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日記、日々の想い 

恐怖の創立記念日(再構成の再投稿です。)

 後々考えると、結構不思議に思えた。男性、もう犯罪者と分かってしまったが、彼は、長い刃物をぶらぶらさせながら、先頭を歩いて山道に消えていった。後をすごすごと従い歩く女性二人、人質は、その時点では、刃物を突きつけられている訳ではなかった。しかも、近くに、助けと思しき男性数人が、追って来ている。逃げようと思えば、逃げられたのでないか、と。確かに、同じ立場になったとして、そう出来る人たちもいるようにも思う。
 しかし、二人は、恐らく、恐怖で呪縛状態になってしまっていて、どうにも出来なくなっていたのだろう。また、二人は、犯人からは別々に捕まった人質だったようで、お互いに示し合わせることも出来ずに、犯人の言いなりになってしまったのかも知れない。
 追っ手の数人の男性たちは、犯人が、人質に危害を加えることを恐れているようで、三人が、歩き始めたあと、間を置いて、しかし、見失わない距離で、慎重に、後を追ってい行った。彼らが、人気のない窪地の公園にいる子ども二人にも、気づかなかったことはない筈だが、声は掛けられなかった。男性たちも、追跡に必死で、自分たちに配慮する余裕などなかったのだろう。事後に、分かったことなのだが、彼らは、警察官ではなかったので、やむを得なかったのだ、とも思う。
 とにかく、自分たちは、あまりの衝撃に、お互いを見つめ合ったままで、しばらく固まっていた。凶器を持った犯人と、その人質たちとの一番近くに、自分たちがいたのだ。しかも、数人の追っ手と、犯人と人質たちとの間に挟まれていると言うあり得ない状況で。
 自分たち二人は、小学生だったが、世の中のこともだいぶん分かり始める五年生になっていた。起こっている事態の自分たちに対する危険性は、十分に理解出来ていた。ただ、悪いことに、その日は、学校の創立記念日で、母校だけに限った休日なのだった。
 世の中は、平日の昼前なのだ。通常、ハイキングで訪れるような山上の公園などには、人影など,ある筈もなかった。犯人と人質の三人、追っ手の数人、そのやり合う修羅場の只中に、子どもの自分たち二人だけ。取り残されていたのだ。
 二人は、しばらくして、何とか、我には返ったと思う。お互い、ひそひそと小声で、状況の確認をし合い、励まし合い、この窮地からの脱出法を、話し合ったと思う。
 まず、窪地の公園から、上の広場に上がってみることにした。もちろん、怖々と周囲を窺いながら。来た方向、犯人たちのいた側とは反対側に上がった。すると、レストハウスが、少し先に建っている。救われた思いだった。あそこなら、売店や食堂もある。店員さんもいるだろう。しかし、それほど世の中は、甘くない。悪いことは、重なる。何と、その日は、定休日だったのだ。週中の平日だから、仕方がないのだが。建物は、すべて、しっかりと施錠されていて、まったく、人の気配などなかった。
 こうなると、またお互いに向き合うしかなくて、ますます恐怖は、加速してくる。こんな人気のない建物からは、すぐに離れないといけない。物陰から、犯人が飛び出して来そうに思える。もう、歩いて帰る気持ちには、なれなかった。どの経路を辿ろうが、犯人と鉢合わせしそうな気がした。まだ、そんな場所には,公衆電話さえあまりない時代だった。子どもも、スマホを持ち歩く現代などとは、別世界だ。とにかく、その頂上はだだっ広いが、平日で、施設も定休日のその昼前後には、人影など、まるで無いのだ。
 自分たち二人だけでこの危地を、脱出するしかない。その頂上から、クルマも通れる広い舗装道路が下っている。まずその道を,目指そう。二人で,話し合った。その道に出れば、しばらく下りて行くと、やはり開けた場所がある。そこにさえ辿り着けば、国鉄のH駅と、このS平を結ぶバスの終点がある。あそこに行こう。バスに、乗ろう。あの駅行きのバスに乗れば、やがて、途中に自分の家から、歩いて10分位のバス停がある。
 二人は、意を決して、建物から離れて、広い坂道へと歩き始めた。すると、パトカーが、道を上がって来る。とにかく、思わず、ほっとしてしまった。縋る思いだった。しかし、何だか物々しい車両だった記憶が残っている。記憶違いがあるかも知れないが。ジープのような軍用車両のようなクルマで、ただ、パトカーの彩色と警察のロゴが入っているので、それと分かるのだ。でも、何だか怖い。気後れした。二人ともだ。助けを求めて、大声を張り上げなければ。でも、勇気が湧かない。すると、無情に、パトカーは、走り去る。自分たちなど、いないように。気遣う気配などない。速度を落とさず、そのまま。頂上の広場へと走り去って行ってしまった。
 きっと、追っ手の人たちから連絡を受けて、やって来たのだろう。そして、自分たちは、そんな非常事態に、警察が、いちいち構っているには、少し大きな子どもたちだったのかも知れない。自分たちは、もう誰にも助けて貰えないと、思い知らされたのだ。
 とにかく、夢中で道路を下って、バス停のある広い空き地に出た。そこは、頂上からは、一段低い場所になっているが、元の高射砲陣地の構造的な理由もあったのだろう。頂上とは、切り崩された崖で隔てられていた。高い、赤土が剥き出しの崖だ。その崖の裾には、塞がれた防空壕の入り口の跡なども残っていた。
 広い空き地でも、頂上とは違い、ほとんど整備はされていない裏寂しい場所だった。僅かに、バスの終点辺りに、砂利がひかれているだけだ。バス停に辿り着いて、時間表を覗く。何と、間が悪い。悪いことには、悪いことが、何度でも重なるのだ。次の便は、一時間後にもなる。
