしたらタカオから登って延々尾根伝いに行かなきゃいけなくなるんだぜぇ!登山やる気はねぇし、楽してロープウェイ使ったら小遣い無くなっちまうだろぉ!」
ささやかな冒険のためとは言え、小学生にとって資金のやりくりは死活問題につながる。たとえおやつはきっちり買い込んでいても、特にかさむ交通費はなるべく節約するのがやはり大原則なのである。
さて!と自分に喝を入れ、テツヤはおもむろに眼前にそびえるブロック斜面を登り始めた。
さくさくとよじ登っていくその後を、渋々とギイチ、アイコたちが続く。
崩落防止のために設置されたチョコレートパターンのコンクリートブロックはそれ自体は大した傾斜ではなかったが、スカイライン越しに眼下に臨む麓の景観をうっかり振り返って見てしまったギイチが身震いする。
ギイチはそれからずっと四つんばいで進んでいたが、斜面が見た目ほど急でないことを理解したアイコは途中から立ち上がっての登攀に切り替えていた。
テツヤはと言えば、もうずっと先で飛び跳ねているのが見える。「サルさながらね…」とのアイコの呟きは、当然耳に届いてはいない。
やがてようやく斜面を登りきったギイチの鼻先に、金網にペンキの擦れた「立ち入り禁止」の看板が掲げられた高いフェンスが立ち塞がった。
見るといつの間にやら先を越していたアイコたちが、さすがにその場でへたり込んで息をついている。
「おーい!こっちだァ!!」
そこから2~30mほど向こうでとっくに上りきっていた軽装のテツヤが急かすように三人を手招きする。
「いい気なもの…」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小声でぼやいて体を起こしたアイコ。バテ気味のギイチがのろのろと立ち上がったのは結局それから五分掛かった。
ようやく三人が到着するのを確認したテツヤは、身を屈めて目の前のフェンスに潜り込んだ。一瞬テツヤが消えたかのような錯覚に目を見開いたギイチではあったが、よく見るとススキの叢に隠れた一箇所だけフェンスの金網が解れているのが分かった。
アイコが素直に感心する。
「へぇ…。ここから進入できたんだ」
「良く見つけたね?テツヤ」
「すげぇだろ?うちの常連の兄ちゃんが内緒で教えてくれたんだ」
テツヤは得意満面で親指でびっ、と鼻をこする。
そもそもがこの情報がなかったならばテツヤもまたこうした探検を思いつくことはなかっただろう。
テツヤの家が営む国道そばの中華料理店は小さいながらも繁盛し、夕方には部活帰りの高校生、夜ともなればトラックドライバーなどが立ち寄り賑わいを見せる。
こうした店では自然と情報が飛び交うもので、たまにとんでもない冒険のネタをテツヤは手に入れることが出来る。この道の情報も毎月半ば、バイクのメンテナンス帰りに良く来店する都内の青年から聞いたものであった。
いかにも「隠された入り口」然とした光景は今の今までまだ懐疑的であったアイコたちに俄然情報の信憑性を与えたらしく、「ふ~ん」とか「なるほどねぇ」とか各々感想を口にしながらしながらそこを潜り抜ける。
フェンスに押し合いへし合いしながらひしめくススキ葉に細かい擦り傷を負って、抜けた先がいよいよ『迷いの森』の真っ只中である。
…が。
『迷いの森』と言っても、どうもこの辺りは過去に自然林が伐採されたのか、込み入った植物の混沌はさほど感じられない。
等間隔に植樹された杉の林に、放置された間に勢力を伸ばした低木と下草が地表を埋め尽くす形で人間の侵入を阻む…その程度の険しさで、噂に聞く程の樹海ではない。
その光景に少し気勢をそがれた形になったテツヤではあったが、後から付いてくる三人をちらりと伺うと再び自分のテンションを高めた。
「本番はここからだ…さぁ、行くぞ!」
最初こそ出鼻をくじかれた一行であったが、それでもさすがに人の通わぬ山道、小学生が踏破するのはやはり困難であった。
四人は時には鼻先を横切る枝を潜り、時には倒木をまたぎ、はたまた時には地面にぽっかり開いた穴を飛び越えしながら森の中を進んで行く。
時折、アイコは木の枝にカラーゴムを結わえ付けていたのを後方のギイチは見逃さなかった。恐らく帰りに迷わないための道しるべとするのだろう。
場所によってかけた輪ゴムの色を違えているその法則は分からないが、それにもきっと意味があるに違いない。さすが…とギイチは感心を覚えた。
3人で行動する時、特にテツヤといがみ合いをしている時こそ感情を剥き出しにする場面が多いが、それ以外の場でのアイコは極めて冷静沈着で、むしろ冷めた印象さえある。
