ボランティアのために開放してくれた公園 「テント村」と呼んでいた。
5月とは言え東北の春は朝晩はかなり冷え込みました。
テント村は外灯も最小限ではあるけれどほんのりと明るく、トイレも水洗で不自由はしません。 一番嬉しかったのは、作業を終えてヘトヘトで帰るとボランティアに振舞う炊き出しがあった事です。 メニューも日替わりで具沢山のスープや牛丼、カレー、豚汁。 てんこ盛りで、それはそれは体が温まり涙が出るほどおいしかった。
この人達も大阪からはるばるボランティアに炊き出しするためやって来たボランティアでした。
色々なボランティアがあるんだなぁ。
滞在型ボランティアの大半はこのテント村で過ごし、作業を終えると食事を作り酒を飲みながらしばし談笑して9時頃には静まりかえります。(何せ疲れてるからね) そして朝6時か7時頃までにはボランティアセンターの入り口に並ぶ日々を送っていました。
もちろん僕達も2日目からは同じ行動でした。
風呂もシャワーもないので公園の水道で顔や身体を拭くか、ボランティアセンターのトイレで頭を洗うかです。(女性にはだいぶつらいね)
他の地域のVCに来ている人達はわかりませんが、ここ岩沼のVCに来ているボランティアは意を決して悲壮感を持ってとか使命感を持ってきましたという風体でなく、とても自然体で皆明るく、テント村での生活を楽しんでいる様でした。
そしてひとたび被災地現場に行けば黙々と汗流して働き、終わればサッと引き揚げて行く素敵な大人たちでした。
ボランティアに振舞う炊き出し(この日はカツ丼の具)
テント村の横に並ぶ仮設住宅(きれいなピンクの花の木々が並んでいました
GWも終盤に来るとテント村もだいぶ寂しくなってきました。 他のVCも連休中は対応しきれずボランティアの受け入れを一時中止していましたが、受け入れ可能や中には「足りません !是非来てください。」とまでインフォメーションに書いてありました。
特に仙台から東の沿岸部の小さな村は鉄道がいまだに復旧しておらず、情報も発信できずに応援が来るのをひたすら待つ状態だと聞きました。
これからボランティアに行こうとしている人がいたら是非こうした沿岸部の街や村に車で行ってもらいたい。 その方が現地で役に立つ事が多いとおもいます。
東塩釜付近の瓦礫の山
ボランティアがたくさん必要なのはこれからだと思いました。 これから色々な形の要請があると思います。 そして予想以上にボランティアの力は現地に行ってみると被災者の方々に頼りにされていると言う現実でした。 最後は人の力と心でしょうか?
今回数日でしたが現地に行って感じたこと。 それは被災者の方々がそろそろ少しずつだが歩き出そうとしている事。(数人しか会ってませんが・・・)
そして何より日本人ってまだまだ捨てたモンじゃないなぁ~と言うことでした。 顔も話もした事のない人々の悲しみを想い、力になろうと全国から体ひとつで集まる老若男女。
未来の日本に少し希望が持てました。
駅の横の展示室
最後にテント村で出会えた皆さんに感謝します。 仮設住宅のご夫婦、つたない演奏を聞いてくれてありがとう! 被災された農家のご主人、色々当時の様子をお辛いのに話してくださりありがとうございました。 皆さんお元気で!!
FIN
やっと終われたぁ~、どうなるかなぁと思ったぁ~。 僕にしては超まじめなブログでした。 (自己満足)
俺も一回足を運ばないとと思ってます。
お年寄りの肩もみボランティアがあるそうな・・・