多摩爺の「時のつれづれ(卯月の20)」
断捨離中にひと悶着
昨春、いわゆるセカンドステージといわれる、年金生活者の仲間入りし、
その手始めとして、捨てられない老夫婦(若い頃から物を大事にしてきた男と女だ。)は、
10年前に流行語に選ばれた「断捨離」という・・・ 共同作業に取り掛かっていた。
サラリーマン時代にお世話になった、スーツやネクタイなどの衣服類から始め、
残したのは、お気に入りのブレザーと礼服、さらにワイシャツ数枚とネクタイ2本だけ、
あとは・・・ 捨てるに捨てられない、
無理して買ったバーバリーのコート(箪笥の肥やし)と普段着だけである。
出張先で購入した、琉球グラスや小樽グラスに、
趣味で集めていた「ぐい飲み」などの食器類も断捨離だ。
それなりのお値段で、安いものではなかったが、
もう10年以上は使ってないし、使う予定もないんだから当然だろう。
残したのは、江戸切子の夫婦グラス1組だけ、
お酒は既に缶ビール1本程度に抑えており、必要性を感じないが、
なにか一つぐらい置いておかないと・・・ サイドボードが風邪をひいてしまう。
通勤電車内で読んでいた山本一力や、葉室麟、船戸与一、吉川英治、吉村昭、司馬遼太郎などの、
大好きだった歴史小説も何度か読んでるし、もう読み直すこともないので断捨離することにした。
残したのは、半藤一利や保阪正康、渡辺京二などの、近代日本史を綴った文庫本を含む数冊
近代日本史は、中学や高校の社会科の授業で学ぶ機会が少ないこともあり、
孫のために残すことを選択した。
溜まりに溜まっていた年賀状専用のアルバムも、
今年と昨年の分を残して全てシュレッダー行きになった。
古希を一つの区切りに、年始の挨拶を終えようと考えていて、あと3年は頑張らねばならないが、
今年、父が逝って・・・ 90代に入った母、岳父、義母がいるので、
喜寿まで年賀状が続くかどうか分からないが、
これもあるタイミングで区切りを付けねばならないだろう。
つい最近まで、200枚近く出していた年賀状だったが、
これからは、本当に近い人たちだけにさせていただき、3年後には50枚弱にしようと思っている。
アルバムつながりで、写真のアルバムから、1枚ずつ丁寧に外しながら、
スキャナーで読み取りデジタル化している最中に・・・ ちょっとした、ひと悶着があった。
たまたまスキャニングを始めた1冊は、上京して間もない30代に入ったばかりのものだった。
女房は20代から50代の半ばまで、胸のあたりまで髪を伸ばしていて、
たまに三つ編みにしていることがあった。
私にとっては見慣れた姿であり、なんの違和感もなく、気にもならない写真だったが、
スキャニングした、三つ編みの写真を見た瞬間、
いきなり、趣味が悪いと言ってきたから、ちょっと驚いた。
還暦を過ぎたいま、女房の髪型は・・・ どこでも見かけるような、オバサンショートである。
叱られるが、分かり易く例えるなら、
スクーターに乗ってる郵便局の配達員さんが被ってるヘルメットによく似てる。
誤解のないように云っておくが、ご近所に住む同年代の方々も、似たようなもんだから、
けっして、それが悪いとか、気に入らないわけではない。
髪を短くしてから10年ぐらい経つが、白髪をたまに気にするぐらいで、
髪形を気にしたことなんてないのに、
「年甲斐もなく、こんな恥ずかしい写真を・・・ 」と言いだし、
私の趣味が悪いと、イチャモンを付けてくるんだから「オイオイ、勘弁してくれよ。」である。
そういえば・・・ 髪を短くしたころから、やたらと年相応と言い出している。
私が知らないところでなにかあったのかも・・・ ?