教室でも特にグループに混ざることはないのであるが、だからといって孤立しているわけでもない。
群れから一歩引いていつ何時トラブルが起きても即座に対応できるように備えている…そんな印象だ。
ギイチはその様子を「まるで牧羊犬みたいだ」と喩えたことがある、無論その後ひどく怒られて追っかけ回されたわけだが。
ともかく、状況を常に俯瞰視して周囲のフォローを忘れない…それが学校での彼女のイメージなのであることを考えればそうした行動も得心できるのであるが、他者には見せない別の側面を日常的に見ているギイチとしては時々どちらが彼女の本当の姿なのか不思議に思うこともある。
「こらぁ!遅いぞお前ら、ちんたらしてんじゃねぇぞー!」
「うるっさぁーい!お前こそ何にも考えないでバカみたいにずんずん進むなぁ!!」
だいぶ先行していたテツヤが遠くで頭上で拳をぐるぐる回して怒鳴っている。
ほらまた…、聞き流したって良いのにちゃんと売り言葉に買い言葉、間髪入れずに怒鳴り返すアイコを見ると、ギイチの疑問はなお深まるばかりだ。
「…何だろね…」
まるでまだ幼い自分の知識では解けない難解な問題を突きつけられたような気がしたギイチは、微妙な苦笑でまた叢をかき分け始めた。
こんなやりとりをこの後何度となく繰り返しながら、一向は森をひたすら突き進んでいった。
どのくらい歩いただろうか?
四人が開けた丘に出た頃にはもう大分日も傾き、遠くに望む山脈は朱色に染まったシルエットを浮かび上げていた。
「ふ…わあっ…!」
普段街中ではまず目にすることが出来ない光景に、思わずギイチが声を上げる。
ずっと青臭い空気を吸っていたアイコは大きく伸びをして丘に吹き上げる風を胸に満たした。ちょっとした達成感。
思いつきでやまびこでも響かせてやろうかと丘の突端まで駆け上がったテツヤは、何を感じたかふと眼下に目を落とし、そのまま硬直した。
「?」
何かと思いアイコたちも駆け寄る。目線を追うまでもなくテツヤの足元に広がるその光景が飛び込んできた。
丘は崖と言うには大した高さもない段差を越えた後、すぐに獣道のスロープが弧を描きながら緩やかに下にフェードアウトしてゆく。その消え入った所に木々から頭一つ抜けるような影が覗いていた…それは…
・
・
・
・
・
「…おっ…お…い…」
束の間の沈黙を待って、呆けていたテツヤがやっと声を絞り出した。
「…みんな、これって…」
「…うわぁ…!」
「すごい…本当に辿り着いたんだ!!」
同じくあっけに取られていたアイコやギイチたちも空白に耐えかねたようにボリュームを外した歓声をあげる。
四人の眼下、鬱蒼と茂る野生の木々に囲まれるようにして古びた洋館がその威容を現していた。
自然と呼吸が大きくなるのを押さえながら、アイコは両手を組んで即席の測量計を形作ると太陽の位置と時間を照らし合わせながら方位を確認する。
「あの切り立った屋根…向こうがが湖と考えると…間違いないわ!ここが幽霊屋敷よ!」
四人は誰ともなく顔を見合わせると、次第に口元が緩む。じんわりと高揚感と喜びが実感を帯びてきた。
重装備のギイチはともかく、軽装のテツヤやアイコにしてもここまでの行程で大分疲れはあったはずであるが、その全部がこれで吹き飛んでしまったようだ。
のそりと動き出した足はやがて徐々に速くなる。
いつの間にか四人は歓喜の声を上げて走りだし、転げるように屋敷に向かって駆け降りていった…。
山肌をえぐって開通させたスカイライン沿いには、すでに針葉樹林と疎らに点在する民家が見られるだけとなっていた。
ここまで来ると路線には特定の停留所が存在しない。乗客は希望の場所で降車ブザーを押して其処までの区間料金を払って下車するのである。
四人は周囲に何も無い、蛇のようにうねる九十九折の坂の中ほどで下車した。
テツヤはバスが通り過ぎた後まるで車が通る気配の無い細い道路を渡ると形ばかりのガードレールを乗り越え、車道から少し離れた切り立った斜面に挟まれた林道にぐいぐい入り込んでゆく。
あっけに取られてその様子を伺っていた三人を、慌てて引き返してきたテツヤが呼びつけた。
「あにボーッと突っ立ってんだぇ!お前ら早く来いって!!」
「え…ここから?」
ギイチが率直な感想を口にする。まさかこんな車道からすぐに…、というのがちょっと意外だったようだ。
ここがその『迷いの森』を抜けるための秘密の入り口らしいのだが、確かに易々と人が立ち入っているようには見えないものの、だからと言ってさして特別な場所にも見えない。
