「さあ食べて」
今から食べようとしているものが話しかけてくることにサトゥルヌスは違和感を感じていた
「頭のほうから思いっきりだよ。体からいくとかえって気がひけてしまうからね」
気がひけるのを気にするのなら話さないでくれとサトゥルヌスは思った
先ほど背後からガブリと食べようとした自分だが、振り向きざま相手がこんな言葉を吐くとは思わなかった
体の中から味わったことのない鼓動が聞こえる
これは恐れではなく興奮しているのだ、とサトゥルヌスは感じた
冒頭の言葉からまだ0.05秒経っていないがものすごいスピードで沢山の声が脳内で飛び交っている
今から食べようとしている相手は我が息子である
サトゥルヌスは息子のことを尊敬していた
ドジで間抜けな自分に比べ息子は聡明で礼儀を重んじ、父である自分に逆らったためしなど一度もない
尊敬している息子ならば。ましてや元々自分の一部であった息子がまた自分の一部になる、というのも悪くない気がする
軽蔑しているものを食べるのは嫌だ。嫌悪しているものが自分の一部になることを想像しただけで吐き気がしてしまう
ところで尊敬、軽蔑という話をしてしまえば「父が子を食べる」これは軽蔑すべき行為である
もう一方で尊敬する息子が食べてくれと願うのならそれに従うのが父親として正しい行為のような気もする
実のところサトゥルヌスは息子を尊敬していたと同時に恐れていた
聡明であるが故にいつ自分を軽蔑するか日々密かに怯えていた
そしてサトゥルヌスには「いずれ自分の息子に殺される」という懸念が頭の端にあった
ここ数日息子と会話をしてもなにやら難しい言葉を使ってくるのでいつもいい加減に会話を終わらせていた
我が息子でありながら理解に苦しんでいた
そして今自分に向って「僕を食べて」と願う息子の本心が全くわからなかった
なぜ自分はもっと頭のよい親の元に生まれなかったのだろう、と悲観して父親を恨んでくれた方がまだマシだった
もしかしたらサトゥルヌスが頭から襲った瞬間に息子はそれをサッとかわし、「お前は最低の父親だ!」と言い放つのではないか
もうわたしの手に負えない
しかし改めて見てもなんて見事な息子だろう。この状況下わたしを澄んだ瞳でジッと見つめている
ああ!愛しい我が息子よ、お前はわたしのものだ!
「頭から・・・」
聞こえないふりをして頭を丸呑みした。
2日後やっと飼い主が帰ってきた
金魚鉢に魚は一匹しかいなかった