天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

The weak king

2018-01-23 19:34:07 | ショート ショート
真夜中。政務を終えた王は、自室に佇む。全ての人間を遠ざけ、たった一人だ。王は、石造りのバルコニーから下を見る。
小高い丘に立ち、堅固な堀に囲まれた城。華美なものを好まない王であるので、地味な城であり、地味な庭である。けれど、緑を好む王であるので、木々は鬱蒼と茂っていた。松明の火がちらちら揺れる。兵士達が、見回りをしているのだろう。
高い丘に立つので、城下を見ることができる。今は闇に沈んでいるが、美しい街だ。運河と道を整備し、物と人が行き交う街とした。そして、緑をあちらこちらに植え、荒廃したところは改修した。王は、民が潤うことと、老若男女すべてがその恩恵を受けなければならないことを知っていた。
それを体現するための街を作り上げた王は、ほっとしていた。けれど、課題は次から次へとわいてくる。綱渡りの毎日だ。王は、眉間を揉み、首を回した。

その時、自室の本棚の一部が音もなく開いた。王は、振り向く。

「アーサー。」

王は、微笑む。

「マーヤ。」

王の名前を呼ぶ唯一の人間。王が会いたいと思う唯一の人間。彼を王ではなく、一人の人間として扱う唯一の人間。

幼馴染であり、恋人であり、自由の人である。マーヤは、短く切りそろえた黒髪と、輝く黒曜石のような瞳を持っていた。マーヤは、王に駆け寄る。

「会いたかった。」

王は、マーヤの手を握る。

「俺もだ。」

王がアーサーに戻る瞬間。一人の人間に戻る瞬間。マーヤは、アーサーの銀色の瞳をのぞき込む。

「疲れているみたいだね。」

「疲れてるよ。」

「弱みを見せないでいるのは、大変。」

「本当は、弱いんだけどな。歴代の王で、最弱なんじゃないか。」

マーヤは、アーサーをぎゅっと抱きしめる。

「それなら、最高の王は、最弱の王てことよ。」

マーヤは、アーサーの頬をはさむ。

「弱さを認めて、恥じていないあなたは、素晴らしい王。」

アーサーは、マーヤを見つめる。

「王じゃない俺は?」

「あたしにとっては、王である以上に素敵。」

マーヤは、いたずらぽく笑う。

「当たり前でしょ。」

アーサーは、晴れやかに笑い、マーヤの頭に顔を埋める。くぐもった声で言う。

「マーヤ、君は、どれだけかけがえのない人なのだろう。どうしたら、この気持ちを伝えられるのか、わからないよ。」

アーサーは、マーヤを優しく抱く。マーヤは、彼の心臓の音を聞いた。


長いような短い夜を、二人は過ごす。