ダブル介護の憂鬱

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いつかの日 思うことは?

2024-06-30 22:13:26 | 日記
今日は、次女の彼氏さんが晩ごはんに来ました。
まもなく二人で暮らし始めるので、挨拶に来てくれたんです。
気さくで良い人だった。1年前にも来てくれているけどね。お久しぶり。

もしこのまま、二人暮らしが続いて
人生のパートナーになるならば
いつか
高齢者になった私たち夫婦が
「いつもありがとね」とお世話になったりする日がくるのかしら?
今日のことを思い出して、あんな日もあったっけと思いながら。
あの頃は、若かったよねとしみじみ思いながら。
いや、もしかしたら、思い出せないかもしれないけど。
忘れちゃっているかな?

「いつもありかとうね」と言えるようでいたいな。
「いつもごめんなさい」ではなく。

なんでこんなふうに、考えちゃうのかなあ、、、

親の入所から程なくして
彼氏さん来たる。

物事が動くときは
あっちもこっちも。

褒めて褒められ

2024-06-29 22:09:30 | 日記
老健に父を送り、手続きを済ませて実家に寄って一休みしていると、介護の方から電話がありました。
曰く
ズボンはジャージーにしてほしい。
ポロシャツや丸首肌着シャツなど
かぶりものだと、着換えができないので
前開きにしてほしい。

早速家探し。前あきのコットンシャツを掘り出しました。
これでなんとかなるかしら?
買えば高いからね😭

前あき肌着とジャージーは、持っていないのでアマゾンでポチッ。
昨日、アマゾンが到着したので、せっせとお名前付けをして、
やっと今日、届けに行きました。

父、早速着用したのですが
前あきのコットンシャツは布地が固くて、着替えを痛がるそう。
少しのことでも、痛いんですって。
伸びる素材にしてほしいと言われました。
前が全開きのポロシャツとか。
そんなの、あるんか?
あるんだなー、これが。

家に帰って、アマゾンで探してポチッ。
先日ポチッたジャージー7本、前あき肌着7枚、
そして今日の分、前あき長袖スリーシーズンポロシャツ4枚(取りあえずお試しで4枚)
全部で5万円ほど。ガーン😨
まあ、仕方ないけどね。

やれやれ。
一仕事終えた気分で
アイスティー(アップルフレーバー)を飲んでいたら、父から電話。

「やあやあ。今日は、リハビリで褒められたよ。嬉しいねえ。
ぼくはね、目標を決めたよ。
リハビリを頑張る。
具体的には
自分で歩けるようになる。一人でトイレに行けるようになる。頑張るよ
お父さん、その調子(^^♪
生徒たちを褒めていた元高校教師の父は、今は、褒められて喜んでいる。
人は、いくつになっても褒められたいよね。

父の父、つまり私の祖父が、ガンを患い末期で入院していたとき
来る看護師看護師さんそれぞれに
「あんたは点滴が上手いねえ」と言っていたそうな。褒め上手と評判だったらしい。
もうそろそろという頃に私が会いに行くと
「〇〇ちゃん、あんたは美人だねえ。ほっぺたにチュってしたいくらいだねえ」(私、その時はまだ20代でしたから、、、)
「お父さんたら、何言ってるの」と
祖母が呆れていたっけ。
今でも、褒められて嬉しかった思いが、ポッと私の心の中に灯ってる。
ポッと明かりを灯して、逝った祖父。

もう一つ、思い出した。
義母のこと。
怖い人でした。キツイ人でした。
「お宅とはもう付き合いません」と宣言され
訪ねて行ってもドアを開けてもらえず
道で会っても(近くに住んでいました)脇道に入られ、、、
なぜ、そこまで嫌われているのか、よくわからないだけに余計辛かった。
その義母が、様々おぼつかなくなって施設に入ったと連絡がありました。
その頃は、夫も義母と連絡を取っていなかったのですが、さすがに駆けつけました。
私は会うのが怖かったので、行かなかったのだけど、職場の友人の
「是非行って」という言葉に押され、勇気を振り絞って訪ねました。
顔を合わせると、義母は満面の笑みで
「あらぁ、、、よく来たねー」