「う~ん…秘密の入り口にしては…何か風情に欠けるよね…」
何を期待していたのやら、わけの分からぬ軽い失望を口にしたアイコにギイチは続いた。
どうやらこのあたりはかつて林業のための簡単な舗装路が通っていたらしく、簡単な整地が施されていたと思しき痕跡があちこちに見受けられる。
だがいつ頃打ち捨てられたのか今はすっかり荒れ果てており、ひび割れたアスファルトの地面はもはや一見してそれであったことが分からないほど雑草の茂りに覆われて歩きづらい事この上ない。
その叢に難儀しながらしばらく進んだところでテツヤは足を止め、斜面の一角を仰いだ。
「ここから登って行くんだ」
テツヤが指し示す先には古い土砂防止のブロック斜面が遥か上まで続いている。ギイチはうげっと一言唸って絶句した。
「え~っ!?ここ登ってくの?」
「こ…これは…ちょっとヘビーだね…」
「しょーがねぇだろ?ここが最短距離なんだ。ここからじゃないと山をグルッて迂回しなきゃなんねぇし、そしたらタカオから登って延々尾根伝いに行かなきゃいけなくなるんだぜぇ!登山やる気はねぇし、楽してロープウェイ使ったら小遣い無くなっちまうだろぉ!」
ささやかな冒険のためとは言え、小学生にとって資金のやりくりは死活問題につながる。たとえおやつはきっちり買い込んでいても、特にかさむ交通費はなるべく節約するのがやはり大原則なのである。
さて!と自分に喝を入れ、テツヤはおもむろに眼前にそびえるブロック斜面を登り始めた。
さくさくとよじ登っていくその後を、渋々とギイチ、アイコたちが続く。
崩落防止のために設置されたチョコレートパターンのコンクリートブロックはそれ自体は大した傾斜ではなかったが、スカイライン越しに眼下に臨む麓の景観をうっかり振り返って見てしまったギイチが身震いする。
ギイチはそれからずっと四つんばいで進んでいたが、斜面が見た目ほど急でないことを理解したアイコは途中から立ち上がっての登攀に切り替えていた。
テツヤはと言えば、もうずっと先で飛び跳ねているのが見える。「サルさながらね…」とのアイコの呟きは、当然耳に届いてはいない。
やがてようやく斜面を登りきったギイチの鼻先に、金網にペンキの擦れた「立ち入り禁止」の看板が掲げられた高いフェンスが立ち塞がった。
見るといつの間にやら先を越していたアイコたちが、さすがにその場でへたり込んで息をついている。
「おーい!こっちだァ!!」
そこから2~30mほど向こうでとっくに上りきっていた軽装のテツヤが急かすように三人を手招きする。
「いい気なもの…」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小声でぼやいて体を起こしたアイコ。バテ気味のギイチがのろのろと立ち上がったのは結局それから五分掛かった。
ようやく三人が到着するのを確認したテツヤは、身を屈めて目の前のフェンスに潜り込んだ。一瞬テツヤが消えたかのような錯覚に目を見開いたギイチではあったが、よく見るとススキの叢に隠れた一箇所だけフェンスの金網が解れているのが分かった。
アイコが素直に感心する。
「へぇ…。ここから進入できたんだ」
「良く見つけたね?テツヤ」
「すげぇだろ?うちの常連の兄ちゃんが内緒で教えてくれたんだ」
テツヤは得意満面で親指でびっ、と鼻をこする。
そもそもがこの情報がなかったならばテツヤもまたこうした探検を思いつくことはなかっただろう。
テツヤの家が営む国道そばの中華料理店は小さいながらも繁盛し、夕方には部活帰りの高校生、夜ともなればトラックドライバーなどが立ち寄り賑わいを見せる。
こうした店では自然と情報が飛び交うもので、たまにとんでもない冒険のネタをテツヤは手に入れることが出来る。この道の情報も毎月半ば、バイクのメンテナンス帰りに良く来店する都内の青年から聞いたものであった。
いかにも「隠された入り口」然とした光景は今の今までまだ懐疑的であったアイコたちに俄然情報の信憑性を与えたらしく、「ふ~ん」とか「なるほどねぇ」とか各々感想を口にしながらしながらそこを潜り抜ける。
フェンスに押し合いへし合いしながらひしめくススキ葉に細かい擦り傷を負って、抜けた先がいよいよ『迷いの森』の真っ只中である。
…が。
『迷いの森』と言っても、どうもこの辺りは過去に自然林が伐採されたのか、込み入った植物の混沌はさほど感じられない。
等間隔に植樹された杉の林に、放置された間に勢力を伸ばした低木と下草が地表を埋め尽くす形で人間の侵入を阻む…その程度の険しさで、噂に聞く程の樹海ではない。