20年ぐらい前(女房は40代に入ったばかり)、マンションを買って越してくる前に住んでた町に、
女房より長い髪を三つ編みにした、60代とおぼしきオバサンが近所にいて、
挨拶を交わす程度だったが、三つ編みがトレードマークだったので、
いまでも覚えているぐらい印象が強かった。
だからといって、10年以上も前に女房が三つ編みにしていたことなんて、
申し訳ないが・・・ とうの昔に忘れていた。
一度だけ、石原裕次郎さんの奥さんみたいだと言われたことがあって、
女房が気にしていたことがあったが、
それでも、構わずに三つ編みにすることがあったんだから・・・ なにをいまさらだし、
買い物に行くときだって、そのまま帽子を深めに被って、顔が見えないようにしてたんだから、
お気に入りではないものの・・・ けっこう楽チンな、スタイルだったと思われる。
個人的な好みを言えば、短い髪より、長かった時の方が・・・ 可愛いかったかな?とは思うものの、
だからといって、私が長い髪と三つ編みを求めていたわけではないので、
どうでも良いことだが・・・ 誤解をしてもらっては困る。
女房が言うには・・・ 古い写真がデジタル化されて、私が管理するハードディスクに保存されると、
私が自分の部屋で、ニタニタしながら、夜な夜な見てるではないかと勘繰っていた。
申し訳ないが、私はそんなに悪趣味ではないし、
思い出の写真を眺めることが、そんなに悪いことだとも思ってはいない。
また、書棚の片隅に置かれた、ちょっと厚くなったナカバヤシさんの「フエルアルバム」のなかで、
誰の目にも触れず、過去のものとして、静かに閉じておいてほしかったというから、
それならそれで・・・ 「早く言ってくれ。」である。
嫌なものを、無理やりスキャンする必要もないので、
我が家のデジタル化は、始まった途端にストップしたが、
お国のデジタル化が、遅々として進まないのも、このようなどうでも良いことが、
デジタル化に反対する抵抗勢力や、ジェネレーションギャップによって、
ブレーキが踏まれているのかもしれない。
古い歌を引用して恐縮だが、「あの時、君は若かった。(ザ・スパイダース)」で良いと思うが、
幾つになっても・・・ 女心は複雑だと気づかされる。
如何に夫婦とはいえ、事前にお伺い立てるに越したことはないと、改めて学んだのであった。
なんで、こんな物を買ったんだろうと・・・ 「勿体なかった。」は良いとしても、
ネガティブな思考で、過去を悔やみながら断捨離を進める女房に対し、
昔は必要だと思ったから買ったんだけど、いまは使わないし、これからも必要ないと思うので、
先々を見据えて断捨離を進める・・・ ポジティブな思考の私
40年以上も連れ添った夫婦でも、断捨離でやることは同じなのに、
そこに至る思考が、全く逆なんだから・・・ 人の心って、本当にわからないものである。
つい先日、ある方のブログを読ませていただいた時、素晴らしい言葉にめぐりあった。
「安心は、変化のない安定の中にあり、喜びは、変化を乗り越えた先にある。
安心と喜び、どっちも捨てがたいけど・・・ 変化がないのはつまらない。」
思いつくのは・・・ 女房の心から、余裕がなくなっていることだろう。
昨春からの悩まされ続けている「コロナうつ」が原因なんだろうが、
良くなるまでには、もう少し時間がかかるかもしれない。
原因が分かっているので、写真ぐらいで、グズグズいうのは止めておきたい。
安心と喜び、どちらも手に入れたいが、
女房が元気になるまでは「負けるが勝ち」で良いんだと、割り切ることに決めたんだから・・・ 。
男と女の違い・・・・わかっているようで、なかなか・・・・。
昨今のサワギも、このあたりからでしょうか。
コメントを頂戴しありがとうございました。
仰る通りです。
逝きつく先は同じでも、男性と女性には選ぶ道に違いがあるようです。
だから楽しいし、日々の気づきが新鮮なのかもしれません。