夏休みも真っ只中。
煩わしい宿題はそっちのけで、さぁこれからどうして遊びまくってやろうかとテツヤが計画を練っていたある日、急に学校の方から登校してくるようにとの連絡が入った。
「こらっテツヤぁ!お前まぁた何かやらかしたのか!」
「い…いや、知らねぇ。俺、何も心当たり無ぇぞぉ!!」
…実際は心当たりだらけのテツヤはひとり店の仕込みで動けない親父にどやされ、学校へ飛んで行く。
こんもりとした古墳のような小高い丘の上に鎮座まします小学校の坂は、大した高さではないものの連日のクソ暑さとこういうときには鬱陶しいだけの蝉時雨の中登頂するのは苦痛以外の何ものでもない。
高度や距離的にも道程の困難さもつい先日踏破した山道とは比べ物にならないはずなのに、三分の一も上らないうちにテツヤの根性はもう挫けそうになっていた。
「あぢぃ!」
ようやく辿り着いた校門の、じりじりに焼けた黒い鉄柵についうっかり手をついてしまいもんどりうって転げまわる。「最悪だ…」
門は閉まっていたが鍵はかかっておらず、テツヤはそれを足蹴にして押し開く。夏休み中だから当然なのだが、校舎には人っこ一人見あたらない。
…が、それにしても妙だ。
「…ひとっ気…無さ過ぎじゃねぇ?」つい独り言が口をついて出る。
「…そうだな、夏休み中とは言えこういう場合教師や職員…せめて警備員がいても良さそうなものだがな…」
「うわ?!ウィル、ついて来てたのか?」
どうもまだ完全にはミゼットのいる生活に慣れていない。
ウィルは普段ほとんどテツヤに対して非干渉的で、時折どこにいるのか分からないことさえある。にもかかわらず事があるときには必ず傍にいるのだ。
それは非干渉というよりもむしろ自分の側の問題で、普段は特別意識していないだけなのかもしれない。いざと言う時にその存在を感じる、まるで自分の手足や家族のような…あるいはそうした感覚なのかもしれないとテツヤは考えている。
ともあれ鍵が開いているわけだから、当然自分が登校することを想定してそうなっているのであろう事は分かっている。多少ひっかかるところはあるものの、それを深く考えることなくテツヤはずんずんと正面スロープから、やはり鍵のかかっていない職員玄関に進入する。
玄関には見覚えのある小さめのスニーカーとやけにゴツい登山シューズが几帳面に並べられていた。
「…何であいつらも…?」
果たして教職員室に向かうとそこに既に到着していたアイコとギイチの姿があった。
「ほら、見なさい。結局また大遅刻じゃないの」
「…そうだね、今日はいつもどおりだったね…」
…どうやらこの前と同じ問答があったらしい。
「よ、お前らも来ていたのか」
いつの間にかテツヤの頭の上に移動していたウィルがあさっての方向に声をかける。見ると中庭に面したサッシにプリムとアクセルが佇んでいた。
「調査型のカン…てやつかしらね?何だか妙な呼び出しじゃなくて?」
「結局三人とも来ているわけだから、調査型も何もない」
相変わらず無表情のアクセルが肩をすくめる。
彼らが口にした「探索型」とはミゼットのタイプのことであるらしい。
彼ら物品から誕生したミゼットは生まれながら得意分野が備わっているらしく、プリムは物事を調べる特技に長けたタイプであるのだと、あの夜の後テツヤたちは聞いていた。
ちなみにプリム同様ウィルやアクセルもまたタイプを持ち、ウィルは「戦闘型」、アクセルは「技術者型」であるのだという。
それを聞いてギイチは何だか自分達に似ていると言ったのだが、ミゼットとそのパートナーにそうした性質的な関連があるのかどうか、テツヤたちはもちろんのこと彼らミゼットにもそれは明確に知るところではなかった。
あるいはロックならその答えを知っているのかも知れないが、事件の後ロックは深い眠りにつき、テツヤたちもなんやかんやがあってあれ以来あの屋敷に訪れていない。
「…誰か来るよ!」
プリムが全員に注意を促した。すぐに三体のミゼットは各々のパートナーの服の影に身を潜ます。
程なく視聴覚室の角を曲がって姿を現したのは黒いスーツに身を包んだ細身で白髪の老人であった。その姿から教職員には見えないし、もちろん見覚えも無い。
老人は三人の姿を認めるとこちらに向けて片手をぱたぱたと振ってみせる。
「やや、皆様お待ちしておりました。さぁさ、こちらへ…」
紳士然としている姿からは想像してなかった妙な軽薄さに些か拍子抜けてしまった三人は老人に促されるまま職員室を素通りし校長室の横、来賓室に招き入れられる。
普段掃除当番の時しか入ることが許されない来賓室の、無駄にふかふかなソファーに腰かけた三人にお茶を出すと老人はその対面に腰を下ろす。
よくよく見てみると一見きちっとしたスーツ姿には所々着崩しのあることにアイコが気付いた。いかにも堅苦しい黒いスーツに洒落者の様な着崩し…、どちらにしろ小学校々舎内には似つかわしくない恰好だ。
「お暑い中ご足労頂いちゃってすいませんねぇ、いや、ホント。私ね、早いうちに皆様にご挨拶しておかないといけないとは思ってたんですよ」
「あ…あの…」
ギイチが恐る恐る口を開く。
「あなたは一体誰?…それに今日先生は…」
「教職員の方々は本日いらっしゃいません。警備員も含めてみんな本日はこの小学校に来ない様に手配してありますので」
「なっ…?!」
テツヤたち三人、そしてその影に潜む三体のミゼットに緊張が走った。
「今日は皆様方のミゼットもいらっしゃっているのでしょ?遠慮せずに出てきてはいかがです?」
「!!!」完全にこちらの素性が知られている…!
