東急武山線を調べ始めて、1年半。
いろんな事を知りました。
今回は、衣笠トンネルから金子トンネルの間を歩いてみます。
この二つのトンネル、「新」がつく方は東急武山線のために掘られてと言う説があります。
真偽は明らかではありません。
なぜなら、開通年が昭和17年だからです。
このルートで鉄道が最初に企画されたのは昭和6年の「横須賀軌道」。
これは、バス会社の反対で実現せずに終わります。
次が東急が企画したトロリーバス計画。
これは昭和18年の話。
もうトンネルができていたことになります。
この道が重要な交通路になったのは、おそらく武山に海兵団がおかれた頃からと思われます。
その前にも砲台など軍事施設が衣笠あたりにつくられたようです。
だから、きっとそれら軍事施設への輸送路として今の県道26号線が拡幅されたのではないでしょうか。
そして、その時に二つの「新」トンネルができたのだろうと推測しています。
でも、これはあくまで推測。
資料で確認したわけではありません。
そんな、衣笠トンネルからスタートです。
いろんな事を知りました。
今回は、衣笠トンネルから金子トンネルの間を歩いてみます。
この二つのトンネル、「新」がつく方は東急武山線のために掘られてと言う説があります。
真偽は明らかではありません。
なぜなら、開通年が昭和17年だからです。
このルートで鉄道が最初に企画されたのは昭和6年の「横須賀軌道」。
これは、バス会社の反対で実現せずに終わります。
次が東急が企画したトロリーバス計画。
これは昭和18年の話。
もうトンネルができていたことになります。
この道が重要な交通路になったのは、おそらく武山に海兵団がおかれた頃からと思われます。
その前にも砲台など軍事施設が衣笠あたりにつくられたようです。
だから、きっとそれら軍事施設への輸送路として今の県道26号線が拡幅されたのではないでしょうか。
そして、その時に二つの「新」トンネルができたのだろうと推測しています。
でも、これはあくまで推測。
資料で確認したわけではありません。
そんな、衣笠トンネルからスタートです。
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