今日から8月(とうとうあと5か月・・)。今日から限界突破RADIOのエンディングも「甲州路」に変わりましたね♪
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今日は9月6日発売のアルバムの告知からデビュー曲「箱根八里の半次郎」のカップリング曲だった「浅草人情」がかかりました。
Kiiちゃん、この2曲を持って全国をキャンペーンで回ったとお話ししていました。
カップリング曲の宿命で、ファン以外で「浅草人情」をご存じの方はそんなに多くないかもしれません。
私はこの曲は長良会長がご自身の人生をからめて松井先生に歌詞をオーダーされたのではないかな?と想像しています。
「横にゃ振れない首根っこ」
かつて水原弘さんが再起の手助けをしてほしいと会長を頼ってこられた時に、周りの全員が反対。会長も水原さんに好意を持っていなかったにも関わらず、結局引き受けてしまったのは、頼まれたら嫌とは言えない会長の性分からだったのではないでしょうか。
水原さんが借金だらけのまま亡くなられた後も、ご遺族のために(ご自分も多額の負債を肩代わりしていたにもかかわらず)お仲間から募金を集めたそうですね。
Kiiちゃんのプロデュースを引き受けてくださったそもそもの根本にも、それがあったような気がします。
「男の演歌歌手はいらない」とどこのプロダクションからも断られた末に、「ここが最後!」と水森先生はじめコロムビア、文化放送の偉い方たちがKiiちゃんを事務所に連れてきた時、皆さんきっと必死の形相だったのでしょう。
もちろんKiiちゃんの生の歌声を聴いての即決ではあったでしょうけれど、そこにいた全員の真剣さが長良会長の心を動かしたのではないかと思うのです。
その頃はまだ「廣済堂プロダクション」という名前だったと思いますが、Kiiちゃんを引き受けたと聞いたマネージャーさんが(どなた?)「また売れない歌手を引き取って!うちは廣済堂じゃなくて救済堂だよ!」とおっしゃったというのが笑えます(*^-^*)
亡くなられるまで浅草で暮らし浅草に生きる人たちの人情を愛された長良会長。
Kiiちゃんはこのところ「亡くなったプロデューサーの長良会長が」とお名前を口にすることが随分多くなった気がします。
さて、今日から「ライブ・エール」の1分間番宣番組が流れますね。録画の準備はOKです♪