『星の子供たち』
『まだらの腕』
私の左腕に、赤い発疹がぶわーっと広がった。
「まただ…五十鈴。君のせいだ。」
脳裏に、五十鈴の顔が浮かぶ。
『武村五十鈴』
もう三十歳まじかというのに、少女のような美貌をした女。髪は生まれつき淡い栗色で、触るとさらさらと滑らかに流れる。綺麗な二重の目は何時も輝きをたたえ、長いまつげは瞳という宝石を装飾する飾りのようである。
しかし私は知っている。あの女…五十鈴には、心がない。
笑いもするし、泣きもする。でもそれは、『そうすべき』だからだ。人が笑い、人が泣くのを見て学習したに過ぎないのだ。
それを証拠に、五十鈴は私以外の人が居ない時。まるで、人形のようだ。美しく可憐な人形。とても精巧に作られた、出来のいい人形。
笑いもせず。
泣きもせず。
ただじっと、その宝石の瞳で私を見ているのだ。
そしてその瞳で見つめられる度に、私の左腕には赤いまだらの発疹が出る。
初めは、原因が分からなかった。何より片腕だけというのが、不思議でしょうがなかった。普通のアレルギーならば、もっと広範囲に出るだろう。なのに必ず、赤い発疹は左腕に出た。
病院に行っても、原因は不明。挙句には「心因性でしょう」ですまされた。仕方がないので、自分で原因を探ることにした。一日の行動をメモにとる事にしたのだ。何を食べたか。何処に行ったか。誰と会ったか…様々な事柄を整理していて、私は気づいた。
私の左腕がまだらになる時。
それは…五十鈴と会った時だ。
書き溜めていたメモを遡ると、必ず五十鈴の名を見つける。接触せずとも、私が五十鈴の存在に気づいたその日。
私の左腕は、醜くまだらになっていたのだ…
「で、なにこれ?」
私は、隣にぼーっと座ってるスバルに問いかけた。
初夏の公園。緑が多くて、落ち着くからよくここに私は来ている。昼間は暇そうなおじさんや、仲の良さそうな恋人同士がくつろぐ憩いの場だ。
(私達も、『そう』見えるのか?)
そんな考えがふと浮かんだ。『そう』見られたいのか、見られたくないのか…自分でもよく分からなかった。
「小説?」
スバルが、なぜか疑問系で答えた。
クセのある色の薄い長い猫っ毛が、ふとそよいだ風に踊った。スバルは、多分美形だと思う。すれ違ったら女の子は一瞬振り返ってしまう、そういう美形。目は一重だけど、切れ長でスッキリしていて、髪と同じで色が薄い。でも、いつも瞳は、薄皮一枚隔ててるみたいに茫洋としてる。これが魅力でもあり、不気味でもある。鼻筋はスーッと通っていて、輪郭もくっきりと綺麗だ。唇はいつも荒れてるけど、そういう隙はいいのかもしれない。背も高いし、手足も長くて日本人離れしてる。おそらく、下手な芸能人よりいい男だ。
でも、私はスバルにトキメキを感じた事はない。よく分からないけど、同じ世界にいない人間に恋は出来ないのだ。考えてその結論に至った。
「なんで、疑問形なの?自分で書いたんでしょ?」
私は、ルーズリーフになぐり書きされたスバルの言う『小説?』を眺めながら聞いた。スバルは字が汚い。自分でも読めない時があるらしい。「これ、僕のメモなんだけど…読める?」いきなりそう聞かれたこともあった。読める訳がない。
「書いたよ。でも、小説っていうのかよく分からなくて…星奈はどう思う?」
そう言って初めて、スバルは私に茫洋とした瞳を向けた。
「スバルが、決めればいいんじゃない?ちゃんと小説の体裁はとれてるよ。スバルっぽくはないけど。本当にスバルが書いたの?」
この太宰治のような文章が、スバルから出てくるのが不思議だった。こんなふうにものを表現するとは思っていなかったから。
「うん。じゃあ、小説。」
ふと、茫洋とした瞳に光が浮かんだ。
(ああ。嬉しいのね…)
その瞳を見ながら、なぜか妙な気持ちになった。スバルが嬉しそうにするなんて、いつぶりだろううか?と考えたら、少し前の記憶が頭の中に再現された。
「古民家に住もう。そういうのしてみたい。」
あの時、そうスバルは急に言ったのだ。その時も、瞳に光が浮かんでいた気がする。その前は、婚姻届に判を押している時だ。あの時は、今よりすっとキラキラしていた。
(そんなに嬉しかったのだろうか?私と結婚することが。)
一応…私、広瀬星奈と隣に座る広瀬スバルは世に言う『夫婦』である。
