たまたま、勤務していた場所に、テレビがあって、点けておいても良い仕事だったので、大きい余震の時の避難と、戻って来ての関連各所との慌ただしい連絡などを繰り返しながらだが、公共放送を、ちらちらと見ることが出来た。空港地域内だったので、非常電源もあり、停電もしなかったこともあった。
空港地域は、震度5強で、空港のあるN市内は、6弱だった。本震は約3分だったが、この揺れの長さ自体、多分、日本の観測史上、圧倒的な最長だろう。列島を伝播していったから、列島全体では、6分揺れたらしい。永遠に続くのではないかと思えた。更に、断続的に続く余震が、その感覚を、より強くした。しかも、テレビは、東北沖震源と言っている。その時点で、とにかく、とんでもないことが、起こっていることは、良く分かった。
テレビは、国会開催中で、その予算委員会の議場内が激しく揺れて、中断し、こわばった表情の首相をはじめ、出席者が避難する緊迫した場面を映していた。次いで、スタジオになり、緊急地震速報が出されたことを報じた。東北地方5県に対してだけなのだが、首都の放送しているスタジオも、首都圏の自分のいるプレハブの事務所も、どんどん揺れが酷くなる。もう危ないと感じて、一旦、事務所外に飛び出して、避難した。延々と続いた揺れが、ようやく収まり、事務所に戻ってからも、余震で、何度も、飛び出したが、テレビは、揺れに飛ばされることはなく、点けっぱなしにしていた。
そんなに余裕はないが、状況を確認したくて、ちらちらとテレビは覗いていた。大津波警報が出た。宮城6m、岩手、福島3mと聞いたことの無い高さ。空港のあるC県にも、津波警報が出ている。それでなくても、三陸は、一昨日にも、大地震があって、津波で、被害も出た。その前年のチリ地震津波でも、被害が出ていた。三陸地方が、津波に弱いリアス式海岸で、子どもの頃の史上最大のチリ沖の超巨大地震で、大変な津波被害が出たことも、もちろん、知っていた。前世紀末に、奥尻島に壊滅的な被害をもたらした大津波ことが、頭をよぎった。ただ、周囲の空港の建物や高速道路も、倒壊はしていない。耐震建築の普及で、阪神淡路大震災のような地震被害は、出ていないのでは、とも思った。
それから、監視カメラが設置された三陸海岸の湾が、映し出された。まだ、静かなままだ。速報値は、津波数十センチとか、報じている。あれっ⁉︎大丈夫なのかな。また、激しい揺れ。これは、隣県のI沖の最大余震だった。戻ると、釜石港の岸壁が、写し出されている。やがて、どんどん水位が上がり、魚市場のような建物内に迄、水位が上がっていく。これは、一昨日見た映像と同じだ。大津波だ。いや、停車していたトラックが浮かんで、流され始めた。一昨日以上だ。カメラは振られて、立派な高架道路と、その真下を走る道路を映し出した。道路を、クルマが走っているが、水を切って走っている。道路にまで、水が、上がったことが分かった。仕事で、少し、目を逸らす。戻すと、アナの声がうわずり、海か陸地か分からなくなった水面に、クルマが、何台となく、様々に傾きながら浮いている。すると、アナが、声を高め、奥で船が流されている、と。水に揉まれるクルマと巨大な漁船が、同じ水位を流されて行く。アナが、更に続ける。奥で、家が流されています!、と。もう、大災害だ。そのことは、分かった。少し、テレビの記憶は飛んで。宮城、名取川河口付近の海岸線。ヘリからの映像だ。ここは、リアス式海岸では無い。津波には、強いはず。だが、この巨大津波は、容赦ない。広々とした海岸の松林を乗り越えて、点々とした集落のある田園地帯を、延々と這うように呑み込んで行く。ビニールハウスを巻き込む。いや、既に、家屋も流されているようだ。火事を起こしているらしく、真っ黒な波の塊の中に、炎も見える。これ、皆逃げてるんだよね?時間は、あった筈だし。あっ、波の前を逃げるクルマ!必死だ。何台もいる。逃げ惑っているのか。先に、盛り土された高速道路と、名取川に掛かる高い橋が見える。巨大なトレーラーが、橋の上に停車している。あそこまで逃げれば。いや、逃げ切れない。呑まれた。何台も。いや、何十台か。波は、高速道路の土手に突き当たって、跳ね返った。名取川らしき手前に流れ込む。クルマは、揉まれている。土手道か?波が乗り越えると、そこが名取川か。あっ!クルマが!無数に… もう、息を飲むしか無かった。あの無数にも見えた、川に呑み込まれていくクルマの数々は、間違いなく、皆、さっきまで、逃げ惑っていたクルマだよね。人が、乗っていない筈は無い。助かる筈もない。その時、とにかく、悟ったのは、これが、想像したこともない巨大災害だと言うこと。一体、どれほどの人が亡くなるんだろうか。そこは、名取川沿いだが、釜石でも、同じようなことが起きたのだろう。多分、東北地方太平洋沿岸全域に。いや、このC県の沿岸でも…