これで良かったんだ。
と頭は分かるのに意に反して心が痛いと叫ぶから。
あと、5分で現場に着くというのに方向転換し海を見に来てしまった。
何してんだ私。
現場に向かう道中、急に体調が悪くなり云々かんぬん…と連絡し休んでしまった。
本当、何してんのよ私。
「私を待たないで」のLINEのあと
ちゃんと電話で話そうと言われ
バイト前の短い時間を使い電話した。
ずるいよ。
と開口一番言われてしまった。
返す言葉はない。
結局自分はいつも良い人止まりだ。
と言われた。
何も話せなかった。
電話を切る時、お互いに先に切れなかった。
涙が溢れた。
次から次に止まらない涙を悟らせないように何も私は話せなかった。
だって、待つなと言った私が泣く権利はないでしょう?
それこそズルいでしょう?
静かに電話が切れる音を見送り声を出して泣いた。
これで良い。
16年の彼には何も言えずに終わりを選んだ。
だけど今回は違う。
ちゃんとすべてを打ち明けた。
仕方ないことだったとちゃんと気持ちに整理もつくだろう。
まだ傷は浅いのだから。
眺めている海は
神様が私をあの世に招こうとした海だ。
離婚前、中々寝付かない娘を抱きながら
帰宅してこない元主人を暗く寂しい部屋で待つのが嫌でよくこの海に娘を連れてきた。
まだ娘は生後数ヶ月だった。
風邪をひかさないように毛布にぐるぐる巻きにし、まるでその姿は竹から生まれたかぐや姫みたいだった
いや、竹の子か?(笑)
ある雨の夜だった。
その日も帰宅する、しないでつまらない口喧嘩をした。
深夜になってもモヤモヤは晴れず海を見に行きたくなった。
しかし、外は雨。
娘を連れては行けず、同居していた元主人のおばあちゃんに娘を預けた。
私は元主人は大キライだが
おばあちゃんは大好きだった。
本当の孫のように付き合っているときから可愛がって貰った。
そんなおばあちゃんは娘を胸に抱きながら、
深夜に海に向かう私を心配そうに見送った。
気分が晴れたら必ず帰ってくるんだよ。
雨やから気をつけなさいよ。と
気晴らしが済めば帰るつもりだった
海に続く道は険しい峠道
断崖絶壁
真下には深い海
雨が降る深夜
私の車はスリップを起こした。
止まらないタイヤに目前には転落防止のガードレールが迫っていた。
瞬間、死を意識した。
呆気ない人生だったな。と
しかし私は助かったのだ。
奇跡的にクルクル回りながら車体は反対車線に流れ対向車もなく九死に一生を得た。
神様に生かされたのだ。
この他にも私は神様に生死を試される体験を幾度かしている。
1つは既出。もう1つはまた機会があれば…
そんな昔のことを海を見ながら思い出している。
私は何かあるたびにこの海を見に来る。
それはきっと神様に生かされた命であることを再確認したいのだろう。
私が何度も死を意識する体験をしながらも生かされた意味。
娘をサポートするために、お前はまだ死ねないんだよ。
と諭されているのだと確認しているのだろう。
私は強く生きたい
それなのに何故、心の痛みに敏感になってしまう?
仕方ないんでしょう?
これで良かったんでしょう?
それなのに何故?
こんなに痛みに弱いなんて
草鞋なんか1足も履けないよ。
人は何足の草鞋を同時に履けるのか検証。
既に1足は脱げ落ちそうだ。
体調不良のためしばらく休むと告げた。
先程からずっと携帯は鳴り止まないが、応答出来ずにいる。
またバイトについては時間を置いて別記事にて書きたいことが山積みだ。
あともう少しだけ海を眺めたら
娘の元に帰ろう
また明日から普通の毎日が始まる
頑張ろう