拍子抜けしました。
義母は、かなり認知症が進んでいました。
そうでなければ、やっぱり私は
息子を取ったにっくき嫁 だったはず。

その後、行くたびに
「あなたが来ると、嬉しい。あなたは私の気持ちをわかってくれるから」と言われ
夫が一人で行ったときには
「今日は、あのかわいい女の人は一緒ではないの?」
とがっかりしたそうです。ありがとうございます。
お付き合いの最後の時期に褒めていただけて、よかった、、、
ちなみに義母もまた施設で
「アタシ、褒められたから!」
と自慢してました。
何がって、歯です。
「虫歯ないし、ぜーんぶアタシの歯だよ」
って言いながら、イーってやって見せてくれました。
これはすごいことですよ、お義母さん!
歯は、ガタガタの人の方が多いから。
イーって口を開けてニンマリしてた義母の顔が忘れられません。
褒めて褒められてまた褒めて。
人は褒められると人を褒める。
褒めて褒められて、みんなハッピー(^o^)

今日は、義母の誕生日です。
お仏壇に、ありがとうと言いましたm(__)m

老健入所

2024-06-28 22:34:13 | 日記
一昨日、無事に父の老健入所を終えました。
一安心。ほっとして、しばらくボーっとしてました。

当日、病院に父を迎えに行きますと、
看護師さんを始めたくさんのスタッフさんに付き添われながら出てきた父。
見送りの人に「ありがとう、ありがとう」と言いながら号泣。
「奥様によろしく」と口々に声をかけられ、一人一人と握手。

入院当初は「ここの病院は人権蹂躙だ!!!」と憤り
「一刻も早く、ここから出たい!」と言っていたのに
時間をかけてスタッフさんと心を通わせ、ここまで慕わしく声をかけていただき
有難い限り。
話を聞いて理解すれば状況を受け止める父の姿勢も偉いと思うし
きちんと向き合ってくださった病院のスタッフさんには、本当に深く感謝。

盛大なお見送りを後に、介護タクシーで「奥様」と同じ老健へ。
病院併設ではないのだけれど、数百メートルのところにあり、タクシーで3分。
PCR検査をしてすぐに居室へ。

「奥様」こと母との対面で、また夫婦ともども号泣。
「素敵な光景でした。」とスタッフの方々に行っていただきましたが・・・。
最初の頃は、父がいちいち号泣するのに引いていた私ですが、この頃は慣れました。
脳梗塞で倒れる前の父と今の父と、ちょっと違うんじゃないかと、私の中では切り換えています。そうもしないとこっちが壊れてしまう。

さて、別室で入所に際して様々な説明を受けていると、携帯の着信音が。
画面に父の名前。
「ごめん、今、施設の人と話し中だから」と言って切る。
程なくして、また着信音。今度は画面に母の名前。うぅぅぅ
スタッフさんが、「用事を聞いてきてあげる」と言ってくださる。
まもなく
「終わったら、こっちへ来てほしいとのことです。」
「いいんですか?」
「どうぞ」

というわけで、帰る前に父の居室に立ち寄りました。
「素敵なお部屋でしょ。どうぞおかけなさい。」と、母はとてもうれしそうで
「ありがとう。」と何度も言われました。
同じ老健にすることにかなり悩みましたが(費用面の問題と、ふたりを一緒にすることで起きる問題)
これでよかったんだなと吹っ切れました。

自宅に帰り、やれやれとコーヒーを飲んでおりますと、また電話。母から。
母「お父さんが、こっちに来たわよ。」
私「そうよね」
母「お父さん、個室なのよ。知ってる?」
ん? さっき行ったよね
という言葉をごっくんと飲み込んで
「ああ、そうなのね。」
母「今度、見にいらっしゃい。」
私「わかった。面会に行くからね。」

短期記憶があやしい。
認知症が進行していることは否めない。

昨日も電話。
母「今、おやつを食べました。お父さんも一緒でーす。」

今日も電話
母「なんだか、いろいろなことがわからくなっちゃって。」
私「え? なに? なにがわからないって?」
つい、こんな言い方をしてしまうのは、よろしくないのかもしれないが。
母「今日が何曜日かとか、わからないのよ。毎日、新聞をこっそり見に行って確かめてるの。」

日付や曜日がわからないのは、ほんの一例で
わからないことはもっといろいろあるのだろうなあ。
もっとわからなくなる前に、父との時期が持てたのはよかったなあと思います。
一緒の方が、認知症の進行も、いくぶん遅いかもしれないし。

