天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

無風地帯

2013-05-12 21:54:54 | 小説
私はもう誰も心の中に入れない。今はそういう気分だ。ただ気分なので、変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。そういう都合のいい、自分勝手なものに私は従って生きている。倫理でも哲学でも理性でも道徳でもなく、感情でさえないものに従っている。私は何も信じていない。自分の心から湧き上がるものに抗わないようにはしている。自分に課していることは一つだけ。自分の属する社会のルールは守ること。それは、様々な障害や面倒から自分を守ることになるからだ。もちろん、社会のルールなんて、自分が生き抜くための「手段」であって、「目的」じゃない。だから、自分とは合わないルールもある。それは、片眼をつぶってやり過ごす。合わないからといって、傷ついたり、闘ったりはしない。そんなことにいちいちかまっていられない。私は毎日、大きな賭けをしている。屍(現実的な意味でも、比喩的な意味でも)にならないという賭け。生き続けるということ。今のところぎりぎりの勝負の時もあるが、私は勝ち続けている。とはいっても、勝ちが当たり前の勝負である。だから、勝ち続けているからといって、高揚感があるわけではない。私は墜落することなく、かろうじて飛んでいる状態だ。よたよたとした低空飛行。でも、それのなにが悪かろう。

夏。早朝のゴミ捨て場。まだ目がくらむほどの激しい日差しはないが、ほんのりとその兆しはみえていた。今日も暑くなりそうだ。今日は可燃ゴミを出す日だ。生ゴミを狙って、カラスがコンクリートブロックの塀にたむろしている。彼らは夜明けの帝王だ。夜と朝の狭間に君臨する。人間どもには目もくれない。自分のその日の糧だけを黒い感情のない目で見つめている。私は小さなゴミ袋を捨てる。そして、丁寧に犬猫、カラスよけのネットをかぶせる。近所の住人が、ゴミを捨てにきた。目が合う。顔に見覚えはないが、挨拶を交わす。
「おはようございます。」
「おはようございます。今日も暑くなりそうですね。」
「そうですね。」
軽く会釈をして、その人の前を通り過ぎる。そして、ふと思う。私が人の顔を覚えようとしなくなったのはいつからなのだろう。


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