ソファーから立ち上がった三人は反射的に一歩飛び退る。堪らずウィルたちもテーブル上に飛び出してきた。
「油断した…私達誘いこまれたって事?」
「…てめぇ…何者だ?」
徒手の拳を握り締めてテツヤが身構える。学校に出かけるということで油断して得物を忘れてきたことを後悔したが、その代わりにウィルがスタビライザーを開いてテツヤの前を護る。
「ミゼットを知っているな?一般人では無いようだが…」
警戒心全開の六人を前に、だが老人はそれに反して実にのんびりとした様子でお茶をすする。
ふぅ、と一息。テーブルに湯飲みを戻すとお茶菓子の煎餅に手をつけ…かけてはたと気付いたように手を引っ込めて白いハンケチで口元をぬぐった。
「あぁ、こりゃ失敬。自己紹介まだでしたね。私フルサワ…、と申します。先日ロック様に申し付けられまして執事としてこちらに戻って参りました」
やにわに老紳士は立ち上がると一同の前でうやうやしく一礼。
「これから皆様のお仕事、御手伝いさせて頂いちゃいます」
煩わしい宿題はそっちのけで、さぁこれからどうして遊びまくってやろうかとテツヤが計画を練っていたある日、急に学校の方から登校してくるようにとの連絡が入った。
「こらっテツヤぁ!お前まぁた何かやらかしたのか!」
「い…いや、知らねぇ。俺、何も心当たり無ぇぞぉ!!」
…実際は心当たりだらけのテツヤはひとり店の仕込みで動けない親父にどやされ、学校へ飛んで行く。
こんもりとした古墳のような小高い丘の上に鎮座まします小学校の坂は、大した高さではないものの連日のクソ暑さとこういうときには鬱陶しいだけの蝉時雨の中登頂するのは苦痛以外の何ものでもない。
高度や距離的にも道程の困難さもつい先日踏破した山道とは比べ物にならないはずなのに、三分の一も上らないうちにテツヤの根性はもう挫けそうになっていた。
「あぢぃ!」
ようやく辿り着いた校門の、じりじりに焼けた黒い鉄柵についうっかり手をついてしまいもんどりうって転げまわる。「最悪だ…」
門は閉まっていたが鍵はかかっておらず、テツヤはそれを足蹴にして押し開く。夏休み中だから当然なのだが、校舎には人っこ一人見あたらない。
…が、それにしても妙だ。
「…ひとっ気…無さ過ぎじゃねぇ?」つい独り言が口をついて出る。
「…そうだな、夏休み中とは言えこういう場合教師や職員…せめて警備員がいても良さそうなものだがな…」
「うわ?!ウィル、ついて来てたのか?」
どうもまだ完全にはミゼットのいる生活に慣れていない。
ウィルは普段ほとんどテツヤに対して非干渉的で、時折どこにいるのか分からないことさえある。にもかかわらず事があるときには必ず傍にいるのだ。
それは非干渉というよりもむしろ自分の側の問題で、普段は特別意識していないだけなのかもしれない。いざと言う時にその存在を感じる、まるで自分の手足や家族のような…あるいはそうした感覚なのかもしれないとテツヤは考えている。
ともあれ鍵が開いているわけだから、当然自分が登校することを想定してそうなっているのであろう事は分かっている。多少ひっかかるところはあるものの、それを深く考えることなくテツヤはずんずんと正面スロープから、やはり鍵のかかっていない職員玄関に進入する。
玄関には見覚えのある小さめのスニーカーとやけにゴツい登山シューズが几帳面に並べられていた。
「…何であいつらも…?」
果たして教職員室に向かうとそこに既に到着していたアイコとギイチの姿があった。
「ほら、見なさい。結局また大遅刻じゃないの」
「…そうだね、今日はいつもどおりだったね…」
…どうやらこの前と同じ問答があったらしい。
「よ、お前らも来ていたのか」
いつの間にかテツヤの頭の上に移動していたウィルがあさっての方向に声をかける。見ると中庭に面したサッシにプリムとアクセルが佇んでいた。
