天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

無風地帯

2013-05-19 20:57:44 | 小説
私は母方の祖母が残してくれた長屋の一角に住んでいる。祖母も母も亡くなった今、私は一人で暮らしている。小さな台所と六畳の居間と四畳半の寝室。古いが、浴室とトイレもちゃんと付いているのはありがたかった。女性の一人暮らしなら、充分すぎるくらいだ。しかも、住んでいる部屋は祖母が買い取っていたため、毎月の家賃が発生しない。薄給の私にとっては天の恵みだった。居間には、祖母の形見である卓袱台と古い洋服ダンス、それと揃いの鏡台と飾り棚が黒光りして鎮座している。ちゃんと愛され、手入れされてきたこれらの家具はまだまだ現役だった。私は、そんな家具たちを気にいっていた。手をかければ、ちゃんと応えてくれるのだ。たまに、それらを家具用の蜜蝋ワックスで磨くことがある。磨いたら磨いた分だけ、滑らかに、艶やかになる。頑張ったら頑張った分、目に見えて美しくなるのは楽しいものだ。後は、私が買ったパソコンとソファー替りの折りたたみマットが居間には置いてある。古いあめ色の世界に私が買ったものたちが闖入している。その不恰好さは、自分に似つかわしいと私は密かに思っていた。だから、そのバランスの悪ささえも、私には安らぐのだった。古色蒼然とした部屋に私は守られているのだ。

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