いわもと、かかってこいや―――! ← このブログの初回の記事にリンクしてます。
そんな意味不明のタイトルで、ブログを書き始めたのは3年2ヶ月ほど前。
新しいPCを買ったあたしに、久しぶりに会った友達数人に”ブログでも始めたらどう?”
と、言われたのがきっかけで、帰ってすぐにノリで書いたのが始まり。
しかしですよ、ブログのタイトルがなかなか思いつかず
苦し紛れに思いついたのが、あのタイトル(笑)
ちなみに、”いわもと”というのはその友達のうちの一人の旧姓。
結婚して何年も経っているのに、慣れというのは恐ろしいもの。
いまだに、旧姓で呼んでました。
あたしが”いわもと―――!”と呼ぶと、”Sですっ!”といつも訂正されてたな(笑)
その後は、ブログのネタがどうしてもパチ・スロ寄りになったので
今のタイトル”へぼへぼスロ日記”に変更してしまいましたが。
その”いわもと”という友達は、中一の頃に出会い、高校も一緒だったこともあって、
社会人になっても、ずっと付き合ってきました。
しかもダンナになった人が不思議な縁で、あたしが以前から知ってた人だったんだよね。
これを世間では、クサレ縁なんて言葉で表現するんでしょう。
この数日で、悲しい出来事が続きました。
まずは、いわもとのダンナKさんの訃報。
いつも元気な人で、趣味も楽しんでいたし、友達もとても多かった。
そんなKさんが何故亡くなったのかと、かなりショックでした。
鬱を患って、休職していたと知ったのは訃報を聞いたときでした。
知らせを聞いて、出かけた通夜。
そこには、喪主として淡々と弔問客に挨拶するいわもとがいました。
いったいどんな気持ちでいたのか、あたしの想像を超える辛さだったと思います。
通夜が終わり、少し話をし、帰ろうとしたところで
無表情に椅子に座ったいわもとを見たら、たまらなくてまた声をかけました。
腕をつかんだら、驚くほど細くて涙が出た。
あたしより身長も高くて、がっしりしていたはずなのに。
そのとき、Kさんが亡くなったことを悲しいではなく、悔しいと言ったいわもと。
なんで、自分も連れていってくれなかったのかと言った、いわもと。
あたしはその言葉を聞いて、どうしようもない気持ちになってしまいました。
でも、悔しいという言葉には、少しの希望を感じていました。
時間はかかるけど、きっと大丈夫。
絶対に立ち直ってくれる、そう信じていました。
あたしも自分にできる限り、力になろう・・・そう思い、その場を後にしました。
それから、たったの4日。
今度は、いわもとの訃報です。
慌てて通夜に出かけ、もう話すことの出来ないいわもとと対面したのですが
顔を見ても、信じられない。
一緒に出かけた友達と、頭が痛くなるくらいワンワン泣きました。
次の日の葬儀でも、これでもかというくらい涙が止まらなかった。
どれだけ泣いても、涙って枯れないものなんですね。
仲良し夫婦だった、いわもと達。
ほんの数日離れただけで、寂しかったんだね。
一人で、Kさんを支えてきて疲れてたんだね。
でも、あたしたち友達だって、何も出来ないまま、いわもとと別れるのはとても辛い。
みんな、いわもとに生きててほしくて、いろんなことを思ってたよ。
早く元気になってもらうために、どうすればいいかみんなで相談しあってたんだよ。
まだまだ、2人が亡くなったことを受け入れられないあたしです。
なんとなく、電話をすれば出てくれそうな気もするし、
呼べば、一緒に飲みに行くぞ!なんて言ってくれそうな気もする。
みんなで集まれば、その輪の中に当たり前のようにいそうな気がする。
いわもと、寂しいよ。
日が経つにつれ、寂しいって気持ちがドンドン増してるよ。
会って、楽しい話がしたいよ。
こういう事情で、ブログの更新が少し止まってました。
あまりにプライベートな事なので、この事を記事としてUPすることに抵抗があったのですが・・・・・・
でも、書かずにはいられなかったんです。
いわもとは、あたしがブログを始めるきっかけになった一人だったから。
いずれ、あたしもいわもとのところへ行くでしょう。
そのときは、言いたいことたくさん抱えて行くぞ!
もちろん、恨みごとだから覚悟しておいてもらわないとね(笑)
でも、まだまだこっちでやりたいことあるから、もうしばらく待っててね。