ミュージック&カルチャースタジオ ハーモニーフォレスト ♪Natsu♪ のブログ 

沖縄出身宮城県大崎市の音楽指導&料理講師。教室・パワーコーラス・ベーチェット病など自分の難病について発信してます

第18回 中田喜直記念コンクール金賞受賞 と 白内障

2019年02月20日 | 日記

ベーチェット病が分かってから

様々なコンクールにチャレンジし、
嬉しいことに入賞・優勝させて頂き
治療や音楽活動が前向きになり
ステージ4からステージ3になりました。
謎の「声がれ」からベルカント唱法を用いて
思うように声楽が歌えないジレンマから
何十年も遠退いてました。
演奏活動はジャズやゴスペルなど
その間地声発声出来るジャンルと向き合い
それはそれで楽しく歌わせて頂いております
治療が良い方向に進んでいるようで
最近では声楽をまた楽しめるようになり
演奏依頼でもセットリストに加えるようになりました♪
しかしこの数年、目のかすみや痛み、視力低下、
中でも光の眩しさを感じ主治医に相談しています。
眼科は2ヶ月に1度検診を受けており
視力検査と問診と目を確認して頂き
ムコスタの点眼処方で様子をみていました。
昨年の暮れ、あまりにも目が見えないので
主治医のいる病院の救急に電話をしました。
暮れという事で眼科の先生がいない言うことで
点眼で様子をみるようにと
看護師さんから指示がありました。
でもやはり心配になり年明け一番に開く
近所の眼科に急いで行き検査をお願いしました。
検査の結果は
「薬の副作用による白内障」
ベーチェット病は目に注意と言われているので
かなり気をつけていて違和感があるたび
先生に相談していたので
診断を聞いて正直驚きました。
そしてその日に昨年申し込ん
「中田喜直記念コンクール本選出場決定」の通知が届き、うれしいやら悲しいやら。
レベル3になり、この1年声がれや入院もなく
昨年銅賞を頂いた時はこれが限界と思いましたが、
体調が少し安定したことで
「もう少し上を目指せるのでは?」と申し込んだんです。
いつも受診している眼科の予約がやっと取れて
再度検査をしましたがやはり「白内障」
数年かかっているのに初めて眼底検査など
色々な機械を使って検査が行われました。
近年、応援医ばかりで毎回担当医が変わります。
でも同じ病院内なのでカルテが共有出来ていて、
病状も眼科の先生は存じてるものと思ってました。
そんな中、自分が出場する
ピアノコンクール本選がありました。
ステージのスポットライトがあまりにも眩しく
ピアノの鍵盤も真っ白で動揺し、
さすがに思うように弾けませんでした。
このとき、初めて先行きが不安になりました。
これはさすがにマズイと悩んだのは
二人の眼科医の治療方針の意見も分かれた事。
ネットで調べたり、ツイッターなどで
同じ病気の方々がアドバイス下さったりして
セカンドオピニオンを受けることにしました。
信頼している耳鼻科の大学教授の受診の際、
関係無いとは思いつつ相談してみたら
何と眼科の医師を紹介して下さったんです!
私はこんな時本当にツイてるな~と思います
早速手配して下さり受診しました。
問診は一からなのですが、丁寧に聞いて下さり
今までしたことない検査や機材を使って行われました。
写真や画像を見ながら説明があったのですが
白内障でも特に右目の真ん中が白くなっていて
光が過剰に眩しいのと、
見たい部分がちょうど一番見えにくいと分かりました。
左目はまだどうにか大丈夫なので
話を聞いた後、右目のみ手術をすることを決めました。

普通の白内障なら日帰りもあるそうですが

問題は「ベーチェット病」しかも特殊型血管型という事。
検査を慎重に進め、家族にも説明をしっかり聴いてもらい
大事をとって入院も少し長めにする言われました。
仕事や家庭の事もちゃんと考慮して下さり
自分や生徒のコンクール、子供の卒業式が終わってからの
手術日は春休み中にして下さいました。
また、声楽コンクールも先生方が応援して下さり
息子も同行してくれる事から
当初、棄権を考えましたが出場する事を決めました。
今年の旭川は人生で一番寒かった!
今年は昨年とは違い、スタインウェイのフルコン。
しかも蓋も全開、メゾソプラノは私だけ。
声量が足りないのでは?と心配でしたが
公式伴奏の渋谷藍香さんが私の思いをくみ取り
しっかり合わせてくださいました。
発表の時に自分の名前が呼ばれ本当に驚きました!
病気が分かってから5年、
このコンクールにチャレンジし始めて5年、
念願の金賞を受賞出来て、本当に嬉しかったです。
そして、はじめは一人で旭川に行っていたのが
旭川に住む音大の同門下の後輩、
私のファンになってくれたファミリー
今年出場した音大の後輩が繋がり
息子も一緒に今年はみんなで食事が出来ました♪
沖縄生まれの私が正反対の北海道にいるだけでも
かなり不思議な気持ちでしたが、
こんな素敵な「繋がり」が出来てとても幸せでした
このコンクールは後日個評が送られてきます。
毎回先生方のコメントは励みとなり、
アドバイスはどれほど参考になった事か。
特に中田幸子先生のコメントは
読んだとたん、涙が出ました。
「人生を良く分かった方の歌を聴きました。
詞の内容を良く感じて歌って下さいました」
また大石 泰先生は
「歌を自分の手の内にしています。良かったです」
黒川 浩先生は
「声が深い方向でつやがあり豊かになりましたね」
長年自分の声があまり好きになれなかったのですが、
最近やっと落ち着き本当の自分の声が
分かってきた所なので嬉しかったです。
私が自由曲に選んだのは
「悲しくなったときは」
数年前までは曲の解釈も声も全く違いました。
今年は迷いも、心配もなく心から表現でき、
入賞がなくとも「思うように歌える喜び」を
噛み締めてステージにたっていました。
改めてこの曲の解釈が変わったこと、
それはこの曲は決して「悲しい歌」でありません。
きっと世の中の音楽はどんな曲も
「心のよりどころ」になる曲しか存在しないと
私は思えるようになりました。
宮城に戻り、家族、主治医の先生方、
生徒さん達に金賞受賞の報告をしたら
みなさん大変喜んで下さいました
本当に日頃から応援して下さり、
昨年は色々しんどい事もありましたが
今の自分の「心」は元気に音楽と向き合う事が出来てます。
しばらくは手術に向けて体調に気をつけて
過ごしたいと思います。

改めて、常日頃応援して下さってる皆さん

本当にありがとうございます😊

私にしか歌えない歌を、

私にしか出来ない音楽表現を、

これからも丁寧に奏で、指導していきます


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