小学校入学前に
刷り込まれた
自分の実家は
自分が、幼稚園の
年長の年齢に
海辺の街の
高台に、引っ越した
新興住宅地だけど
大規模分譲とか、
そんなんじゃないから
周りは、空き地だらけ
新しい実家は
なだらかな海岸段丘の
高みにあって
だから、見晴らせば
遠い防砂林の
その向こうに
太平洋へと広がる湾の
波の波濤まで、見えるんだ
そんな場所だった
眺めは、どこにも
絶対、負けないけど
問題は、風なんだ
毎日、昼間には
海からの、潮風になる
でも、その海風なんて
別に大した事じゃない
ただ、嵐になると
風は、牙を剥く
高台は、風に揉まれるんだ
特に、海からの風は
前に遮る、家もないから
この高台の、台上まで
吹き上がってくるんだ
まるで、家ごと
吹き飛ばす位に
そして、自分の
恐怖の記憶は
引っ越した、その年に
起こってしまった
伊勢湾台風
歴史に名を残す
超巨大台風で
超巨大災害だけど
首都隣県の故郷には
壊滅的な被害を
もたらした訳じゃない
まだ、ラジオしかない
その時代だったけど
父さんが
凄く大きな
台風が来るんだって
知っていたんだ
自分たち家族を前に
いちばん幼い自分にも
言葉は、穏やかだったけど
それと分かる
こわばった口調で
静かに、覚悟を
話してくれた
まだ、出来立ての家だけど
風除けもない場所だから
父さんも、きっと
凄く、怖れていたんだと思う
しっかり、戸締りして
お婆ちゃんと母さん
自分たち子どもたちを
家に残して
たった一人で
豪雨の中を
昔の木の雨戸に
外から、斜交いを
打ちつけていた
そんな記憶がある
恐怖の緊張の
底に、澱んで
でも、大嵐は
際限がなくて
夜遅くなるほどに
酷くなるばかりだった
眠れなくて、潜っている
布団から、顔を出すと
父さんは、一人で
激しく揺さぶられている
そんな雨戸を
必死に、押さえていたんだ
そんな姿を見た
幼い自分は
もっと、縮こまって
布団に
もっと、潜り込んだ
眠れない夜が
過ぎ去る事を
願うことしか
出来なかった
あの台風の夜…
でも、雨戸を
身体で、抑えるなんて
随分、原始的で
非常識に、危ないだけだって
今の自分は、思ってしまう
…ただ、あの夜は
恐ろしい高潮が起きて
何千人ものひとが
亡くなった
酷い夜だったんだ…