『まだらの腕』
私の左腕に、赤い発疹がぶわーっと広がった。
「まただ…五十鈴。君のせいだ。」
脳裏に、五十鈴の顔が浮かぶ。
『武村五十鈴』
もう三十歳まじかというのに、少女のような美貌をした女。髪は生まれつき淡い栗色で、触るとさらさらと滑らかに流れる。綺麗な二重の目は何時も輝きをたたえ、長いまつげは瞳という宝石を装飾する飾りのようである。
しかし私は知っている。あの女…五十鈴には、心がない。
笑いもするし、泣きもする。でもそれは、『そうすべき』だからだ。人が笑い、人が泣くのを見て学習したに過ぎないのだ。
それを証拠に、五十鈴は私以外の人が居ない時。まるで、人形のようだ。美しく可憐な人形。とても精巧に作られた、出来のいい人形。
笑いもせず。
泣きもせず。
ただじっと、その宝石の瞳で私を見ているのだ。
そしてその瞳で見つめられる度に、私の左腕には赤いまだらの発疹が出る。
初めは、原因が分からなかった。何より片腕だけというのが、不思議でしょうがなかった。普通のアレルギーならば、もっと広範囲に出るだろう。なのに必ず、赤い発疹は左腕に出た。
病院に行っても、原因は不明。挙句には「心因性でしょう」ですまされた。仕方がないので、自分で原因を探ることにした。一日の行動をメモにとる事にしたのだ。何を食べたか。何処に行ったか。誰と会ったか…様々な事柄を整理していて、私は気づいた。
私の左腕がまだらになる時。
それは…五十鈴と会った時だ。
書き溜めていたメモを遡ると、必ず五十鈴の名を見つける。接触せずとも、私が五十鈴の存在に気づいたその日。
私の左腕は、醜くまだらになっていたのだ…
「で、なにこれ?」
私は、隣にぼーっと座ってるスバルに問いかけた。
初夏の公園。緑が多くて、落ち着くからよくここに私は来ている。昼間は暇そうなおじさんや、仲の良さそうな恋人同士がくつろぐ憩いの場だ。
(私達も、『そう』見えるのか?)
そんな考えがふと浮かんだ。『そう』見られたいのか、見られたくないのか…自分でもよく分からなかった。
「小説?」
スバルが、なぜか疑問系で答えた。
クセのある色の薄い長い猫っ毛が、ふとそよいだ風に踊った。スバルは、多分美形だと思う。すれ違ったら女の子は一瞬振り返ってしまう、そういう美形。目は一重だけど、切れ長でスッキリしていて、髪と同じで色が薄い。でも、いつも瞳は、薄皮一枚隔ててるみたいに茫洋としてる。これが魅力でもあり、不気味でもある。鼻筋はスーッと通っていて、輪郭もくっきりと綺麗だ。唇はいつも荒れてるけど、そういう隙はいいのかもしれない。背も高いし、手足も長くて日本人離れしてる。おそらく、下手な芸能人よりいい男だ。
でも、私はスバルにトキメキを感じた事はない。よく分からないけど、同じ世界にいない人間に恋は出来ないのだ。考えてその結論に至った。
「なんで、疑問形なの?自分で書いたんでしょ?」
私は、ルーズリーフになぐり書きされたスバルの言う『小説?』を眺めながら聞いた。スバルは字が汚い。自分でも読めない時があるらしい。「これ、僕のメモなんだけど…読める?」いきなりそう聞かれたこともあった。読める訳がない。
「書いたよ。でも、小説っていうのかよく分からなくて…星奈はどう思う?」
そう言って初めて、スバルは私に茫洋とした瞳を向けた。
「スバルが、決めればいいんじゃない?ちゃんと小説の体裁はとれてるよ。スバルっぽくはないけど。本当にスバルが書いたの?」
この太宰治のような文章が、スバルから出てくるのが不思議だった。こんなふうにものを表現するとは思っていなかったから。
「うん。じゃあ、小説。」
ふと、茫洋とした瞳に光が浮かんだ。
(ああ。嬉しいのね…)
その瞳を見ながら、なぜか妙な気持ちになった。スバルが嬉しそうにするなんて、いつぶりだろううか?と考えたら、少し前の記憶が頭の中に再現された。
「古民家に住もう。そういうのしてみたい。」
あの時、そうスバルは急に言ったのだ。その時も、瞳に光が浮かんでいた気がする。その前は、婚姻届に判を押している時だ。あの時は、今よりすっとキラキラしていた。
(そんなに嬉しかったのだろうか?私と結婚することが。)
一応…私、広瀬星奈と隣に座る広瀬スバルは世に言う『夫婦』である。