
カナタくんは、かわいい。さらさらの髪。薄い背中。すりガラスのような声。そして、そのかわいさを恥じてはいない。けれど、そのかわいさを強調しない。あざとさがない。自然体。「無知の知」ならぬ「無知の美」だ。
なんて。
私はカナタくんに恋してるから、全てが素敵に見えてるのは、わかってる。低い身長、少し背中を丸めて歩く癖、地味な感じかもしれない。
だからこそ、私はカナタくんを独り占めできるんだ。ラッキーなことだ。
「柏井さん、苺はもうちょっと水気をきってからの方がいいから、まだ飴は作らなくていいよ。」
今、私はカナタくんのお家のキッチンにいる。隣にはカナタくん。甘酸っぱい苺の香り。洗ってヘタを切った苺は丁寧に拭いて、キッチンペーパーの上にのせてある。
カナタくんと2人でいちご飴を作ることになったのは、成り行きだ。
私とカナタくんは、とある雑貨屋で働いている。私はフリーター、カナタくんは大学生。
カナタくんは、かわいいものが好きで雑貨も好き。雑貨屋のディスプレイに一目惚れして、バイトさせてください!と押しかけバイト⁈を強行した情熱の人でもあるのだ。
職がなくて困っていた私。叔母がたまたま雑貨屋のオーナーであったため、働き始めたのだ。特に雑貨が好きだったわけではない。
そんな対照的な2人だ。
そうそう、いちご飴を作ることになったのは、たわいもない話がきっかけだった。
私が、ディスプレイの埃を払っていた時のこと。ガラス細工のいちごが、あまりにも赤くてきらきらしててかわいかったので、思わず、
「いちご飴みたい。」
とつぶやいたのだ。
カモメのモビールを吊るしていたカナタくんにその声が聞こえたみたいだ。
「いちご飴がどうかしたんですか。」
「このいちごのガラス細工、いちご飴みたいじゃない?」
「あ、本当だ。」
「いちご飴…なつかしいなぁ。よく縁日で食べてたなぁ。」
「いちご飴、好きなんですか?」
「見た目、かわいいじゃない?それにりんご飴ほど大きくないから、飽きずに最後まで食べれるし。酸っぱさと甘さのバランスが、好きだったなあ。今は、食べることないけど。」
「材料、いちごと砂糖と水ですし、簡単にできますよ。」
「ひとりで、そんなめんどくさいことしないよ。」
「じゃあ、僕のうちでいちご飴作りません?なんか、話してたら食べたくなっちゃった。俺も1人だったらしないし。」
カナタくんは、さらっと続ける。
「柏井さんとだったら作る気になれるし。」
え、いきなりお家に訪問?
私は少しどきどきしながらも、しれっと言った。
「しょうがないなあ、行ってやるか。」
カナタくんは、笑う。
「よろしくお願いします。」
…というわけで、私はカナタくんの家のキッチンで、いちごを竹串に刺している。
「もうそろそろ飴作りましょうか。」
カナタくんは、砂糖瓶を取り出した。六角形の硝子瓶。
「砂糖瓶ひとつとってもかわいいねえ。」
「え、袋ままだと不衛生だし、使いにくくありません?」
「料理してる人の発言だね。それに、この砂糖瓶、うちで置いていたやつじゃない?」
「そうですよ。いつも使うものは、気に入ったもので揃えたくて。」
うーん、かわいい。私なんぞ、砂糖はインスタントコーヒーの空瓶にぶちこんである。なんだ、この差。ま、いいや。
「えーと、水と砂糖…これぐらい?」
「え、待って。」
カナタくんが鍋に適当に砂糖を入れようとする私の手に触れた。
「量って入れましょう。いつもやってるわけじゃないでしょう?」
思ったより大きな手。
「…はい。」
私はちょっとしゅんとする。
「大雑把でごめんね。」
「慣れてたら、目分量でもいいんでしょうけどね。」
カナタくんは、優しい。
砂糖液が煮詰まるのを見守る。スマホのレシピをカナタくんは、もう一回チェックする。
「いい感じに砂糖液が煮詰まるまで、混ぜちゃダメなんですって。結晶化するから。」
「焦るな、てことだね。」
「そうですね。」
とはいえ、
焦がしちゃ大変。目が離せない。私1人だったら、黒焦げにする自信しかない。
「カナタくんがいてくれてよかった。」
「え、どういうことですか。」
「いや、私だけだったら絶対目離して焦がしてたから。ていうか、こんなめんどくさいことそもそもしないけど。」
「今までの工程、全否定ですか。」
「じゃなくて、カナタくんと一緒にできて、楽しいから良かったてこと。」
「それはそれは。」
カナタくんの顔が少し赤くなった。私は、気づかないふりをする。
「カナタくん、いい感じな飴になってない?」
「そうですね。」
鍋を火からおろす。竹串に刺したいちごを飴の中でくるりとまわす。いちごが飴を纏う。
「薄くつけた方が美味しいみたいですよ。」
「了解。」
2人は真剣にいちごを飴につけていく。次々といちご飴ができていく。
「あまった飴は、もうちょっと飴色になるまで火を通してべっこう飴にしときましょう。」
「はーい。」
私が煮詰めている間に、カナタくんはクッキングシートと、爪楊枝を用意してくれた。
私がクッキングシートの上に丸く垂らす。カナタくんが、丸く垂らした飴に爪楊枝を置いていく。金色の丸がクッキングペーパー一面に出来上がった。
「ふうー。」
「お疲れさまでした。」
カナタくんがペコリとお辞儀をする。私はニコリと笑いかける。いいコンビネーションだ。
「アイスティー、飲みますか?」
「いいの?」
「柏井さんが来るから、用意してたんです。」
「うれしい。ありがとう。」
カナタくんは、冷蔵庫からピッチャーを取り出した。そして、グラスに注ぐ。琥珀色のアイスティー。
「ミルク、レモン、ストレート、どれにします?」
「ストレート!」
「ガムシロップもありますが。」
「いちご飴を食べるから、いいかな。」
「俺も、おんなじこと思いました。」
グラスをもらう。
「いただきます。」
ごくりと飲む。ちょうどいい濃さ。喉を気持ちよく通っていく。
「おいしい!」
「よかった。…もうそろそろいちご飴、固まったかもしれません。」
カナタくんが、出来上がったいちご飴を持ってきた。固まって、つややかにひかるいちご飴。
「かわいいですね。」
「食べるのがもったいないくらい。でも、おいしそう。」
「いただきましょう。」
「いただきます。」
かぷり。一口で口の中に消える。カリッとした飴の食感とフレッシュないちごの食感。甘くて酸っぱくて…。
私はカナタくんを見た。もう一本目に手を伸ばしていた。ちょっと伏せ目になっているせいか、長いまつ毛が目の下に影を作っていた。
「ねえ、カナタくん。」
「はい。」
「…キスしてもいい?」
「え⁈」
「嫌だったら逃げて。」
私は、素早くカナタくんに近付いて彼にキスをした。
カナタくんは、逃げなかった。逆に私をぎゅっと抱きしめた。胸の音がする。私は、溶けそうになった。
もう一回、私たちはキスをする。
甘くて酸っぱいいちごの味がした。
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