☆沖縄が流行る以前のティンクティンク県外ライブでは☆
「この子たち何だろう、という不思議な目でみてましたね」
「踊るよ、といっても、誰も踊らなくて、すごく悲しかった」
(あずさぁ、タイフーンfm「ヒトワク」より)
たぶん、10年前のデビューのころのことなんでしょう。
そんな経験してたんですね。いまでは全く信じられません。
ティンクティンクの10年がその環境を変えてきたんです。
だって、カラハーイに年間300日出ていたとして、
1日100人の新規のお客さんがいたとして、
合計3万人。
それが10年で30万人。
つまり、ティンクティンクは
どんなにすくなくても10万人以上のカチャーシの先生をしてきたということ。
この蓄積は、大きい。
大変な功績です!
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「この子たち何だろう、という不思議な目でみてましたね」
「踊るよ、といっても、誰も踊らなくて、すごく悲しかった」
(あずさぁ、タイフーンfm「ヒトワク」より)
たぶん、10年前のデビューのころのことなんでしょう。
そんな経験してたんですね。いまでは全く信じられません。
ティンクティンクの10年がその環境を変えてきたんです。
だって、カラハーイに年間300日出ていたとして、
1日100人の新規のお客さんがいたとして、
合計3万人。
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どんなにすくなくても10万人以上のカチャーシの先生をしてきたということ。
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