 それまで、あの頂上広場と同じように、まったく人影もなく、しかも遥かに寂しげなこんな場所で、バスを待たなければならないのだ。バスの通り道を少し歩けば、すぐに広い舗装道路になって、山塊をなだらかにくねりながら、山裾の街へと下っていくことは、知っていた。だが、大きく山塊を周回していくから、歩くにはかなりの大変な距離になる。
 しかも、広い道とは言え、山裾の街に着くまでは、クルマも通らず、歩く人もいない山林の間を下りて行くのだ。しかも、山裾の街は、自分たちの住む地域からは、ちょうど山塊の真裏になる、かなり遠い場所だ。とても、二人には、そのバス道路を歩いて下りて行く、勇気も気力も、まったく残っていなかった。結局、バスを待つしかない。
 バスを待つしかなかったのだが。やはり、寂しく、怖い場所だ。バス停には、ベンチがあったと思う。腰掛けて、待っていた。ただ、もちろん、他にバスを待つ客など来る筈もない。山を登って来る人も、下りて行く人もいない。いつまでも、人影はないままだ。
 しかし、周囲を眺めてみると、いくつか細い登山道らしき下り口がある。もちろん、そんな何処に繋がっているのか分からないような道で、下って行く勇気などある筈もない。
 ただ、そうして待っていると、その下り口から、ひょっこり、犯人が飛び出して来そうな恐怖にも駆られてしまう。犯人と人質たちは、あのあと、この山の、一体どの辺りを歩いているのだろうか。犯人の手にする長い刃物の煌めきと揺めき。おずおずと付き従う人質たちの恐怖に縮こまった後ろ姿。その光景が、繰り返し甦ってくる。
 ただ、しばらくしてから、何台かの警察車両が上がって来た。そのまま、頂上へと上がって行ってしまったが。逆に、最初に頂上で行き合った警察車両は、山を降りて行ったかも知れない。もちろん、助けを求めるような勇気は、二人には無いままだ。ただ、自分も、そんな考えが、少しは浮かんだと思う。しかし、自分と友だちの二人は、そんな行動は遠慮してしまう、かなり人見知りな性格だと言うことでは、共通していた。
 ただ、パトカーが何台となく通るだけでも、二人は、かなり安心出来て、落ち着きを取り戻せたと思う。しかも、今度は良いことに、バスがかなり早くやって来た。もちろん、下りる人などいない。こんな日は、途中の人里で、皆、乗り降りしてしまうのだろう。バスは、まだワンマンカーではなかった。少なくとも、運転手さんと、車掌さんがいる。二人は深い安堵の思いとともに、縋り付くように、バスに乗り込んでいった。
 ただ、男性の運転手も、女性の車掌も無愛想で、自分たちが乗車する時に、言葉を交わしたのかもよく覚えていない。二人は、遠慮がちになり、後部の座席に腰掛けた。それでも、とにかく、大人の運転手さんと車掌さんと一緒になれた。そのことの安堵は深く、沈み込むように腰掛けたのだと思う。まだ、出発まで長い時間があったのだが・・・
 相変わらず、バスの停車する広い空き地には、人影などない。もちろん、自分たち以外の客など乗って来る筈もない。運転手と車掌は、本来の席ではなく、前部の客席に座っていたのかも知れない。何か話し込んでいたと思う。すると、突然、運転手が、車掌の手を引いて、少し後ろの二人席に連れていき、車掌を押し倒そうとした。少し抱き合って、キスをしたり、揉み合っていたようにも思う。自分たち二人は、またまたあり得ない出来事を、目の前にすることに、なってしまった…
 自分たち以外には、誰も、お客がいなかったとは言え、真昼間だ。後々、もっと大人になって思い返すと、よくもまあ、と言う話だ。自分たち二人は、散々燃え盛っていた恐怖が鎮まって来たところで、また油を注がれた思いだった。二人ともに、黙りこくったまま、俯向き、目を背けることしか出来なかった。すると、車掌が、潜めた声で、「止めてよ!子どもたちも見ているんだから。」と。運転手は、「いいじゃねえか!」と。やはり声を潜めて。だいたい、このK県の中央部を独占的に営業しているこのバス会社は、運転手のガラが悪いことでは、有名ではあったのだが。それにしても…
 ただ、車掌が、また強く拒否したようで、二人は離れた。あとで考えれば、一瞬の出来事だったのだろう。運転手と車掌は、それぞれの席に戻り、素知らぬ顔をしているように思えた。もちろん、自分たち二人とも、顔をうつ伏せたまま、様子を窺うことも憚られた。
 そのまま、バスは、出発する。やがて、麓に下って行くと、そこここのバス停で、乗客が、乗車して来た。その頃には、運転手も、車掌も何事もなかったように、普段通りに、仕事をこなしていた。自分は、とても不思議な感覚に陥っていたと思う。何気ない日常の裏に潜む底の知れない闇を覗いたような。バスは、H川沿いに出て、T海道に折れる。自分たちが、朝渡った橋の、一つ上流に掛かる橋を渡ると、しばらく走って、自分の家に一番近いバス停になる。自分は、そこで降りた。
 終点の駅の反対側方面に自宅のある友だちとは、そこで別れた。声を掛け合う元気など、二人ともなかったと思う。自分は、放心しながら、バス停から自宅までの道のりを、とぼとぼと歩いた記憶が残っている。多分、そのたった一日に起こった、人生にはこんな日もあるのかと思うようなあり得ない出来事の数々の場面を、疲れ果て、夢うつつのようでもある自らの意識に、へめぐらせていたのだろう…



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