その光景に少し気勢をそがれた形になったテツヤではあったが、後から付いてくる三人をちらりと伺うと再び自分のテンションを高めた。
「本番はここからだ…さぁ、行くぞ!」
最初こそ出鼻をくじかれた一行であったが、それでもさすがに人の通わぬ山道、小学生が踏破するのはやはり困難であった。
四人は時には鼻先を横切る枝を潜り、時には倒木をまたぎ、はたまた時には地面にぽっかり開いた穴を飛び越えしながら森の中を進んで行く。
時折、アイコは木の枝にカラーゴムを結わえ付けていたのを後方のギイチは見逃さなかった。恐らく帰りに迷わないための道しるべとするのだろう。
場所によってかけた輪ゴムの色を違えているその法則は分からないが、それにもきっと意味があるに違いない。さすが…とギイチは感心を覚えた。
3人で行動する時、特にテツヤといがみ合いをしている時こそ感情を剥き出しにする場面が多いが、それ以外の場でのアイコは極めて冷静沈着で、むしろ冷めた印象さえある。
教室でも特にグループに混ざることはないのであるが、だからといって孤立しているわけでもない。
群れから一歩引いていつ何時トラブルが起きても即座に対応できるように備えている…そんな印象だ。
ギイチはその様子を「まるで牧羊犬みたいだ」と喩えたことがある、無論その後ひどく怒られて追っかけ回されたわけだが。
ともかく、状況を常に俯瞰視して周囲のフォローを忘れない…それが学校での彼女のイメージなのであることを考えればそうした行動も得心できるのであるが、他者には見せない別の側面を日常的に見ているギイチとしては時々どちらが彼女の本当の姿なのか不思議に思うこともある。
「こらぁ!遅いぞお前ら、ちんたらしてんじゃねぇぞー!」
「うるっさぁーい!お前こそ何にも考えないでバカみたいにずんずん進むなぁ!!」
だいぶ先行していたテツヤが遠くで頭上で拳をぐるぐる回して怒鳴っている。
ほらまた…、聞き流したって良いのにちゃんと売り言葉に買い言葉、間髪入れずに怒鳴り返すアイコを見ると、ギイチの疑問はなお深まるばかりだ。
「…何だろね…」
まるでまだ幼い自分の知識では解けない難解な問題を突きつけられたような気がしたギイチは、微妙な苦笑でまた叢をかき分け始めた。
こんなやりとりをこの後何度となく繰り返しながら、一向は森をひたすら突き進んでいった。
どのくらい歩いただろうか?
四人が開けた丘に出た頃にはもう大分日も傾き、遠くに望む山脈は朱色に染まったシルエットを浮かび上げていた。
「ふ…わあっ…!」
普段街中ではまず目にすることが出来ない光景に、思わずギイチが声を上げる。
ずっと青臭い空気を吸っていたアイコは大きく伸びをして丘に吹き上げる風を胸に満たした。ちょっとした達成感。
思いつきでやまびこでも響かせてやろうかと丘の突端まで駆け上がったテツヤは、何を感じたかふと眼下に目を落とし、そのまま硬直した。
「?」
何かと思いアイコたちも駆け寄る。目線を追うまでもなくテツヤの足元に広がるその光景が飛び込んできた。
丘は崖と言うには大した高さもない段差を越えた後、すぐに獣道のスロープが弧を描きながら緩やかに下にフェードアウトしてゆく。その消え入った所に木々から頭一つ抜けるような影が覗いていた…それは…
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「…おっ…お…い…」
束の間の沈黙を待って、呆けていたテツヤがやっと声を絞り出した。
「…みんな、これって…」
「…うわぁ…!」
「すごい…本当に辿り着いたんだ!!」
同じくあっけに取られていたアイコやギイチたちも空白に耐えかねたようにボリュームを外した歓声をあげる。
四人の眼下、鬱蒼と茂る野生の木々に囲まれるようにして古びた洋館がその威容を現していた。
自然と呼吸が大きくなるのを押さえながら、アイコは両手を組んで即席の測量計を形作ると太陽の位置と時間を照らし合わせながら方位を確認する。
「あの切り立った屋根…向こうがが湖と考えると…間違いないわ!ここが幽霊屋敷よ!」
四人は誰ともなく顔を見合わせると、次第に口元が緩む。じんわりと高揚感と喜びが実感を帯びてきた。
重装備のギイチはともかく、軽装のテツヤやアイコにしてもここまでの行程で大分疲れはあったはずであるが、その全部がこれで吹き飛んでしまったようだ。
のそりと動き出した足はやがて徐々に速くなる。
いつの間にか四人は歓喜の声を上げて走りだし、転げるように屋敷に向かって駆け降りていった…。