しばらくは、おだやかに二人で過ごしてほしい。





反対側から見てごらん

2024-06-25 20:44:52 | 日記
職場で、もう何年も前から親しくしてもらってる人に、久しぶりに帰りがけに出会った。
父が母と同じ老健に入所することが決まったこと話すと、「よかったじゃない」と言ってくれた。
「なかなか同じところに入れないんじゃないの?。」って。

父も母も、私が家で介護すれば、自宅で生活することは不可能ではなくて
それを思うと微かな罪悪感があることも事実。
本当は、家に帰りたいのだろうなあ、、、
「これでよかったのかな」
そんな思いを話したら
「良かったに決まってるじゃない。自分がつぶれちゃうよ」
「そうかな、そうだよねえ、、、」
歯切れの悪い私に、彼女は言った。
「お子さんである〇〇さん(私の名前)が、大変なのをご両親は望んでいないってば。親って、子どもの幸せを願うものよ」
「まあね、、、」
「見方を変えてみて。〇〇さんが介護される立場だったらどう? お子さんが大変な思いをすることを望む?」

あ、それは嫌だ。 
子どもに迷惑をかけたくないと言うんじゃなくて、
単純に悲しい。
子どものことを思うと、切なくなる。
私の大切な子どもたち。
今だって
何かプレゼントしてくれたり、手伝ってくれたりするたびに、ありがとうって思うと同時に、切ないような、そんなにしてくれなくてもいいよというような、勿体無い気持ちというか、なんとも言えない気持ちになる。

「ご両親も同じだと思うよ。反対側から見てごらん」

介護を経て、すでにご両親を見送った彼女ならではの、人生のちょい先輩ならではの言葉に腑に落ちた。

本当にね。
物事は、一面からだけ見てると、見落とすことがあるね。
見落とすこと、それは、両親の気持ち。

許してあげると言われているらしい

2024-06-23 20:24:41 | 日記
実家へ。
今週の水曜日に老健入所を控えた父の、着替えを用意するために。

今日、思ったこと。いや、これまでも、母の着替えを揃えるときに思ったのだけれど
服はひとところに収納しておいてくれ。

夫婦ふたりで一軒家。豪邸と言うわけではないが、台所の他に5部屋。
その5つの部屋のどこにでも、服があるのだから!

大体、ほとんどが母の服で
陣取りゲームのように、埋まってる。
父のは、その隙間に、少しずつ。

ああ、私は、服は一箇所にまとめておこう。
「なーんだ。お母さん、散々文句言ってたくせに、自分もおんなじことしてるじゃん!」
と言われないように。

集めた服を段ボールに入れて
車で帰宅する。
遅い昼食を食べ始めたところで
老健☆☆から電話。
え、なに?

父の入所の手続きのことかと思ったら、今日は、母を担当している介護士さんからだった。

介護に関する書類を送るので、サインして送り返してほしい。
了解です。
「それから」と介護士さん。
「お母様は、認知機能の低下が見られます」
ぬぬ、低下と言いますと?

いわく、
食べ物を隠して持ち帰る。

ああ、それは、ずっと前からですー
という言葉を飲み込む。
2年前の入院の時、それで看護師さんに注意されて逆ギレしたという、、、
言わないでおこ。認知症ということにしといた方がいいや。

「手提げ袋に入れて持ち帰られることがあったのですが、最近は、ポケットに入れたり」
げ、ポッケですか? ごめんなさい。

「それから、リハビリパンツをいつの間にか脱いで、直にズボンを履かれています」
ああ、ゴメンナサイ。
「ズボンではなく、タオルを巻いているだけのときもあります」
え、タオルだけ?
それはまずいなあ。
部屋の中で、ですか?
「あ、お部屋の中で、です」
まずはよかった
「それと、リハビリパンツを、とこで脱いできたのか思い出せず、探しています」
ああ、本当にゴメンナサイ、、、

「髪の毛をカットしていただいて、ありがとうございました。」
あ、いえいえ、こちらこそ。
「素敵になられましたねと言ったら、娘に切らされて私は怒っています、でも許してあげますと、おっしゃっています」
なんだって?!

「許してくれると言ってるんだから、良かったじゃないか」
と夫は言うけれど
なーんで、私が許されなければならないのか?
許してもらわなければならないようなことは、してないけど!!!

少々アッタマきたけど
大動脈瘤が破裂することなく
つつがなく暮らしているので、良しとしよう。

父の入所が決まり
急激に安堵して
ボーっとしている日曜日です。