まあ、つばめが、可哀想だなと、そう思いました。つばめは、時々我が家の吹き抜けのある玄関の高い外側ポーチの屋根の裏側に、巣を作りました。
この屋根の内側は、高く深くある場所で、風雨からも、当然、かなりしっかり守られます。加えて、人も、下を、ドアを、どたんばたんと、出入りしますから、烏も、他の野鳥も近づき辛い。猫も、手掛かり、足掛かり、何にもありませんから、まさしく、手も足も、出ません。つばめにとっては、最高に安全な場所だったのです。ただ、難点は、巣が作り辛い。内側のモルタルの表面に作るのですが、手掛かりがない訳ですから、巣の材料の泥なども、なかなかくっつきにくい。しっかりと作れないと、途中で巣が傷んで、ひなが、巣ごと落下なんて、悲劇もありました。だから、巣を作るつばめは、毎年と言う程ではありませんでした。そして、やがて、むくどりが、屋根の少し傷んだ穴を拡げて、巣を作るようになってしまいました。むくどりは、つばめの天敵なので、つばめは、その近くには、巣は作れません。息子に頼んで、屋根は、簡易修理をして、むくどりを追い出しました。しかし、我が家には、もう二度とつばめは、巣を作ることは、なくなってしまいました。
多分、近所では、我が家が、一番安全なつばめの巣の作り場所だったとは思います。玄関ポーチの屋根の高さですね。ただ、そうして、作り辛かったこともあり、諦めて、向かいのお宅の玄関ポーチの屋根裏などにも、作るつばめがいました。
その年は、まだ、しろを貰ってきた年で、むくどりが、住みつくずっと前でした。我が家に、巣を作ろうとして、だめで、居なくなってしまったつばめの夫婦がいたことは、確かです。しばらくして、向かいのお宅に、つばめが、巣を作って子どもも、生まれたようでした。つばめのお父さんとお母さんは、一生懸命、餌を運んでいます。
そんな時のしろの散歩です。まだ、うちの子になって間もない頃です。今日は、お兄ちゃんたちは、小学校。お母さんは、FC塾の研修で、クルマで、遠くへお出掛けです。だから、珍しく、お父さんとしろの二人、いや、一人と一匹で、まったりです。可愛い首輪、可愛いリード。今日も、「まあ、綺麗なわんちゃん!」とか、言って貰えるかな、と。
ふと、つばめの囀りです。お父さんつばめと、お母さんつばめが、行き交っています。向かいのお宅の玄関の屋根裏に、巣があるのです。もう、知っていました。あっ、つばめのお父さんと、お母さん、頑張ってるね。しろも、ちょっと気になるようで、上を見上げています。
でも、つばめの夫婦は、本当は、我々、一人と一匹を警戒して、寄せ付けないように、飛んでいるような気配でした。さあ、散歩に行こう。あっちを、くんくんっ。こっちも、くんくんっ。しゃあ〜っ!こいぬのしろの散歩も、随分と、忙しい。
あ〜あっ、誰にも、会えなかったね。帰り道。もうすぐ、我が家です。すっかり、「まあ、綺麗なわんちゃん」で、味をしめたお父さんは、人見知りなのに、しろを誰かに見てもらいたくて、仕方がなくなっていました。知らない人でも、行き合うと、たいがい、「可愛いね!」とか、「今、何か月?」とか、声を掛けて貰えます。
でも、今日は、誰にも、会えませんでした。しろも、ひぃ〜っのひの字も、わんっのわの字も、泣きません。まだ、天敵のセントバーナードたちにも、出会う前でした。しろの無心の散歩でした。最後の角を、回りました。あと、ちょっとだね。しろも、さすがに、少しお疲れです。えっ!その時でした。
ふと、見上げた先。向かいのお宅の方向です。!猫です。向かいのお宅は、立派なカーポートを、作ってありました。その屋根に、猫!玄関脇のモルタルの仕切りを、よじ登って、カーポートの屋根に乗ったのでしょう。そして、うかがっています。つばめの巣を。我が家のように高い玄関ポーチの屋根裏ではないので、もう簡単に、飛びつけそうです。
つばめのお父さんと、お母さんが、近くを飛び交っています。でも、猫が、意に介す筈は、ありません。猫にとっては、つばめなど、親でも、猫パンチ一撃です。まずいっ!
自分は、脚の重くなったしろを引き摺るようにして、向かいのお宅のカーポートの前に、急ぎました。向かいのお宅は、みんな出掛けているようです。クルマも、ありません。
まさかねえ。他人の家の玄関によじ登る訳にもいかない。泥棒じゃないんだから。でも、つばめのひなが食べらちゃうのを、みすみす見過ごす訳にもいかない。しろを、見下ろします。おまえ、いぬなんだから、なんとかしろよ。でも、しろは、きょとんっ。そして、そっぽ。つばめも良く分かんないけど、猫も良く分からない頃です。まあ、仕方ないなあ。子犬だもんなあ、しろは…
ふと、思い浮かびました。しろを、抱き上げます。しろは、そっぽのまま。猫は、カーポートの屋根の際で、つばめの巣を、うかがっています。カーポート脇から、意外と近い。一人と一匹が、近づいてきて、警戒した猫は、我々に、視線を向けます。でも、おまえたち、ここまで、来れないだろう。そんな感じで、猫は、また、つばめの巣を、じっと。その時です。
お父さんが、しろを、ぐいっと。猫の目の前に、差し出しました。なんだよっ、しろっ!しろは、そっぽを向いたまま。猫に興味がないみたい。猫、目の前にいるじゃん!でも、ぼう〜っと。そっぽのまま。それでも、いぬかよっ!わんっくらい、言えよなっ‼︎お父さんは、怒り狂いますが。しろは、そっぽ。
でも、猫は。違いました。相手は、子犬です。自分と、たいして大きさは変わらない。しかも、ぼうっとしてて、そっぽを、向いている。でも、猫は、違ったのです。お父さんには、目もくれません。じっと、しろを。警戒して。固まってしまいました。しばらく、その場にいましたが。さっと、カーポートの屋根を伝って。その向こうへと。瞬時に、逃げ去りました。あれっ、しろやるじゃん。つばめのひなの生命を、救うなんて。と、言うより、何も、してないけど。まだ、そっぽを向いたままで。きょとんっ。なんだろう、猫は。天敵のいぬの臭いに、怯えたんだろうか…