「調査型のカン…てやつかしらね?何だか妙な呼び出しじゃなくて?」
「結局三人とも来ているわけだから、調査型も何もない」
相変わらず無表情のアクセルが肩をすくめる。
彼らが口にした「探索型」とはミゼットのタイプのことであるらしい。
彼ら物品から誕生したミゼットは生まれながら得意分野が備わっているらしく、プリムは物事を調べる特技に長けたタイプであるのだと、あの夜の後テツヤたちは聞いていた。
ちなみにプリム同様ウィルやアクセルもまたタイプを持ち、ウィルは「戦闘型」、アクセルは「技術者型」であるのだという。
それを聞いてギイチは何だか自分達に似ていると言ったのだが、ミゼットとそのパートナーにそうした性質的な関連があるのかどうか、テツヤたちはもちろんのこと彼らミゼットにもそれは明確に知るところではなかった。
あるいはロックならその答えを知っているのかも知れないが、事件の後ロックは深い眠りにつき、テツヤたちもなんやかんやがあってあれ以来あの屋敷に訪れていない。
「…誰か来るよ!」
プリムが全員に注意を促した。すぐに三体のミゼットは各々のパートナーの服の影に身を潜ます。
程なく視聴覚室の角を曲がって姿を現したのは黒いスーツに身を包んだ細身で白髪の老人であった。その姿から教職員には見えないし、もちろん見覚えも無い。
老人は三人の姿を認めるとこちらに向けて片手をぱたぱたと振ってみせる。
「やや、皆様お待ちしておりました。さぁさ、こちらへ…」
紳士然としている姿からは想像してなかった妙な軽薄さに些か拍子抜けてしまった三人は老人に促されるまま職員室を素通りし校長室の横、来賓室に招き入れられる。
普段掃除当番の時しか入ることが許されない来賓室の、無駄にふかふかなソファーに腰かけた三人にお茶を出すと老人はその対面に腰を下ろす。
よくよく見てみると一見きちっとしたスーツ姿には所々着崩しのあることにアイコが気付いた。いかにも堅苦しい黒いスーツに洒落者の様な着崩し…、どちらにしろ小学校々舎内には似つかわしくない恰好だ。
「お暑い中ご足労頂いちゃってすいませんねぇ、いや、ホント。私ね、早いうちに皆様にご挨拶しておかないといけないとは思ってたんですよ」
「あ…あの…」
ギイチが恐る恐る口を開く。
「あなたは一体誰?…それに今日先生は…」
「教職員の方々は本日いらっしゃいません。警備員も含めてみんな本日はこの小学校に来ない様に手配してありますので」
「なっ…?!」
テツヤたち三人、そしてその影に潜む三体のミゼットに緊張が走った。
「今日は皆様方のミゼットもいらっしゃっているのでしょ?遠慮せずに出てきてはいかがです?」
「!!!」完全にこちらの素性が知られている…!
ソファーから立ち上がった三人は反射的に一歩飛び退る。堪らずウィルたちもテーブル上に飛び出してきた。
「油断した…私達誘いこまれたって事?」
「…てめぇ…何者だ?」
徒手の拳を握り締めてテツヤが身構える。学校に出かけるということで油断して得物を忘れてきたことを後悔したが、その代わりにウィルがスタビライザーを開いてテツヤの前を護る。
「ミゼットを知っているな?一般人では無いようだが…」
警戒心全開の六人を前に、だが老人はそれに反して実にのんびりとした様子でお茶をすする。
ふぅ、と一息。テーブルに湯飲みを戻すとお茶菓子の煎餅に手をつけ…かけてはたと気付いたように手を引っ込めて白いハンケチで口元をぬぐった。
「あぁ、こりゃ失敬。自己紹介まだでしたね。私フルサワ…、と申します。先日ロック様に申し付けられまして執事としてこちらに戻って参りました」
やにわに老紳士は立ち上がると一同の前でうやうやしく一礼。
「これから皆様のお仕事、御手伝いさせて頂いちゃいます」